雨は止み、事件は起こる
午前の部も終わり、午後の部が始まり、作業に没頭する合間に空を見れば、気付けば雨は止んでいた。
厚い雲に覆われた太陽は、未だその姿を拝ませる気はないようだが、学園祭を楽しむ若人の熱気に当てられた学校の校舎やこの教室は、気付けばブレザーを着ていては暑いと思う程度に気温が上昇していた。
ミックスジュースの売れ行きは、時間を追うごとに気温の上昇に乗っかって、右肩上がりで推移していった。
閉会式までラスト一時間半。
出店終了まではラスト一時間。
そんな時間帯に差し掛かると、ミックスジュースを求める客は留まることを知らなくなっていた。
俺はひたすらに作業に没頭し続けた。
自分達の考案した商品が売れることに、一種の快感にも似た興奮を覚えていた。
「古田」
しかし、そんな俺の水を差した少女がいた。
陽の中のなんとやら、高梨さんだった。
「はい、何か」
「あんた、一人ずっと仕事しているでしょう」
「そうだったか」
「そうだった。料理係の子が、時折なんかいるって驚いてたよ」
「なんかいるって驚かれてたのか」
彼女の台詞を繰り返すと、高梨さんは頭を抱えてため息を吐いた。
「七瀬さん。この男連れて遊びに行ってきて」
「えぇ、わかった」
「ちょい。当人以外で話を進めないでくれるかい」
「あんたが悪い。自分の設けたルール、破るんじゃないわよ」
高梨さんの言わんとしていることを察して、俺は多少の申し訳なさを覚えて口を閉ざした。
「ウチのクラスの出店は、二時間二交代制なんでしょ。一人頭大体四時間は休憩出来る寸法だった。なのに、あんただけ一人休憩時間が少なくなったとなれば、皆の後味が悪くなるじゃない」
「はい」
言い出しっぺとか立案者が、率先してルールを破れば、まあ周囲は納得いかないと思うよな。
それは良かれと思ってやったことでも変わらない。言われてみれば当然のことだった。
まあそれでも、今高梨さんが厳しい口調で俺に迫っているのは、彼女なりの思いやりのためなのだろう。
そうでなければ、わざわざ俺の恋仲である七瀬さんと二人で学園祭を巡らせようだなんて、粋な計らいはしないだろう。
「というわけで、七瀬さん。この男のこと、よろしくね」
「うん」
微笑み会話しあう二人を端から見守って、俺は七瀬さんと廊下へ繰り出した。
教室にいた時にも気付いていたつもりだったが、廊下に出て初めて、今日の学校がとても喧騒としているという事実に気付かされた。
学生達皆が、各々の目標に向かって、学園祭という舞台で熱意をもって汗を流す。
その光景や環境音は、俺の中に燻る若人の魂を揺さぶるような、そんな錯覚を覚えさせた。
「七瀬さんは、宣伝係だったよね」
「そうね」
「ポスターと割引券配布の方は、完璧?」
「うん。勿論。喉が枯れるくらい騒いじゃった」
「あはは。確かに今も、少し声がガラガラしてる」
「そう? 少し恥ずかしいわね」
「……優勝は、多分大丈夫だと思う」
「そう?」
「うん。ずっと教室にいたからね。多分ジュースも売り切れるし、優勝は固い」
「良かった」
「うん。目標達成だね」
一足早く優勝を悟っておいて、俺は微笑んだ。
「……だからさ、何の気兼ねもなく、ここからは楽しもうよ」
「うん」
多分、それが高梨さん……に加えて、何かいると言っていたクラスメイト達の総意なのだろう。
本当に、俺は良い協力者を持った。
高梨さん。
綾部さん。
勿論七瀬さんもいて、それに加えて、クラスメイト全員。
ダンスの件もミックスジュースの件も、皆の協力がなければ、皆が当初示した俺達の目標に乗っかってくれなければ、成し遂げることは出来ない課題だっただろう。
今俺は、そんな協力的で心強いクラスメイト達に、感謝の気持ち以外は抱いていなかった。
本当に、このクラスに入れて良かったと心から思った。
そんな彼らが望むのであれば。
一時俺は、自分達の状況を忘れて遊び惚けよう。
そう思った。
そこからの一時間は、凄い楽しかった。
七瀬さんと色んな場所を巡った。
出店。体育館で行われている有志の発表。
色んな所で俺達は笑い合って、喜びあって。時には圧巻から驚いて。
そんな楽しい時間を過ごした。
楽しい時間は、呆気なく終わりを告げた。
出店終了の十五分前。
俺達は一足早く遊びを切り上げて、自分達の教室に戻ることにした。
「なんだかんだ一番楽しいのは、クラスの連中と騒ぐ時だね」
「そうね」
そんなことを、心から思ったからだった。
体育館から渡り廊下を伝って教室に戻る最中、俺はふと気が付かされた。
厚い雲が割れていて、そこから澄み渡るような青空と……待ち望んでいた太陽が拝めていることに。
廊下で立ち止まった俺に、七瀬さんはすぐに何を思って立ち止まったか気付いたようで、微笑んでいた。
「ね、雨は止んだでしょう?」
俺は微笑んで頷いて、教室へと再び歩を進めた。
「ただいま」
「あれ、早かったね」
教室に戻ると、返事をしてくれた高梨さんを他所に、他のクラスメイト達は歓喜の声で沸き上がっていた。
「完売したよ」
「そう。良かった」
高梨さんから事情を教えてもらって、俺は安堵のため息を吐いていた。
「今、あっちで売上金を数えているところ」
見れば、高梨さんの指さす方だけたくさんの人でごった返しているのがわかった。
「……あれ」
そして、その輪の中にいるだろう女子の、呆けた声が突然聞こえた。
たくさんの人がごった返している輪が、少しだけざわつきだした。
「どうかした?」
輪の中に割って入れば、綾部さんが売上金の勘定を焦りながら繰り返しやっていた。
しばらくそうして、俺は薄々何が起きているのかを察して、事の成り行きを見守った。
「足りない」
綾部さんが青い顔で呟いた。
「売上金が足りない」
綾部さんが口に出した途端、クラスメイトが騒ぎ出した。
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