番外編②-30 – 境遇
「お前、やっぱり超能力の発動条件に血の採取は必要なかったんだな」
内倉の一度切った話の合間に瀧が言う。
「よく気付いたな」
「だから言ったろ。お前のサイクス量と発動条件の釣り合いが取れてねーって」
瀧の返答に対して内倉は少し笑った後に告げる。
「お前、見た目と戦闘スタイルによらず意外と賢いな」
内倉の言葉を聞いて瀧は左口角を少し上げ、眉間に皺を寄せて不愉快そうな表情を浮かべて答える。
「教師が見た目で判断すんなっての」
内倉はハハハと笑いながら「こりゃやられたね」と答える。その後、内倉は少し目を伏せた後に「それから俺は……」と続きを話し始める。
内倉莉緒の超能力は後天的にサイクスが発現したゆえにFrom型超能力である。つまり、サイクスが莉緒の感情を読み取って自動的に生成したものである。彼女の身体はサイクスに変換できるほどのフィジクスが足りていないことが原因で非超能力者としての生活を送っていた。その足りていない状態から無理やり大量のサイクスを発生させたためにその代償は非常に高くついたのである。From型超能力ゆえに彼女はすぐに自分に必要な条件を悟った。
––––大量の血液
必要な血液は血液型、超能力者であるか否か、また、どのタイプの超能力者の血液であるかは無関係だった。しかし、彼女は輸血状態を維持しなければその生命を維持することが難しい身体へと変化してしまった。内倉祥一郎はそれまで構築してきた繋がりや政府の補助、また、自身が就職したIT関係の仕事で金を稼ぎ、その血液を賄おうとした。
(くそ……! 足りない……!)
心身を病んでしまった母親、後天性超能力者としての代償を支払わなければならなくなった妹を20歳そこそこの若者が養うには余りにも重過ぎた。また、彼は噂程度ではあったものの、こうした境遇の者たちを政府が実験体として利用するという話を聞きつけてさらに彼の精神を削る。
––––『闇超能力者格闘技』
祥一郎は金を集めるためにネット上に存在する様々なメタバースルームを回っていた際にこの単語を見つけ出す。彼は自力でこの大元を探り当て、プライベート・メタバースのパスコードを入手して話を聞いた。
超能力者が己の肉体とサイクスのみ(固有の超能力使用不可)で打撃戦を行う『超能力者格闘技』が人気スポーツの1つとして知られている。この『闇超能力者格闘技』では固有の超能力の使用を認められている。固有の超能力を使った格闘技はその危険性から政府に禁止されている。固有の超能力同士のぶつかり合いに潜む興奮や熱狂といった可能性に目を付けた反社会勢力や団体は、莫大な賞金を懸けた闇競技を実施している。これらは賭博も行われ、1つの大会で多額の金が動く。
(俺が家族を守る……)
内倉は身体刺激型超能力者で特に固有の超能力を発現せず、その膨大なサイクスによる運動能力と自己治癒力を使う超能力者であった。しかし、『絶対に負けられない』という思いからさらなる強化を図る。
––––〝
彼は自身の血液をサイクスによって血流を促進、運動能力と自己治癒力をより強化し、自身のサイクスを鎧のように纏って防御力までも強化した。祥一郎の超能力が皮肉にも血液に関連するものとなったのは偶然なのか、それとも妹の境遇を思ってのことなのか––––。
戦闘経験の無かった祥一郎にとって初めは戸惑うことが多かったが、持ち前のサイクス量で勝利を収め、時間が経つにつれてその経験の無さは埋められていく。〝
第二覚醒によってフィジクスが強化されて以降、祥一郎の肉体はより強固に、そして第一覚醒によって〝
この付加能力は莉緒に対しても一定の効果を発揮する。それまで大量に必要だった血液の量を抑えることに成功したのである。それでも根本的な解決とはならず、依然として苦しい状況が続いた。
(何か……何か無いのか……!?)
「いや〜なかなかお強いですね〜」
4年前、祥一郎の前に黒い薔薇に顔全体を覆われたマスカレードマスクを着けた、自らを
(こいつを消さなければ)
祥一郎の本能がそう囁く。気づいた時にはその強大な拳をその不気味な男へと向けていた。
––––内倉祥一郎は敗北する。
「内倉さん、僕たちと一緒に面白い世界、創りませんか?」
(超能力者が増えれば後天性超能力者に課せられた重い条件を外す超能力者が現れるかも知れない)
不協の十二音 第7音・
不協の十二音には闘いに飢えた者たちで溢れていた。内倉は闇超能力者格闘技で長年戦闘に明け暮れていたことから彼らと同じスタンスであることを表明して妹の事情を隠した。また、〝
彼らの働きによって祥一郎は東京第三地区高等学校に赴任することに成功した。これは膨大なサイクス量を持つ月島瑞希が数年後に必ず入学することを伝えられ、その監視を託されたことによる。
当初、祥一郎はこのこと自体に興味を持つことは無かったものの、ある女生徒の境遇によって彼の感情が揺れ動く。
––––その女生徒とは、当時16歳の月島愛香である。
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