第16話 - イタズラスケベ猫

「これって何?」


 瑞希は政府からの通知を見ながら愛香たちに尋ねた。


「……」


 愛香は依然目を背けたまま答えようとしない。それを見かねて玲奈が代わりに説明を始める。


「政府はずっと瑞希ちゃんの超能力について気にしていたのは知ってたわよね? それでこの間、p-Phoneについて教えてくれたことをあなたの〝目〟のことも含めて報告したの。そしたらこの通知が来たのよ」

「簡単に言えばあなたの超能力に期待してるってことね」


 花も説明を付け加える。


「私に何を期待しているんですか? あと〝TRACKERS〟って?」


 2人は黙り込む。どうやら瑞希にどう説明しようか迷っているらしい。

 

「〝TRACKERS〟っていうのは現在、日本政府が密かに進めているプロジェクトよ」


 少しの沈黙の後、愛香が静かに話し始めた。


「ここ数年、先天性超能力者の比率が上がったのは授業で習った?」

「うん。ここ20年で一気に10パーセント上がったんだっけ?」

「そうよ。そして私のような後天性超能力者も増えてきて現在の日本人口における超能力者の割合は約43・7パーセント。50パーセントを超えるのは時間の問題と言われているわ」

「うん」

 

 愛香はさらに続ける。


「割合が増えたことで超能力者の犯罪率が年々増えてきているの。軽犯罪からこの間の上野さんの様な重犯罪まで。そして複雑な超能力が増加していて事件を解決するのも一苦労なの」


 愛香は一呼吸入れて続ける。


「そこで日本政府は超能力者の中でも特別な才能を持っていたり、捜査に役立ちそうな超能力ちからを持っていたりする超能力者を集めて、超能力者による難解な事件の解決にあたらせる専門組織を内務省直轄で設立しようとしているのよ」

「……それで私?」


 2人の様子を見ていた花が口を挟む。


「あなたの超能力や目はもちろんのこと、上野との戦闘におけるあなたの冷静な状況判断や運動能力は素晴らしいものだったわ。私が保証する」

「花さんがあんな真面目に瑞希を賞賛するようなこと書くからこんなことになってんですよ」


 愛香は少し非難がましく花に言う。そんなことはお構いなく花は続ける。


「まぁでもサイクスの扱い方をより詳しく指導を受ける特別授業を受けるってだけだから」

「それって結局は後々〝TRACKERS〟に瑞希を参加させるための準備ってことじゃないですか。私は反対ですから」

「政府自らのお達しよ。拒否なんて不可能よ」


(大体の事情は理解した。それでお姉ちゃんは玲奈さんと徳田先生の2人と少し揉めてたのか……)


 瑞希は3人の諍いに理解を示した。それと同時に頭に浮かんだ疑問を投げかける。


「でもサイクスの扱い方って今さら習う必要ある? 私、大体はできるけど」


 瑞希はサイクスの扱いに優れ、学校での成績は常にトップだ。今さら何を習えというのか。単純な疑問である。


「学校では習わない、複雑な扱い方があるのよ。例えばあなたが得意な〝超常現象ポルターガイスト〟だってあんなの簡単なものなのよ。それに……」

「それに……?」

「瑞希さん、あなたの超能力的にサイクスの消費が激しいわ。そのために効率的にサイクスを使う技術をあなたに教えるってことよ」


 その時、p-Phoneが現れ、ピボットが口を挟む。


「瑞希、丁度良いじゃない。サイクスの消費を抑える方法知りたいんだろ?」


(確かに。p-Phoneを出している状態だと私自身のサイクスが1/4の状態になっちゃう。私の知らない使い方があるなら知りたい)


 瑞希は愛香の方を向いて尋ねた。


「お姉ちゃん、その……この訓練受けてみたい……かも」


 玲奈と花は少し笑みを浮かべ、それとは対照的に愛香は失望したように溜め息をついた。


「言うと思ったわ……けどダメよ。瑞希には必要ないわ」

「でも今日のサイクス学の授業で私、サイクスのもっと効率的な使い方を知りたいって思ったの。ピボちゃん出してる状態だとサイクスが1/4になっちゃうから普通のときより疲れちゃうの」

「p-Phoneを出さなければ良いじゃない」


 「ごもっとも」とピボットが呟いた。しかし、ピボットはイタズラな笑みを浮かべながら愛香に言った。


「でもね、おねーちゃん。ボクは今みたいに瑞希の意思に反して現れることが可能なんだ。イタズラで現れて瑞希をわざと疲れさせちゃうなんてことだってできるんだぜ」

「ぐっ……」


 愛香はピボットを睨みつける。


「そうなの、お姉ちゃん。ピボちゃん私がサイクス学の実技でお手本示す時に勝手に現れて疲れさせようとするの。それに私の下着勝手に見たり、お風呂覗こうとしたりするし」

「ちょっと待ってそれ関係なくない?」


 少し焦っているピボットに対して花と玲奈は「クズね」と非難し、愛香と翔子は静かに目に怒りを灯してピボットを睨んだ。


「と……とにかく瑞希にサイクスの扱い方詳しく教えないとサイクス切れ起こすことが増えちゃうよ」


 愛香はしばらく考え込んだ後に瑞希の方を向き、静かに言った。


「分かったわ。瑞希、この訓練受けて良いわよ」

「ありがとうお姉ちゃん」


 愛香は花と玲奈の方を向き直り、


「このプログラム自体は受けさせるわ。けど〝TRACKERS〟には絶対に関わらせない。進言も絶対しないで。この子を危険な目には絶対遭わせない」


 そう言い残した愛香は不機嫌そうに自分で車椅子のハンドリムを回して1階の自室へと入った。


「何とかプログラムを受けさせることができるようになったわね」


 花は安堵の表情を浮かべる。


「政府の命令なんで拒否なんてできないんですけどね」

「えぇ。でも納得した状態で受けさせた方が良いからね」


 花はピボットの方を向く。


「ファインプレーよ、イタズラスケベ猫」

「酷いなぁ」

「思春期の女の子の覗きなんて最低よ」

「悪かったよー」


 玲奈は溜め息をつき、翔子は尚も軽蔑の眼差しを向けていた。


 瑞希は玲奈と花の帰りを見送った後に「私もお姉ちゃんの役に立ちたいけどなぁ」と呟き、翔子に「おやすみなさい」と伝え、2階の自室へと入って眠りについた。


#####


––––p-Phone内


 キジトラ模様のピボットの背中が映る。しかし、一点、いつもとは違う様子である。トレードマークとも言える垂れ耳が立ち耳となっているのだ。


「〝覚醒維持〟か……。キミは本当に似ているなぁ。〝白銀の死神〟……いや……」


 そのピボットに似た猫は少し間を空けて呟く。


母親に」


––––ズズズズ……


 そのピボットに似た猫の周りに不穏を纏ったサイクスが滲み出る。


「あぁ、ダメダメ。我慢しなきゃ」


 その猫の目の怪しい輝きが増す。


「瞳のサイクスに耐え得る器に成長するまで……」



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