助け舟

「本当にいらっしゃるとは……」


 それから私は役目を終えて自分の屋敷に帰ろうとする家臣とともにレーヴェン公爵家へ向かう。彼にしてみればお礼だけを伝えてまた後日というつもりだったのだろうが、そういう訳にはいかない。もはや我が家の窮状は一刻の猶予もない。


 そんな訳で私は数日振りに公爵家へやってきた。

 前回と違って客は私だけなので、余計に広く感じる。


 そして今回はパーティー用の広間ではなく応接室へと通される。実家の屋敷にあった応接室に見劣りしない立派な部屋に私は驚いた。最近は勢力を失いつつあるというだけあって高価なものはあまりないのだが、年代物の絵画や家具が多くあり、それが逆に本当の上流という雰囲気があった。

 私が待っていると、すぐに慌てた様子のレーヴェン公爵が入ってくる。


「いや、まさかこんなに早く来ていただけるとは」

「いえいえ、押しかけるような形になってしまい申し訳ありません」

「いやいや、まずはソフィを治してくれたこと、ありがとう」


 公爵がそう言うと、後ろから一人の少女が入ってくる。

 一瞬誰かと思ったが、思い返してみるとあの時ベッドに寝ていた少女だ。血色がよくなり、少し肉付きもよくなり、髪にも艶が増しているので別人のようだった。

 少女は私の姿を見るとぺこりと頭を下げる。


「ありがとうございます、もう治らないかと思っていたのにすっかり元通りになりました」

「大丈夫ですか? もう起き上がって」

「はい、おかげさまで」


 そう言って彼女は軽く手足を動かしてみせる。

 若干痩せている以外はもうすっかり健康になっているようだ。


「私もああいうことは初めてだったからうまくいって良かった」

「はい、では私はケーキを焼いてきますのでいったん失礼いたします」


 そう言ってソフィはその場を離れた。




「さて、本題に入るが……随分大変な状況のようだな」


 ソフィがその場を離れると、レーヴェン公爵はそれまでの父親の顔から急に貴族の顔つきに変わる。それを見て私も気を引き締めた。


「はい、オールストン家とオーガスト家は私たちが反抗したのがよほど気に食わないのでしょう、是が非でも屈服させようと必死です。このままではすぐにでも我が家は立ち行かなくなるでしょう」

「なるほど。わしとしても娘を治療してくれた恩を返すのはこの機しかない……というのは建前に過ぎない。もし娘の恩人であってもそいつを殺した方が家が発展するのであればわしは躊躇なく殺すであろう」


 レーヴェン公爵の言葉に私は息を飲む。

 父上にしろ彼にしろ、大きな家の当主はこのような冷酷な考えをするのが当然なのだろう。

 とはいえわざわざこうして話をしてくれるということは私に対して何かしらしてくれる意志はあるということだ。


「そもそもオーガスト家とオールストン家が王国を牛耳っているのはなぜだか分かるか?」

「オーガスト家は代々王国の軍権を握っており、オールストン家は代々優秀な魔術師を輩出しているからです」

「その通りだ。オーガスト家は王国軍の騎士たちと強い結びつきがあり、彼らでなくては王国軍を指揮出来ない、ということにしている。一方、オールストン家はどちらかというと個人の魔術の能力で権力を維持している。とはいえ魔力は遺伝する上に、魔術の教育というのは優秀な魔術師にしか出来ないからこの構図をひっくり返すのはなかなか簡単ではない」

「確かに」


 実際、私の一族以外でそこまで魔法が使える方は数えるほどしかいません。言い方は悪いですが、才媛としてもてはやされていたベラがあの程度の実力だったことからもそれは明らかでしょう。


「だが、おぬしはオールストン家から追い出された状態でそれに匹敵するほどの魔術の実力を持つ存在だ。つまりおぬしが優秀な魔術師を産むか育てれば、オールストン一族だけが優秀な魔術師を独占しているという状況を崩すことが出来るのだ」

「なるほど」


 私はレーヴェン公爵の言葉に感心した。よほど今の状況が気に食わないのだろう、どのようにすればオールストン家の一強状態をひっくり返せるかを考えていたらしい。

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