吹奏楽部部長の苦労は絶えない
綾部さんとの雑談を楽しんでいると、文系部室にはすぐに辿り着いたのだった。
「こんにちはー」
部関係者でない綾部さんは快活な声で先に部室に入っていった。
後から続いてみれば、部室には既に七瀬さん、倉橋さん、そして知らない女子。つまりは件の清水先輩らしき人物が集っていた。
「遅かったわね、二人とも」
「ごめんごめん」
俺は頭を掻いて謝罪した。
「……えぇと」
そして、清水先輩と思しき人物は俺の顔を見て戸惑っていた。多分、俺が来ることは今の今まで連絡されていなかったとかなのだろう。
「清水さん。紹介しますね、この人は古田君。意外に頼りになるから呼びました」
良かった。どうやらこの人が清水先輩で合っていたらしい。
というか綾部さんや、意外とは余計だ。
「二人とも、とりあえず座って」
七瀬さんに促されながら、俺達は手頃な椅子に腰を落とした。
「清水先輩、あまりお時間もないでしょうし、早速始めましょうか」
どうやら、司会進行は七瀬さんが担当する気らしい。
俺は黙って、一つ頷いて話を始めようとする清水先輩の言葉を待った。
「皆ごめんね。いきなり先輩に相談に乗ってくれだなんて言われて、驚いたでしょう」
早速本題に入るのかなと思ったが、まずは清水先輩は申し訳なさそうに頭を下げてきた。
「どうして三年の人を頼らなかったんですか?」
本当は口を挟む気はなかったのに、そう言われていると頭で思った疑問を、俺は口から発していた。
だって、本来三年であるはずの清水先輩が一番仲が良い友人が多いのは三年のはずではないか。その人達を頼らず、どうしてわざわざ俺達なんて気心の知れない連中を頼ろうと思ったのか。
「この前総体終わったじゃない? あれで部活引退する友達も多くてさ。それでね。部活引退したら、皆目の色変えながら勉強始めたよ。そんな皆に他所事で心配かけたくない、というか、邪魔したら怖いと言うか」
最後の方は大層言い辛そうにしながら、清水先輩は苦笑しながら頭を掻いていた。
「じゃあ、なんで部活の人を頼らないんですか? 三年生の次に気心が知れているのって、同じ部活仲間でしょう? 例えば、同じパートの後輩とか」
倉橋さんは言った。
「今回の件は、あの子達に関する話だからね。今ここで変に誰かを頼って波風を立てたくない。……とも言えるし、あたしとしては中立の立場にいたいんだよね。多分、これが本音」
「つまり、他言無用ってことですね?」
「そうしてもらえると助かる」
俺の問いに頷く清水先輩の顔は、どこか強張っていた。
なんだかこの人、綾部さんを少し丸めた感じのうじうじ具合だな。中立でいたいならはっきり中立でいたいと言えばいいし、怒られるのが怖いなら怖いから嫌って、はっきり主張すればいいのに。
「それで、悩みとは? 部活の件でとは聞いているんですけど」
綾部さんに目配せすると、綾部さんは苦笑気味に頭を掻いていた。
「うん。皆、今年からウチの吹奏楽部の顧問が変わったこと知ってる?」
「はい、知ってます」
即答したのは、七瀬さんだった。
俺はと言えば、そんなこと今言われるまで一切知ってすらいなかった。
「確か、有名な音大卒とかで、一時期界隈でも少し話題になりました」
なるほどね。
界隈ってどんな界隈?
早速俺は、この業界の話についていけなくなっていた。
「そうなんだ。その先生のことで、ちょっとね」
ただまあ、清水先輩のこの言い振りを聞くに、この相談会は顧問の先生との間で起きたいざこざなんかが主題になるのだろう。
部活の顧問の先生とその部員達のいざこざ。
最早、なんとなく内容は見えてきていた。
「指導に関して、ですか」
俺が尋ねると、清水先輩は一旦目を丸めて、頷いた。
「よくわかったね」
「アハハ」
とりあえず、ドヤ顔を決めて笑っておいた。他女子からの視線が冷たかった。
「そう。古田君の言う通り、実は今ウチの吹奏楽部さ。顧問の先生の指導方針で少し揉めてるの。ウチの部さ、これでも県内でも結構強いんだ。だから、当初は高い目標設定をする子もたくさんいてねー。
あたしも部長として、結構苦労したよー」
清水先輩は当時のことでも思い出しているのか、眉をひそめながら苦々しく言った。
「当初は、ね」
俺が呟くと、図星だとばかりに清水先輩は苦笑した。
「うん。そうなの。あたしの相談ってのは、部員達の落ち切ったモチベーションについて、なんだ」
「……どういうこと?」
首を傾げる七瀬さんに、
「清水先輩、言ってたろ。指導方針の件で少し揉めてるって。つまりさ、今吹奏楽部は、その界隈で有名な顧問に対して指導方針の方向性の違いなのか。もしくは指導態度。もしくは指導の熱心さ。
とにかく、そういう指導性に関して顧問の先生に不満を覚えていて、顧問と衝突している……のか、不満が爆発しているのか。
……って感じのところでしょう?」
「古田君、凄いね。まさしくその通りだよ」
「ハハハ」
再びドヤ顔を決めて笑っておいた。他女子からの視線が冷たかった。
「まあ、強いて言うなら指導方針の方向性の違いで、不満が爆発しているってところかな。特に過激なのが二年生。このまま県大会、ボイコットしようかって言っている」
「えっ、そこまでなの!?」
綾部さんは目を丸めていた。
さすがにそこまでとは思っておらず、俺も正直驚いていた。
「そこまでって……一体何があったんですか?」
「まず初めに断っておきたいのは、別にウチの顧問の先生は、あたし達に情熱なく指導に当たっているわけではないってこと。
むしろ、個人的には完璧主義者過ぎて凄く辛いくらい。三年じゃなかったら、辞めてたかもしれない」
そんなに?
他人事だからだが、正直俺は今の吹奏楽部の惨状含めて、その状況を招いた顧問に対して興味が湧いてきていた。
「ただ、それも拍車をかけている部分は、多分ある。辛い練習を課して、それでこの仕打ちかって、いつか部員の誰かが怒ってた」
「仕打ち?」
「今年の野球部の応援、覚えてる? 全校生徒集合で、応援に行ったじゃない」
「そうでしたね」
「あの時の応援風景、覚えてる?」
「……ああ」
当時のことを思い出して、俺は思い当たる節があった。
「そう言えば、吹奏楽部の楽器演奏での応援がなかったな」
「あれ、先生があたし達に黙って独断で決めたことなの」
「えぇっ!?」
たまげているのは、綾部さんだった。
「それだけじゃなくてね。実は七月には県のバンドフェスティバルって催し物にも、毎年ウチの吹部は参加してたんだけどさ。それも、先生が独断で応募しなかったの」
「みたいですね」
どうやら七瀬さんは知っていたらしい。さすが、界隈に精通しているだけのことはある。
「先生は、それに関しては、八月の県大会に専念するためだって説明してくれたんだけどさ。皆にしたら、キツイ練習をさせた挙句、楽しみにしていた演奏の舞台を奪った悪魔みたいな評価になっててね」
「それで、最初のボイコットするかに繋がるわけか」
なるほどね。
それにしても、ボイコットをしようなんてことを言っているのが三年生でなく二年生なのが質が悪いな。二年生が言っているということはつまり、来年その悪魔みたいな先生を排除して、自分の思い通りに指導してくれる先生を招きたいという意思表示に他ならない。
これが三年が言うのであれば、来年の子達のためにも、と美談めいた話に多少はなるのに、今のところ美談どころかただの内部分裂だ。
「あたし、どうしたらいいのかなー」
ひとしきり説明を終えて、清水先輩は大層困ったように頭を抱えた。
三年生として大会に出て良い結果を残したい。
先生に対して言いたいことはあるけれど、怨恨は作りたくない。
後輩達の意見にも同意だし自らの立場的には解決させなければならない。
つまり、あれだ。
今の清水先輩は、いうなれば中間管理職の立場にいるわけだな。
まあ、部外者の俺の立場からしたら、解決はなんとも簡単な話であるが。
「先輩、その顧問の人の名前、教えてくれません?」
「え?」
俺が尋ねると、清水先輩は顔を上げた。気付けば、半べそを掻いていた。
「何をする気ですか、先輩」
「今の話を聞いて、この状況を解決させようと思った」
倉橋さんにそう言うと、不安げに瞳を揺らしたのは清水先輩だった。
「そ、そんな簡単に行くの?」
「先輩みたいに躊躇わざるを得ない立場にいるわけじゃないですからね、俺」
「先輩、具体的にはどうする気ですか?」
倉橋さんは少し呆れたように目を細めていた。
「今の清水先輩の話を要約すると、つまりこうだろう?
部員達は顧問の先生の説明不足でモチベーションを失った。それでボイコットするだなんだと言っている。
じゃあ、どうすればその状況を解決出来るか。
それは簡単だ。何せ発端が明白だからな。
今の状況に……部員達が、顧問の先生の技量を不安視し疑心暗鬼になっているのは、つまるところ顧問の先生の説明不足。これに限る。
だからつまり、先生に自分の行いを一から順に部員達に説明してもらって、部員達を納得させてもらえば、全て丸っと解決するわけだな」
「つまり先輩は、部員達に詳細を説明し納得させてこい、と顧問の先生に言うわけですね」
「そう。部長という立場の清水先輩が先生に話すのであれば、なんだかうまく言い含められて先輩が部員達を宥めなければならない状況にされるかもしれないけど、部外者の俺が言うなら向こうも俺にやれとは言えないわけで、しかも部員達が不満を抱いている状況を知った以上、それをどうにかするしかしなくなる」
「本当に、先生を納得させられるの?」
清水先輩は、どうやら俺の力量を疑っているらしい。まあ、上手くいくと断言は出来ないのが正直な気持ちなんだよな、これが。
だって先生に、そんな話は一切ない、とでも言われたら、それで終わりなわけだから。
仮に将来的にその事実が明るみに出たとして、冗談だと思ったとでも言えば向こうとしては問題ないわけだしな。
……確実な手段は部員達が先生に対して不満を抱いているという確固たる証拠を持参していくことだけど、県大会までの日程を考えたらそこまで時間を費やしている暇はない。
「まあ、なんとかしますよ」
「うーん」
しかし、どうも清水先輩の返事は晴れなかった。俺が無茶苦茶言うと思っているのかもしれない。何せ彼女は、俺の築いてきた功績を一切知らない。今日まで赤の他人だったのだから。
困ったな。このままでは時間ばかりが無駄に過ぎていく。
「わかりました」
少々俺が困った頃に声を発したのは、七瀬さんだった。
「あたしも着いていきます。あたしがいたら、古田君も無茶はしないと思います」
初めから無茶はしないけどね。
そう言うまでもなく、清水先輩は途端に顔を明るくした。どうやら、七瀬さんの生真面目振りは上級生間でも有名らしい。
「でも二人共、本当にいいの? 巻き込んで起きながら申し訳ない気がしてきた」
俺達に了承の旨を伝えようとした清水先輩は、一旦保留して最終確認の言葉を投げかけた。
「はい。何も問題を起こしに行くわけじゃないですし。それに、七瀬さんがいればきっと解決しますよ。彼女、いつも凄い頼りになるんです」
とりあえずさっさと解決させるために、俺は今の流れに便乗した。
七瀬さんは返事をしなかった。振り向けば、気恥ずかしそうに頬を染めて俯いていた。
「よし。善は急げだ」
そんな七瀬さんにかける言葉も見つからなかったので、俺はさっさと椅子から立ち上がった。
「早速行ってきます。ほら行こう、七瀬さん」
「う、うん」
「あ、そうだった。それで先輩、その顧問の名前はなんて言うんです?」
思い出したように尋ねると、思い出したように清水先輩は手を叩いた。
「鳳先生って言うんだ」
「鳳先生ですね」
「うん。イケメンだから、すぐわかると思うよ」
最後に与えられた情報を咀嚼して、俺はその情報いるのか? と思いながら、七瀬さんと共に部室を後にした。
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