第43話決死の初デート



「映画館に行くのなんて久しぶりだなぁ。」


「渚ちゃん、あまりテレビも映画も見ないもんねぇ。」


香織と渚が辿り着いたのはショッピングモール内の映画館。


数日前に公開が始まったアニメ映画を香織が見たがっていたのを思い出し、せっかくの機会なので二人で見にきたのだった。


「でもよかったの?渚ちゃんアニメ見ないのに。」


香織からしたら自分の趣味に渚を付き合わせることに罪悪感は持っているのだが、渚はそんなことは気にしないようだ。


「いいのいいの!これを機に好きになればこれから一緒に楽しめるでしょ?」


「...そういうことを無意識に言っちゃうのがファンを増やすんだよなぁ..はぁ...」


「ん?何か言った?」


「いや、なんでもない。」


渚のファンになった友人の顔を思い出しながら香織はため息を吐いた。


「そういえばこれから見る映画はどういうアニメなの?」


アニメをほとんど見ない渚はアニメの大まかなストーリーを香織に聞いた。


「ん?これから見るのは数年前から放送されてたアニメでね?オンラインゲームの中が舞台になってるんだけど、サービス開始初日にプレイヤー全員がログアウト不可になっちゃうの。そしてそのゲームの中で死んじゃうと、現実でも死んじゃうんだ。」


「えぇ...そんなぁ...」


「それで主人公とその仲間たちがゲームクリアに奮闘するっていう物語なんだよ!私の一番好きなアニメなんだ!」


香織の嬉しそうな説明に渚は慈愛に似た笑みを浮かべる。


香織がゲーム好きな理由の一端がなんとなくわかった気がした。


「じゃあこの映画はそのアニメの続編なの?」


「うーん、続編とは違うかな。これはそのアニメの一番最初の部分を主人公視点じゃなくヒロイン視点から描いた物語だから、初心者でも楽しめるはず!!」


「ほえー、そうなんだ。じゃあ早くチケット買おうか!」


チケットとポップコーン、飲み物を買うと準備は完了。


ワクワクした顔の香織に手を引かれ、映画館内に入っていった。





♢♢視聴中♢♢







「で、どうだった!?」


映画を見終わった後、映画館から退出しながら満面の笑みで渚に詰め寄る香織。


「うーん、あのゲームが始まった時って主人公は中学生とかだよね?他の大人たちが絶望して自殺とかしてるのに主人公たちは強く生きていくのがすごいと思うなぁ。一つ間違えば命が危ないのにクリアのために自分より年下の子達が頑張っていると思うと涙が..」


「わ、私とは違った視点で見てたんだね...初めてだとこういうものなのかな?」


「でもすごく面白かったよ!アニメの方も見てみようかな...?」


「ほんと!?じゃあ今度一緒に見ようね!!」


「うん!」


香織の嬉しそうな笑顔に渚も思わず笑顔になった。


「....ところで香織?ポップコーンは?」


「....あ」


座席においてきたポップコーンは清掃員に回収されてしまい、戻ってくることはなかった。



***********************************************************************************




「ゲーセンは初めてだなぁ...」


渚が見渡すのはガチャガチャと電子音が鳴り響く映画館と同じショッピングモール内にあるゲームセンター。


変える時間までまだ少々時間があったので、香織の提案で時間を潰すことにした。


「ここにくるのも久しぶりだなぁ。達也と中学生の時に来た時以来だわ。」


「香織はここのゲームは得意なの?」


「それなりにやり込んではいたけどしばらく来てなかったからねぇ。腕は落ちてるかな。」


香織はそう言ってある一つのゲームの前で立ち止まる。


「渚ちゃん、これやろうよ。」


香織が指を刺した方向には大人気の楽器のゲームがあった。


みんな大好き、『マリンバの達人』である。


曲に合わせて楽譜に流れてくる音符にタイミングを合わせてマリンバを叩くリズムゲームだ。


国内にはプロと呼ばれる人もいるらしく、賞金付きの大会も開催されているそうだ。


「僕は初めてだからお手柔らかにね?」


「渚ちゃんほんとにゲームやらないからねぇ、」


渚のお願いに二百円を投入しながら香織が呟く。


曲を選んだ後で難易度の選択画面に移った。


曲目は大人気アニメ「それいけジャムおばさん」の主題歌だと香織が言っていた。


「私は最高難度の超激ムズでいこうかな。渚くんは?」


「僕は...いちばん簡単なやつ」


渚は備え付けのマレットを持って開始に備える。


「これ終わったらUFOキャッチャーやろうね!」


香織がそう言った直後、曲が始まった。



♢♢演奏中♢♢



「よっしゃ!全良のフルコンボ!!!」


香織は拳を掲げながら喜び自身の画面に映る『クリア大成功!!』を写真に撮った後、渚の方へ顔を向けた。


「渚ちゃんは....う、うわぁ....」


画面の前で膝をつく渚。


渚の画面にはデカデカと『クリア失敗』の文字が映っていた。


「り、良が0に可が3、不可が....28....」


いやいやいやいや、どんだけ打てなかったのさ渚ちゃん...


「い、いや、初めてだったし?次はうまくいけるはず....」



2回目:『クリア失敗』


「...まだまだぁ!!」


「渚ちゃん、がんばれ!」



3回目:『クリア失敗』


「....も、もう少し」


「だ、大丈夫、後1回残ってる」



4回目:『クリア失敗』


「....」


「...やめようか」


「...コクン」





「渚ちゃんって音楽できないんだね!なんでもできるのかと思ってた。」


UFOキャッチャーに向かいながら香織は渚に聞いた。


「昔っから芸術系はダメなんだよね。中学生の時音楽のテストで僕の番が終わった時に先生が気を失ってることがあった。」


「え!?そんなことが...」


「美術も筆記テストは満点だけど、実技が悲惨で....」


「え?そんな感じしないけど...」


「ねこを描いてって言われて描いてみたら先生が失神した。」


「....絵を見て失神...?」



渚は独特な芸術センスを持っているのであった。








「UFOキャッチャーって本来何を取るものなの?」


「んー、なんでもいいんだよ?」


「りんごの皮むき器とか?」


「渚ちゃんには必要ないと思うけど...」


大きなガラスのショーケースの中の景品を見て回る渚と香織。


すると香織が一つの景品を見て顔の色を変える。


「っ!!!!こんなところに!!!!??」


「うわ!びっくりしたぁ。いきなり大声出さないでよ。」


「あ、ごめん渚ちゃん。」


そういうと香織は必死に財布から小銭を取り出した。


「...このフィギュアのキャラって今日みた映画の人?」


「そう!!私の推しキャラ!!!」


香織の見開いた目に慄きながら渚は様子を見守る。


ウィーン、ガシッ、ウィーン、ガタン。


「一発...?」


「ふぅ、満足だわ...」


やり切った感を全面に押し出しながら香織はフィギュアの箱を抱いた。


「僕もやってみようかな...」


「え、大丈夫?無理しなくていいんだよ?」


心配する香織にニコッと微笑むと真剣な顔でUFOキャッチャーと向き合った。


慣れない手つきでアームを操作すると、ひとつの箱の上でアームを下ろした。


狙うは香織のフィギュアと同じアニメのキャラ!


「いけ!!!」


アームが降り、その両手がフィギュアの箱の側面を挟んだ。


そしてなんの抵抗もなくアームは上がった。


フィギュアは持ち上がらなかった。


「......掴んだ?」


「掴んだよ?」


「触ったの間違いじゃなく?」


「うん。」


そっと触れたようにしか見えなかったが、香織が掴んだというのならそうなのだろう。


とりあえず感想。


「香織って凄いんだね...!!!」


「なんか複雑だなぁ。」



その後どのゲームをやっても悲惨な結果を残す渚を哀れに思った香織は、静かに渚を外へ誘導するのであった。


***********************************************************************************



「私は紅茶をお願いします。あとフルーツタルトを。渚ちゃんは?」


「あー、僕はアイスコーヒーで。ショートケーキもお願いします。」


「かしこまりました。少々お待ちください。」


タカタカと足音を鳴らして店員が離れていくと、香織が話し始めた。


「それにしても渚ちゃんがあそこまでゲームが苦手だったとは...」


「身体を動かすのは大丈夫なんだけどね?」


「確かに、パンチングマシンでは点数限界突破したもんね...」


「突破はしてない!!壊してないからね!!?」


「でも近いところまではいったじゃん」


「ぐっ...」


渚は屈強の男たちがそこそこの点数を叩き出すなかで、ぶっちぎりの点数を叩き出した。


ランキングを瞬く間に塗り替えてしまったため、周囲は歓声で包まれた。


渚が殴った後機械がバグったらしく、数時間ほど使えなくなっていたそうな。


「でもサバゲーは悲惨だったよね。」


「ほとんど香織が一人で倒してたもんね。」


「渚ちゃん早々に死んじゃうし」


「うぅぅ...」



渚はむくれて窓の外に視線を移した。


そんな渚を香織は頬杖をつきながら見つめる。


性転換する前は童顔な女子といった顔立ちだったが、完全な女子となった今は大人の魅力と呼ぶべき色気も備わった。


無自覚で行うかっこいい言動で絶大な人気を誇っていた渚は、校内にたくさんのファンがいる。


そんなファンたちに対して、今後は色気も加えた王子のような言動が襲いかかるというわけである。



「ライバルが増えそうだなぁ...」


「...なんか言った?」


「ん、渚ちゃんは罪な女だなぁと思って。」


「どこにそんな要素を感じたのさ!?」


そのタイミングでケーキが運ばれてきたため、二人は仲良くお茶を楽しむのだった。




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