第46話 - 消滅
樋口凛の胸を貫いたかのように見えた樋口兼の右腕は、彼女の胸をすり抜けていた。〝
「お兄ちゃん……ごめん……」
凛は泣き崩れながら兼の肉体の前で謝罪を続ける。
瀧は左手で和人、伊藤、土田を制し、その様子を静観する。
「私……ずっと……ずっとサイクスの無いお兄ちゃんを貶し続けてきた。サイクスが少ないお父さん、お母さんにも……けど……けどっ……サイクスの量や扱いだけが全てじゃないんだって……! やっと……やっと分かったの……!」
首から上がなく、明らかに聴覚のない樋口兼の肉体は、それでもまるで凛の話を聞いているかのようにその場に立ち尽くしていた。
「今日、ある女の子を見て気付いたの。その子はまだ1年生で私なんかよりもずっと才能がある子。でもその子は、自分の才能に
和人はすぐに凛が話している1年生が瑞希のことであると気付いた。和人は特別教育機関に入学し、彼女を知った時から瑞希のその姿勢に対して尊敬の念を抱いていた。
「それにさっき不思議な世界に迷い込んでいた時に観た映像……お兄ちゃんの傷付いた気持ち、それでも私のことを想っていてくれたことも知った……。私は色んな人たちの気持ちを踏みにじってしまった。その事が情けない。そしてそれに気付いていなかった事にも恥ずかしい。私は優秀じゃなかったんだ……」
それから凛は、顔を覆ったまま嗚咽を漏らしてその場から動かなくなった。怨念化した後、膨張していた〝
––––悪意はない。
その場にいる全員がそれを確信していた。顔が無いためその表情から読み取ることはできない。しかし、その優しさに溢れた動きから悪意は一切感じられなかったのだ。
樋口兼の肉体は、その場にしゃがみながら凛の震える肩に左手を添え、まるで妹をなぐさめるかのように優しくさすった。
「お兄ちゃん……?」
凛は涙で濡れた顔を上げ、兼の肉体を見つめる。涙でぼやけた視界には兼が微笑みかけているように見えた。
これは自分の願望なのかもしれない。自分の願望で首のない兼に顔面を付け、自分に都合の良いように解釈しているだけなのかもしれない。それでも凛はそう信じたかったのだ。
––––ドサッ
樋口兼の肉体はしばらく凛の肩をさすった後、静かにその場に倒れた。まるで糸人形の糸が切れたかのように。
凛は変わり果てた兄の肉体を泣きながら抱き寄せた。
「!?」
兼の肉体がゆっくりと消滅を始めていた。怨念化した肉体はその目的を達成するとその肉体を残すことなく消滅する。
「ダメ!!」
凛は力を込めて兼の肉体を抱き寄せるが、その肉体は段々と透けていき、凛の腕の中で消えていった。〝
「終わったのか……」
瀧は震える凛の側に寄って彼女を支えながら外へと向かった。
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「ふ〜ん。こんな終わり方もあるんだねぇ」
一部始終を見た
「不満カ?」
「いやぁ、怨念化がこういった結末で終わることがあるって知らなかったからビックリしただけ。樋口くんの恨みはその程度だったんだねぇ」
「ヤハリ不満ナンジャナイカ」
「ククク……やっぱり反省した妹が無念にも殺される方が面白いじゃない?」
「フン」
間を置いて
「それにしてもキミは優しいねぇ。わざわざ反省の機会を与えてあげるなんて」
「俺ハ人ノ心ノ動キト、ソレニ対スルサイクスノ反応ニ興味ガアルダケダ」
「あっそ」
立ち上がりながら
「ところで〝彼〟には会わなくていいの?」
「今ハソノ時デハナイ」
「あぁ、そうなの? ここまで現場に来ないってことはキミが足止めしてて後で向かうのかと思っていたよ」
「足止メシテイルノハ事実ダ。俺デハナイガ。奴ハ強イ」
「ふ〜ん。とりあえず関係性を考えて手を出してないけど、キミが殺らないならボクが殺っちゃうよ?」
「フン、勝手ニシロ」
「……」
1人残った
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瀧たちは、遅れて到着した捜査一課長・藤村が率いる7人と合流し、事態の収集を図った。体育館で起こった惨劇を目撃した者は当事者を除いて存在せずパニックを避けることには成功した。
集団的に睡眠に入ったことは高校付近で後天性超能力者の暴走が起こり、それに巻き込まれたと説明された。また、その後天性超能力者は既に確保されたと説明された。
「藤村課長、一体なぜ到着に時間がかかったんですか?」
瀧が捜査一課長、藤村洸哉に尋ねる。
「現場に向かう途中、一般人に妨害されたんだよ。意思に反して襲ってくる感じだった。明らかに何者かの超能力の影響だな」
「ってことは他にいたってことですかね?
「その可能性が高いな。若しくは奴らの別の超能力か」
「それは厄介ですね……ここ最近は大きな事件を起こしていませんでしたが、どうしてこんな大それたことを……奴らの目的は一体……」
「奴らが表明している通り、ただの気まぐれなのかもな。ただ奴らがかなり気にしていたっていう月島の妹……無関係じゃないだろうな」
「えぇ。最大限の注意が必要ですね」
「それに自分で身を守る術も学ぶ必要があるな」
「愛香が納得するでしょうか?」
「……」
間を置いて藤村が答える。
「納得させるさ」
そう言って藤村はタバコを口に加え、煙を漂わせながらその場を離れた。
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