第49話 - 正義感

 和人は既に胸に負った傷は回復し、サイクスの訓練に戻っている。


「和人、あなたの超能力ちからを考えると〝超常現象ポルターガイスト〟の応用は割りかし簡単に使いこなせるようになると思うわよ」


 花が和人に説明を施す。


「と言うと……?」


 いまいちピンと来ていない和人に対して〝弓道者クロス・ストライカー〟を発動するように指示し、和人はそれに従う。


「そのまま……じゃあ、あの扉に向かって矢を放ってみて」


––––〝衝撃インパクト


 和人は指示通りに〝衝撃インパクト〟の矢を扉に向かって放ち見事に命中した。


「和人、あなた矢を放つときどういう気持ちで放ってる?」

「どうって……狙って当たれって」


 花が頷く。和人は当たり前の質問に対して初めは違和感を覚えたがそこで気付く。


「あっ!」


 花が少し笑って話し始める。


「分かった? 今のは物に対して放ったけどあなた樋口兼やJESTERジェスターに向けてもその矢を放ったわよね? つまりあなたは弓矢を模したサイクスに対して、つまり対象に向けて〝害意〟を持って攻撃したのよ」


 和人はなるほどと頷く。


「〝超常現象ポルターガイスト〟による攻撃も同じ要領・論理よ」


 和人は納得した後に花に抱いた疑問をぶつけた。


「でも先生、僕、家で試したことがありますけど……なかなか上手くいきませんでしたよ?」


 花は右人差し指を和人に向けながら答える。


「良い質問ね。あなたの〝弓道者クロス・ストライカー〟はあなた自身のサイクスで弓矢に模したもの。そもそもあなたの弓道に対する思いが形になって創造されたものよ。だからあなたの感情を反映しやすいの。対して〝超常現象ポルターガイスト〟の場合、大して思い入れのないものに感情とサイクスを込める。また、状況によって対象の大きさや形も変わるでしょ? だから安定しないのよ」


 和人は花の説明を頭の中で整理しながら答える。


「なるほど……そもそもサイクス学の授業で例えば石を数センチ動かすのにも皆んな苦戦しますもんね。これらは単純な指示だけどそれが複雑になると困難になるのは当たり前のことなのか」

「その通り。小さい頃に友達とふざけて消しゴムをぶつけ合ったりしなかった?」

「しました!」

「あれも実はこれの一種なのよ。だって相手にぶつけてるんだもの。けど『いたずら』っていう軽い感情程度ならできるのよ。けど相手にダメージを与えようという目的だと途端に難しくなる」

「どうすればできるようになるんですか?」


 花は答えるまでに少し間を置く。


「これも〝アウター・サイクス〟や〝インナー・サイクス〟と同じで自分で感覚を掴むことが大事よ。大きさによって込めるサイクス量はどのくらい必要なのか? どの程度の感情を込めるのか? 経験も必要よ」

「難しそうですね」

「もちろん難しいわよ。けどあなたのその〝弓道者クロス・ストライカー〟の精度を考えるとある程度のバランス感覚はあるはずよ」


 花はそう言うと大量の硬式ボールが入った箱を和人の足元に置いた。


「さ、分かったらこれを私にぶつけるように。もちろん投げずにね」

「硬球でですか!?」

「あら私の心配してくれるの? 防御するから大丈夫よ。それにゴムボールみたいな柔らかい物質の方が〝超常現象ポルターガイスト〟は難しいのよ。それだけ多くのサイクスを込める必要があるし、込めるサイクス量のバランスが悪ければコントロールも難しくなる」

「そうなんだ……」

「初めは私、一歩も動かないからね。慣れてきたら避ける私に対して当てられるようにしましょう」

「了解です」


 それから和人は箱に入っている硬球に対してサイクスを込めて花に向けて飛ばしたが花から逸れる。それから〝超常現象ポルターガイスト〟の反復練習が始まった。


#####


 和人が花との訓練に励んでいるのとほぼ同時刻、瑞希は多田の診療所を訪れていた。


「瑞希ちゃん、体調はどう?」


 瑞希は多田を真っ直ぐに見つめながら答える。


「大分良くなりました。昨日、先生の診察受ける前はよくあのシーンがフラッシュバックして身体が強張ってたりしたんですけど……」

「よしよし、順調ね。前に私の診察受けた時と同じような手順を追っていくわね。少しずつあなたに対して悪さしている感情が籠もったサイクスを混ぜていって、それを中和していきながら克服していきましょう」

「はい」


 それから瑞希と多田の会話が始まる。


(本当に正義感の強い子ね)


 瑞希と会話を交わしながら多田は確信する。


(〝精神問診票メンタル・クエスチョン〟に込められた感情、恐怖が大半を占めているけど、絶対的『悪』に対して自分が役に立てなかったことへの後悔や怒りも多くある。そしてその源は……)


「お姉ちゃんを守れない」

「愛香ちゃんのこと?」

「はい。お姉ちゃん、車椅子でただでさえ大変な思いをしているのに毎日凶悪な犯罪者たちを相手してる……いつ危険な目に遭うか……私が不甲斐ないとお姉ちゃんに迷惑かけちゃう。役に立ちたいんです」


 その姿や絞り出される言葉が数年前の愛香と重なる。


#####


「先生、私、瑞希を危険な目に遭わせたくないんです。こんな身体になった私でもあの子を守りたいんです」


#####


 診察を終えて帰路についた瑞希の背中を眺めながら多田は頭を抱える。

 

(私の報告、結構重大ねぇ……まぁ、これまでの報告や事実を総合的に考慮して決まるんだろうけど。はぁ……)


 画面に表示されているTRACKARSに関する資料を消し、多田は外の空気を吸いに屋上へと向かった。




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