❁❁

 翌朝、先にそれに気が付いたのはハナだった。

 でもそれをウタに知らせようとは考えない。ウタにとってそれは危険なことではないから。

 ウタはそれに気が付かないまま目覚め、

「ゔ―、おはよーハナ?」

 いつも通りに妖精にあいさつをする。

 ハナもいつも通り、おざなりに発光してあいさつを返すと、するりとウタのポケットへもぐり込んだ。

 乱れた髪を手櫛で軽く整え、大あくびをしながらテントから這い出ると、そこには人々がいた。とてもたくさんの人々が。

「ふぇ?」

 驚いたウタは半端に口を開いたまま固まってしまう。

 それから、はっとしたようにポケットの中でくつろいでいる妖精を睨む。

 あんた、これ、気が付いていたでしょう。なんで教えてくれなかったのさ、という抗議の意味を込めて。

「ええと、お集りのみなさーん、私に何かご用ですか? 私には歌を歌うことくらいしかできませんよー」

 いったいどのくらいの人数が集まっているのか。

 テントをぐるりと取り囲むようにして人だかりができていた。若い人もいれば老人もいて、親子や兄弟、友だちと共にいる子どもの姿まである。

 これほどの人数の人間が、たった一晩でどこからわいてきたのだろうか。

 あまりの数に取り囲まれ、圧倒されかけていたウタだが、ふと、目の前に広がる風景が昨日までとは変わっていることに気が付き、息をのむ。

「ね、ねえ、ハナ。私たち、昨日までは荒れた道にいたよね?」

 辺り一面に、色とりどりの美しい花が咲き乱れているのだ。

 呼びかけられたハナはウタを見上げるが、すぐに興味をなくしてそっぽを向く。ウタはハナの薄い反応に違和感を覚えつつ、ひとまずはこの人だかりをどうにかしようと気持ちを切り替えた。

 旅人というものは、他者から危害を加えられることはほとんどない。そんなことをすれば、呪いを受けてしまうからだ。

 たとえ呪いが無かったにしても、町では手に入らない様々な情報や珍しい物を町の外から運び入れてくれる貴重な存在を無下に扱う人は少ない。

 ――とはいっても、さすがにこれは、ちょっと怖いかも。

 見渡す限りにきれいな花々と、ウタとハナをぐるりと包囲する人々の群れ。どことなく現実離れしていて不気味だった。

「旅のお方ですよね?」

 人々の中の一人が、言葉を発した。

 見た目はウタと同じ年頃の少年だ。青みがかった色の髪を短く切りそろえ、整った顔立ちをしている。

「はい、私は旅人です。この近くに素敵な町があると聞いて来たのですが、ええと、あなた方は?」

 少年はにっこりと笑い、両手を広げて弾んだ声を出す。

「ようこそ旅人さん。ここが旅人さんの目的の地である“素敵な町”ですよ!」

「え、ここが?」

 ウタは戸惑いを隠せず、辺りを見回した。

 町一つ分くらいの人間は確かにいるけれど、肝心の町がどこにも見当たらない。

「あの、ええっと、ここが町なのなら、みなさんはどこで眠ったり食事をしたり生活をしているのでしょうか?」

 困惑したウタとは反対に、少年は楽しくて仕方がないと言わんばかりに笑顔だった。

「そんなことより、もっと気になっていることがあったはずですよ。この町がどう“素敵な町”なのか、聞きたいのではないですか?」

 ウタはちらりとポケットの中の妖精を見てから、覚悟を決めたように少年と対峙する。

「もし、ここが私の聞いた通りの町なのならば、この綺麗に咲いている花は、花に見えますが、本当の花では、ない、ということになりますが……?」

「ええ、その通り! ここに咲いている花々は、本物の花ではありません!」

 若干顔を強張らせながら、ウタは質問を続ける。

「……では、あなた方も、人間にしか見えませんが、本当の人間では、ないのですか?」

「ええ! 僕たちは本物の人間ではありません!」

 少年は胸を張り、どこか誇らしげに宣言する。

「改めまして、ようこそ旅人さん。僕たちツクリモノの町の住民は、あなたを歓迎します!」


   ❁ ❁ ❁


 テントを片付け、少年の案内について行くこと徒歩十分足らずでその町はあった。

「嘘だ。だって昨日まで絶対こんなところに町なんてなかった」

 ウタが思わずといったふうに漏らすと、

「昨日までは、絶対に町の人間以外には見つけられないように隠していましたからね」

 何でもないことのように少年が返す。

 そこは、どこにでもある何の変哲もない、普通の町にしか見えなかった。

 一日もあれば散策しつくせそうなこぢんまりとした規模の町で、中心に近づけば近づくほどに、にぎわっている。商店が並び、人々が働いていたり買い物をしていたりしていて、町の中心にある広場では年配の人がのんびりとお喋りをしていたり、子どもたちが追いかけっこをしていたりする。

 焼き立てのパンが並ぶ店の前で、ウタは思わず立ち止まった。

「すごくいい匂いがする、このパンも、実は本物じゃないのかな……?」

 少年はウタの呟きに一瞬きょとんとした表情を見せ、次の瞬間、心底おかしそうに吹き出した。

「いえいえ、これは正真正銘のパンですよ。どうです、おひとついかがですか? ここのパンは匂いだけじゃなく味もとてもおいしいですよ」

 人懐っこい笑顔で少年が店の店主らしき男性からパンを一つ買い、そのままウタにわたす。パンはホカホカのフカフカで焼き立てのいい匂いがした。

 ウタはちらりとポケットを見る。妖精のハナは、ウタが危ない目にあいそうになったりウタがよくないことをやりそうになると、止めてくれる。でも、今はポケットの中でおとなしい。

 これは、危ないものではないってことかな。

 ウタは少し警戒していたけれども、恐る恐るパンを一口かじる。

 すると、

「おいしい!」

「でしょう?」

 濃厚なバターの香りとあたたかくてふわりとした食感に、ウタは思わずうなってしまう。あっという間にパンを平らげてしまった。パンを売る男性は、夢中でパンを食べるウタの様子に満足そうだ。その様子は、どこからどう見てもただの人間にしか見えない。

「ごちそうさまでした。パン、とってもおいしかったです!」

 ウタはパンを売る男性にそう言ってから、おやと内心首をかしげる。この人、前の町の宿屋で会った旅人に似ている。花ではない花、人ではない人がいる町がある、と教えてくれた人だ……。

 パンを売る男性は、おまけだと言って、ウタがたった今食べたのと同じパンをいくつか紙袋に包んでプレゼントしてくれた。

「さあ、もう少し先に見せたいものがあるのです。行きましょう」

 少年が言って、歩き出す。ウタは少年に疑惑の目を向けるが、それも一瞬のこと。疑惑よりも好奇心に従い、少年の後について行く。

「それにしても、私にはこの町、普通の町にしか見えません。普通の人の営みのある……平穏で治安のいい、とても素敵な人々の町に」

「気に入りましたか?」

 先を歩いていた少年がウタを振り返る。

「私たちはみなツクリモノです。ですが、私たちの方がよっぽど本物らしいとは思いませんか?」

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