第7話 - 戦闘開始

「先生、私ね、月ちゃんが欲しいんだ」

「月島さんが……?」

「うん。好きなの。月ちゃんのこと」

「……そう」


 15歳の少女からの突然の告白に狼狽える。


(一体何だっていうの? 突然幼なじみの女の子のことが好きって……。それと一連の殺人に何の関連があるっていうの?)


「ふふ、冗談だと思ってる?」

「いや……」

「私の好きはただの好きじゃないんだよ」


 菜々美は花の視界から消え、後ろに回り込んで耳元で囁いた。


「月ちゃんの全部が欲しいんだよ。私の超能力ちからを使って。そして月ちゃんに群がる周りの人たちも全員消すんだ」


(疾い……!!)


「上野さん、あなたの超能力ちからは自分の身体能力を向上させるだけなはず」

「先生もう気付いてるでしょ? 私に別の超能力ちからがあること。高校に入学する少し前に〝病みつき幸せ生活ハッピー・ドープ〟を他人に打ったら私の言うこと聞いてくれるようになったんだ」


(上野さんの月島さんへの歪んだ愛がサイクスに呼応して新たな超能力ちからを生んだ……?)


「その辺の人に注射打ってみて色々調べたんだけどさ、4時間で効力が切れちゃうんだ。けどね、3回、4回、5回……と繰り返すとね、皆んな自分から注射を求めるようになるんだ。麻薬のようにね。他にも色々試したんだよ」

「ドープとはよく言ったものね」

「でしょ? 私ネーミングセンスあるのかも」


 菜々美は笑みを浮かべて再び花の正面に立った。


「せんせ〜、私嫉妬してたんだよ〜? 月ちゃんとコソコソお喋りしてるからさっ。火曜日は先生午前中で授業終わりでしょ? んで今日は体力測定テストのお手伝いで有給取って帰っちゃった。先生とっ捕まえるには良い日でしょ?」

「初めから私を捕まえる気だったのね」

「そうそう。捕まえてみたらビックリしたよ。警察の人なんだもん」

「はぁ……その通りよ」

「でさ、私先生で試したいことがあるんだ」

「……何?」

「先生、明らかに戦闘タイプじゃないよね? でも警察の人って普通の人より訓練していてサイクスの扱いにも長けてる。じゃあさ、私たちと闘ってみようよ」


 菜々美は超能力を使って花を縛っていた縄を解いた。


(確かに私は民間人よりもサイクスを使った戦闘訓練はこなしている。けど飛躍的に身体能力を向上させた3人を相手にするのは流石に分が悪い。何とか逃げ道を探さなきゃ)


「子どもね」

「ん?」

「その余裕があなたの命取りになるかもしれないわよ」

「言うね」


––––〝病みつき幸せ生活ハッピー・ドープ


 菜々美は注射器2本を具現化し、旧校舎の館長と受付の女性の首筋に打ち込み「あの女の人を殺せ」と囁いた。

 瞬間、花は部屋から脱しようと後ろの扉へ向かって走り出した。館長と受付の女性は左右に分かれて花を囲むように捕らえにかかる。


––––間に合わない


 花は立ち止まって扉を塞いだ館長へと蹴りを見舞った。館長はそれを右手で受け止め、左拳を繰り出す。花は右手でガードして後ろへ回避した。着地を狙って受付の女性が上から踏み付けを試みる。それを察知した花は左手で身体を回転させて攻撃を躱した。


「ヒュー、さっすがは警察官さん」

「あなたは来ないの?」

「気が向いたらね〜」


 菜々美はまだ自分の超能力を完全には把握しきれていない。サイクスの特性から考えて被験者に対して無限に注射ができるとは考えにくい。被験者の許容するサイクス量はどのくらいなのか、また非戦闘要員である花を突破するにはどの程度の注射が必要なのか。ある程度のデータが欲しい。


––––罠? それとも条件?


 一方で花は2人の打撃を捌きながら思考していた。


(もし、注射を打たれた者に指示を出した場合、自分は超能力ちからを発動できないとしたら? それとも私に仕掛けさせるための罠? そしてもう1つ……)


 花は少し思考に気を取られ、脇腹に打撃を喰らう。


(くっ……少し気を抜くとこうだ……。もう1つ、この人たちに意識はあるの?)


*****


「〝病みつき幸せ生活ハッピー・ドープ〟を他人に打ったら私の言うこと聞いてくれるようになったんだ」


*****


(試してみるか)


––––〝超常現象ポルターガイスト


 花はサイクスを指に溜めて椅子2脚にかざし、受付の女性の方へと投げ付けた。その直後、花は一気に館長との距離を詰めて目を合わせ、手の甲目掛けて蹴りを入れた。


––––完了


(さて、どうなる?)


 蹴りによるダメージはほぼ無い。しかし館長は動きを止めた。


––––〝私とあなたの秘密シークレット・フェイス


 靴という私物を花は館長と共有した。


(〝病みつき幸せ生活ハッピー・ドープ〟を刺された相手に上野が指示を出した場合、人名は上野の記憶から共有されるのか、それとも注射を刺された相手の記憶からでしか認識されないのか。上野は命令する際、私の名前ではなく『あの女を殺せ』と命令した。これは館長と受付の女性が私と面識がない場合を考慮した命令であると考えられる)


 旧校舎の館長である江口えぐち 史郎しろうは花と面識がない。〝私とあなたの秘密シークレット・フェイス〟を仕掛けることで江口本人に刺激を与えた。江口は花の顔を受付の女性の顔と誤認。動きを止めた。


「どうしたの?」


 菜々美が少し驚きの表情を浮かべる。花は隙を突いて部屋を出ようと試みたが、注射器を自分に刺した菜々美が行く手を阻む。


(使えるのか……)


 菜々美は少し笑みを浮かべる。花との距離を詰めようとしたその瞬間、部屋の外から少女の声が響いた。


「なっちゃーん? 徳田せんせー? 近くにいますかー?返事してー」


「月ちゃん、どうしてここに!?」



 菜々美に動揺が走る。



 花はその隙を見逃さなかった。




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