王宮のパーティー

「そう言えば、今度王宮で陛下の即位十二周年を祝うパーティーがあるらしい」


 あれから数日後、夕食の席でレイノルズ侯爵がおもむろにそう言った。

 貴族の界隈では「~周年」「~歳誕生日」などちょっとしたことがあるだけで盛大なパーティーが開かれる。実家にいたときは、「パーティーに行く暇があったら魔法の一つも使えるようになれ」と言われ、ろくに縁がなかった。


 それはこの家に来ても変わらないものかと諦めていたけど、この間の出来事で皆との関係が進展したのでもしかしたら私も出られるかもしれない。


「言われてみればあの結婚以来初めてだな」


 ロルスも頷く。

 もちろんパーティー自体は大小合わせればほぼ毎日のように何かしら開かれているが、レイノルズ侯爵家のように周囲から蔑まれている家はあまり他家のパーティーには出向かなかったのだろう。


 とはいえ、王宮で開かれるパーティーとなれば出向かない訳にもいかない。

 そんな私にロルスは優しく声をかけてくれる。


「レイラはオールストン家の生まれだし、パーティーについては詳しいだろう? 色々教えてくれないか?」

「ごめん、実は私そういうのにはあまり行かせてもらえなくて……」


 せっかくの好意にこう答えるのが若干申し訳ないが、私は答える。


「そ、そうだったのか、それは無神経なことを言ってすまない」

「ううん、だから私も楽しみ」

「そうか、それなら一緒に準備しよう」

「だが、パーティーに出向けばこの前のマロード公爵のような不躾な者が多数現れるだろう」


 侯爵は冷静に言う。

 確かにマロード公爵を追い返した件の噂は広まったとはいえ、その噂を信じていない者やマグレだと思っている者、もしくは理由とかどうでもよく他人を馬鹿にしたい者は多いだろう。

 しかも王宮の中ではうちの屋敷と違って、なかなか「じゃあ魔法を使ってみます」という訳にもいかない。


「せっかく多数の人々が集まるパーティーである以上、そこで私の実力を証明して見下されるのを終わらせたいという気持ちはあるけど……」


 私が馬鹿にされるのは嫌だが、幼いころからずっとそうだったので今更そうも思わない。しかしこのままではレイノルズ侯爵家が、「厄介払い先」「不要な女を押し付けられた」という評判が立ってしまっている。

 そんな評判を吹き飛ばすには私が力を示すしかない。


「分かった、それならどうにかその機会を用意できないかやってみよう」

「え、本当ですか!?」


 侯爵の言葉に私は驚く。


「ああ、パーティーの余興のような形でねじこむことは出来るだろう」

「はい、是非お願いします」


 私はこれまであまりそういうパーティーに出たことはなかったが、確かに大きなパーティーであれば余興のようなものがあってもおかしくはない。

 侯爵の言葉に私は俄然目を輝かせるのだった。


 それから侯爵は王宮に私の魔法の件の話をしたり、パーティーに出席する準備を整えたりしていた。

 侯爵家の人々も社交界に出る経験はあったので、礼服はあったのですが、私だけが唯一何も持っていなかった。

 世間の常識によると普通は貴族令嬢が他家に嫁ぐ時はドレスの一着や二着は持って嫁ぐらしいが、私の場合は手ぶらだったのでそれもない。


「悪いが急造で仕立ててもらうことになるので今回ばかりは粗末なものになってしまうが……申し訳ない」


 そのことを知った侯爵は私に頭を下げた。


「いえ、構いません。むしろ今回は最低限の服にしておいて、いずれ時間ある時にゆっくり仕立ててもらえれば」

「気を遣わせてすまないな」


 私の言葉に侯爵は申し訳なさそうに溜め息をついた。

 とはいえ、そもそも侯爵自身の服装も父上がパーティーに出る時に着ていたような服に比べるとかなり値段は落ちるだろう。正直ある程度その場にふさわしいものであれば、無駄に高級なものを用意する必要はないと思うのだが、この爵位だとこのくらいの値段の服を着なければ恥ずかしい、みたいな面倒な風潮がある。

 その尺度に当てはめれば私も、そして侯爵も恥ずかしいということになってしまうだろう。


 そんなことを思いつつパーティー当日を迎える。

 私は侯爵が用意してくれたドレスに袖を通す。母上や妹が着ていた物に比べれば質素だったが、そもそも華やかな服を着せてもらうこと自体が初めてなのだ。だからそれだけで自然と気分がよくなってくる。

 メイドさんに着つけてもらった私はしばらく鏡の前でターンしたり、スカートの裾をつまんだりしてみる。


「どんな感じだ?」


 そんなことをしているところへロルスがやってくる。

 恥ずかしくなった私は慌てて姿勢を正して表情を引き締める。


 が、彼は一目私を見て息を飲んだ。

 思っていたのと違う彼の反応に私は少し驚く。


「……どうかしら?」

「これまで平服しか見たことなかったから意識しなかったけど……ドレスを着たら見違えるようだ」

「本当に?」


 つられて鏡を見てみるが、やはり比較対象が自分の家族であるせいか、どこか安っぽい印象はぬぐえない。

 だが、ロルスは興奮した面持ちで私を見てくる。


「ああ、今までと全然印象が違う。ここまできれいだと逆に惜しく思えてくる。もっとちゃんとしたドレスを着ていたらさらに美しかったというのに」

「そ、そうかな」

「ああ、そうに決まっている! ああ、今まで安物の服しか用意出来なかったのが急に罰当たりに思えてきた!」

「え、そこまで言う?」


 珍しく熱のこもった口調で話すロルスを見て私は少し嬉しいと同時に少し照れくさくなる。


「ありがとう」

「……いやいや、礼を言うほどでは」


 そこでようやくロルスは自分がどれだけ熱心に話していたのか気づいたのだろう、少し恥ずかしくなって口をつぐむのだった。

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