大切な人が出来ました。

 以前の人生での俺と七瀬さんの関係は、最早思い出すことも出来そうもなかった。

 一年の頃から好きだったと彼女は言っていたが、そんなに好かれるほど、彼女と密な関係を築いていた記憶もなかった。


 ただ対照的に、ここ最近、つまりタイムスリップして以降の彼女との関係は、まるで噴水から溢れる水のようにとめどない。


 色んなことを彼女と一緒にやってきた。


 町おこし。倉橋さんへのお節介。綾部さんの学校案内のパンフレットの件は七瀬さんに押し付けられて巡ってきたことだったが、とにかく本当に、たくさんのことを一緒にやってきたのだ。


 十年後、俺達は疎遠になる。

 それは一度目の人生から同じこと。


 タイムスリップしてこうして関係を築いていっても、変わることなく俺達は疎遠になる。


 その事実を将来の夢を見て気付いた時、俺は平常心を保っていることが出来なかった。

 そうして、もっと彼女のことを知りたいと思った。


 彼女のことをより知っていくことが、彼女との関係が疎遠にならないようにする対策になると思ったから。


 だけど、どうしてそこまで七瀬さんとの関係に固執するのか、と問われれば、俺は自分の気持ちを他人に正確に伝えられる気がしていなかった。

 一度目の人生で高校時代から十年生きて、果たして俺は何人の同級生と疎遠になっていった。

 そして、仮に疎遠になった事実を十年前から知れたとして、果たしてこれまでどれだけの対策を講じてきたことだろう。


 ……このタイムスリップを通じて、答えは明白になっていた。ゼロだった。


 これから変わっていく交友関係を。

 今でさえ複雑に絡み合った糸のように乱れ合う俺を取り巻く交友関係を。


 俺は、将来失くしても構わないとさえ思っていた。


 多分、だからだろう。


 俺のことを、皆が達観していると言うのは。


 だけど、じゃあ何故そんな達観している俺が……他人との交友はその場限りだと割り切っている俺が、七瀬さんとの関係を疎遠にさせたくないのか。

 彼女との繋がりだけは切り捨てたくなかったのか。


 ……年甲斐もない悩みがあほらしくて、俺は苦笑してしまった。



 

 そうしてしばらく頭を掻いて脳裏に過ったのは、七瀬さんの泣き顔だった。

 自分の気持ちは未だ理解は出来ない。


 だけど、後悔したくないと心境を吐露してくれた七瀬さんの気持ちを無下にすることは出来なくて。

 泣きながら心境を吐露してくれた彼女の気持ちを無下にしたくなくて。

 

 俺は彼女と恋人関係になった。


 気恥ずかしさを抱えながら、彼女の依頼で俺達は手を繋いだ。


 そして碓氷峠の国道を登って、軽井沢が拝めた時、まるで祝い事で上げる号砲のような爆音が手摺の向こうから響いた。


 爆音を鳴らしながら走り去っていく新幹線は、俺達の目的地である軽井沢駅へ向けて減速を始めていた。


 鬱蒼とした峠を越えた先にある町は、俺達が見てきたどんな町の景色よりも輝いて見えた。


 もしそれが、俺の隣に七瀬さんがいたからだとしたら。


 そんなことを考えると、俺の心臓は激しく高鳴った。




 そのまま、俺達は軽井沢駅から長野方面のルートで地元へ帰還した。


 七瀬さんには、定期券もあるから送ってから帰ると言ったのだが、家を通り越すことになるから大丈夫と言われて、俺は渋々家の最寄り駅のホームに降り立った。


 七瀬さんは、甲斐甲斐しく電車の自動ドアの前に立ち、電車が発車するまで俺に手を振ってくれていた。

 電車が走り去っていくのを見送って、俺は帰路に着いた。




 そして、その晩のことだった。


 これから始まる長い夏休みと、七瀬さんとの恋人関係と、一日の廃線巡りの疲れを癒すべく、俺はいつもより早めにベッドに潜った。


 すぐに、俺は眠りについた。



 そしてその中で俺は……。




 夢を、見なかった。

 


 これから幸せになっていく夢も。

 これから彼女にたくさん怒られる夢も。


 ……七瀬さんと疎遠にならない夢も。


 何も、見ることはなかった。


 将来の夢を見る時は、決まって俺の未来が変わった時。

 初めてあの夢を見た時、俺は直観的にそう悟っていた。



 つまるところ、俺と七瀬さんが疎遠になる将来は、仮に恋人関係になっても変化はしないということなのだ。


 目を覚まして携帯電話を開いて、七瀬さんからのメールが届いていることに俺は気が付いた。


 内心に巡っていた不安が、少しだけ和らいだ。


 そうだ。

 恋人関係になって駄目なら、これからもっと関係を築いていけばいいんだ。


 思い出、友情、愛情を育んでいけば、きっと将来は変わる。何せ、時間はまだまだたくさんあるのだから。


 今のままで駄目なら、もっと時間をかけて育んでいけばいいんだ。

 だって俺達の関係は、まだ始まったばかりなのだから。




 ……そして、そこまで思ってようやく、俺は自分の本心を理解するのだった。

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