第98話 - 不穏
(和人くんありがとう)
和人の援護を受けてコンテナ船の内部へと続く階段に駆け込むことに成功した瑞希は、一刻も早く捕らえられている萌と結衣の居場所を突き止めようと奔走する。
(2階は追加物資を積み込んでいる場所。萌ちゃんたちの残留サイクスも無いしここじゃない)
瑞希はそのまま3階の救護室、酸素室、防災室、事務室エリアへと急ぐ。
(〝
フロアを進むごとにそのフロア内マップが通路に表示されている。それを見ながら瑞希は2人が閉じ込められていそうな場所を推測していく。
(確か近藤は萌ちゃんが捕まっていた部屋の壁を壊して隣の部屋の結衣ちゃんの部屋と繋げてた。そう考えると複数の人がいる事務室も違う……)
それでも瑞希は先に3階の事務室へと向かった。もちろん2人がいるかもしれないという考えはあったが、先にコンテナ船全体のマップを入手して思考しようと考えたのだ。フロアごとに立ち止まって考えていては効率が悪い。おそらく事務室にコンテナ船全体を把握するための資料が保管されているはずだという考えに行き着いたのだ。
(やっぱりほとんどの人たちは上甲板に向かってる。これなら落ち着いて、そして迅速に考えられる!)
事務室を見つけ出した瑞希は慎重に扉を開き、既に人がいないことを確認してから内部へと侵入する。
「どこ!?」
近藤組がコンテナ船を占拠していたことで本来の事務室の
「もう! 汚いな!」
2人を早く見つけ出したい焦りと部屋の乱雑さに苛立ちを覚えながら瑞希は懸命に手掛かりを探る。
「!!」
引き出しを開けてみるとディスプレイ型の資料がいくつか雑に入れられているのを発見する。瑞希はそれらを取り出して1つ1つを表示させて確認する。
「これは……5年前の積荷の送り先資料か。多分机ごとに担当の人がいてそれに関する資料があるんだろうな。この人たちが捨てたりしてなければどこかにあるはず」
そこから瑞希は机の引き出しを片っ端から引っ張り出して資料を探す。
「船内資料、あった!」
瑞希はコンテナ船に関する資料を見つけ出し、ホログラムを映し出しながらフロアごとのマップを見る。
「7階と8階の居住区エリア……! 8階は家族がいる人たち用の部屋が主で7階は基本的に個室! 萌ちゃんと結衣ちゃんたちがいた部屋の様子から考えて十中八九7階のどこかの部屋にいるはず!」
瑞希は事務室をすぐに飛び出すと階段に戻って7階を目指した。
(こんなことなら階ごとに考えた方が良かったかも。結局10分以上時間を費やしちゃった……)
まだ船内に残っている数名の部下を排除しつつも危なげなく7階へと辿り着く。
(7階に着いた!)
瑞希は2人の残留サイクスが残っていないか辺りを見渡す。
「あった!」
瑞希は先に萌の残留サイクスを見つけ出し、階段横の704号室の扉を開ける。
「萌ちゃん!」
鎖で椅子に固く縛られたまま下を向く萌の姿がそこにはあった。瑞希はすぐに萌の側に寄って声をかける。
「ハァ……ハァ……。みずちゃん来てくれたんだね……」
萌は力なく微笑みながら瑞希を見て少し安堵の表情を浮かべながら答えた。精神的にも身体的にも傷めつけられたその少女は明らかに憔悴しきっている。瑞希は鎖を
鎖を外すための鍵がないか辺りを探す瑞希が、ふと目線を上げると壁を破って向こう側に両手を天井から鎖で吊るされている結衣を見つけた。結衣の顔は地面を向いて下がっており、意識が無いように思われた。
「結衣ちゃん……」
瑞希が結衣の様子を見て声にならない声で呟いているのを見た萌は力を振り絞って瑞希に告げる。
「多分、向こうの部屋に鍵があるのかも……。近藤って人、よく向こう側に行ってたから……」
瑞希はその言葉を聞いて軽く頷いて「すぐに戻るね」と一言だけ告げると急いで部屋を出て階段を隔てた向こう側にある705号室に入る。机に目をやると輪に複数の鍵が連なっているキーホルダーがぶっきら棒に置かれている。瑞希はそれを即座に取ると走って704号室に戻り、鎖を繋ぎ止めている錠の鍵穴に合う鍵を片っ端から探す。
(早く!)
瑞希は心の中で悲痛の声を上げる。
「開いた!」
いくつかの鍵を試した後にようやく見つけ出し、萌を縛っていた鎖が外れる。前に倒れ込む萌を抱きかかえた瑞希は「萌ちゃん……」と涙声で声をかける。
「みずちゃん……。早く結衣ちゃんを……」
その言葉に我に返った瑞希は、抱きかかえている萌をそっと優しく横たわらせた後に 結衣の元へ向かい、再び鍵穴に合う鍵を探す作業にあたる。結衣の両手を縛っている鎖を外すと、結衣はだらっと力無く前に倒れ込んでしまう。瑞希はそれを受け止めると、座り込んで両足首に繋がっている鎖を外して結衣を解放することに成功した。
「良かった、外れたんだね」
萌はふらつきながら側に寄って来て瑞希に寄り掛かりながら座り込む。
「無理しないで」
萌の頭を優しく撫でながら瑞希は答える。瑞希は膝の上で横たわる結衣の口元と胸に恐る恐る耳を当てて息があることと心臓が正常に動いていることを確認する。瑞希は「良かった……」と掠れた声で呟くとホッと息を吐いた。
––––〝
瑞希は綾子の超能力を発動して2人の負傷による痛みを和らげる。また、サイクスの流れを穏やかにして休まるように努める。2人の表情が少しずつ穏やかになり、萌もそのまま眠りについた。
「……」
瑞希は2人を優しく抱きかかえながら身体に付けられた大量の傷口や残留サイクスに目をやる。上着を膝の上で眠る結衣に羽織った後、地面に投げ出されている鞭に付着した近藤の残留サイクスを見て静かに怒りを溜め込む。
––––許さない
瑞希は2人の負った精神的・身体的な傷を目の当たりにした悲しみ、そしてその元凶に対する怒りの2つの感情が自身の深層部から湧き上がってきていることを感じ取った。
まだ幼い瑞希にその感情を抑える
それらの負の感情は瑞希のサイクスに大きな影響を与え、これまで以上に膨大なサイクスが身体から溢れ出る。
––––ゴゴゴゴ……
その不穏に満ちたサイクスを
「ピボット……」
瑞希は不意にピボットに声をかける。
「ん? あぁ、サイクスの残量なら……」
「私のサイクスから生み出されて私の感情と呼応するだけなら、どうしてサイクスの基本技術について説明を受けた時にまるで既に知っているかのような反応なの?」
目を閉じて頭の後ろに両手を組んでいたピボットはゆっくりと目を開けて真っ直ぐに瑞希の目を見据える。
「そりゃあ、僕はサイクスそのものだし、〝
瑞希は「じゃあ、なっちゃんとの闘いの時に私には経験が無いのに自然と身体が動いたのは?」と問おうとしたものの、そのままそれを胸に押し殺すと、瑞希は一言だけ「そっか」と呟いた。
瑞希はそれ以上は何も言わずに天井を見つめ、溢れ出る黒いサイクスは船全体を覆った。
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