学園祭の出し物

 この夏休みの間、それこそ七瀬さんと顔を会わせていない日の方が少ない状況だったけど、先ほどまでここにいた誰かのおかげで、すっかりと七瀬さんと目を合わせることが出来ないでいた。


「で、相談って何だい」


 視線を向けないまま、俺は尋ねた。


「うん」


「ぐえ」


 七瀬さんは微笑みながら、俺の顔を両手で握った。

 無理やり力任せに目を合わせられると、その様子がおかしかったのか、もう一度七瀬さんは噴き出しながら笑った。


「痛い」


「ごめん。でも、折角好き合えたんだから、もっと目を見て話したいじゃない」


「そうかなあ」


「そうよ」


 まあそうだと言うのであれば、そうなのかもしれない。

 これ以上の文句も言えず、俺は一層七瀬さんの瞳を凝視していた。


「で、相談って?」


 未だ頬は掴まれたままだったが、とりあえず本題を切り出すように促した。


「うん。学園祭のこと」


「学園祭?」


 聞き返しながら、かつて体験した我が校の学園祭の思い出を俺は思い出していた。

 確かウチの学校の学園祭は、九月の終わりに行われて、クラスで出店とダンスや合唱などの催し物を出すんだった気がする。あとは、クラスの出店の時間に体育館で有志の出し物もあった気がするが、前は一度も訪れたことはなかったなあ。


「楽しみだね」


「うん。だけど相談聞く前に自己完結しないでね?」


「ごめん」


 そうでした。

 かつての記憶を思い出して、そしてこれからあの楽しい時間がまた訪れることを知って、俺はついつい自分の時間に浸ってしまっていた。


「それで、相談って」


「クラスの出し物の件」


「全体集会の時の催し物か、出店。どっち?」


「出店」


 七瀬さんは付け加えるように続けた。


「出店と言っても、展示会とかもありよね」


「そうだね」


 ……そういえば、以前は何をしたんだったか。あ、思い出した。演劇だ。シェイクスピアが好きな奴のせいで、ロミジュリなんてコテコテなラブロマンスをやる羽目になったんだったな。あの時は、それはもうクラス中で大バッシングだった。

 あれは本当、散々だったなあ。

 その挙句に催し物でダンスなんてやろうとしたものだから、ひたすら練習に明け暮れたんだよなあ。


 といっても、かつての演劇での俺の役は、木、だったが。

 誰かに嘲笑われながら、一流の木を目指せ、とか言われたなあ。木漏れ日の表現のために腕だけ微かに振ってみたり、あの時は俺も四苦八苦しながら、なんだかとてつもない無駄な時間を送っていると思ったものだ。


 まさか本当に、木役なんてこの世に存在するなんて、と当時は思ったものだ。モンスターペアレントが自分の子を主役に据えろとうるさくて、主役が五人もいるハチャメチャな演劇がこの世にはあるそうだが、なんだかその時ばかりは少しだけそうさせたかった気持ちがわかった。



「それで、その出店って売り上げ金を競い合って、一から三年一番儲けたクラスが優勝する競技制になっていたじゃない?」

 

「そうだったか」


 俺のクラス、箸にも棒にも掛からぬ結果だったから、そんなことはちっとも覚えてない。


「あたしね、それに優勝したいの」


 快活そうにそういう七瀬さんを見て、俺は彼女の相談事を理解していた。


「どうして?」


「楽しそうだから」


 つまり、急に思い付いたってわけか。

 微笑む七瀬さんは、いつかのようにあまりにも突拍子もなかった。


「いいんじゃない?」


 だけど、たかだか学生間での勝負であれば程度は知れている。俺が尽力すれば、優勝かはいざ知らず、そこそこの結果は残せるだろう。

 

 つまり、無理難題でもないから、俺は七瀬さんの話に乗っかった。


「でだ。つまり七瀬さんがこれから相談したいのは、優勝するにはどんな出店をすればいいかで、どうすれば優勝に近づけるか、そんなところかな?」


「うん」


「そっか」


 俺は返事をして、天を仰いだ。


 学園祭の出店での優勝、か。


「……まずはさ、クラスメイトの説得からかな」


「そうね。だとしたら、あたし達がキチンと主導権を握らないと」


 俺は目を丸めて七瀬さんを見た。

 微笑む彼女は、いつか俺が言ったことを覚えていたらしい。


 なんだかそれがおかしくて、しばらくしたら俺は笑っていた。


「うん。大体何をしたいかは先にまとめよう。こんなのを検討して、その中からこれを選びました。理由はこうだからです。代案はありますか。

 いつかの町おこしと一緒の流れだね」


「うん」


 七瀬さんは頷いた。


「それで、優勝するには何をしたらいいかしら」


「要はさ。売上一位を目指すのに必要なのって、やることの需要をキチンと判断した上で、限界利益率を上げることだろう?」


「そうね。安い価格設定は目を引くし、欲しい物があればついつい手に取ってしまう。しかもその両者が揃っていたら、購入だって検討させられる」


「そういう意味では、展示会とか演劇はなしだ。学生の演劇も展示会もたかが知れているし、もう少しお金を払えば本物を拝めるとさすがに高校生にもなれば知っているはず。だからウケるのは一部だけだろうから」


「演劇とかは時間的な拘束も多くて駄目ね。タイムテーブルを作って、その時間ピッタリに実施させたとして、集客率が低ければもうおしまい。しかも一日に上映出来る時間も限っているし、やっぱり程度は知れている」


「そうだね」


 俺ももう木役なんて御免だし、そればっかりは激しく同意。略して禿同。


「……となると、アトラクション系は? よく学園祭に行くと、輪投げとかあるじゃない」


「セットを作る時間も手間もあるし、景品代とか諸々考えたら手間が増えるだけだと思うよ」


「確かに」


「だからやっぱり、無難なのは食べ物だろうね」


 七瀬さんは俺の言葉に頷いた。

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