町の魅力
次週のロングホームルームは、先週話した通りに町おこしの目標を定めることになった。ただし、それは俺が言ったようにあくまで学級委員側が主導権を握れるスタンスで。
「というわけで、町おこしの目標については、『市長に感謝状をもらうこと』にしたいと考えています。反対意見はありますか?」
七瀬さんが言うと、クラスの反応はやはり芳しくなかった。連中としたら流行り廃りの観点から軽はずみに町おこしをクラス活動に決めたわけで、市長から感謝状、だなんて途方もない功績を得るほどの努力を一学期中にするつもりはなかったのだろう。
だけど、この辺が七瀬さんの言い回しのずるいところ。
七瀬さんは言っているのだ。反対意見はあるのか、と。反対ですか、ではなくて、反対意見。これは、結構意味合いが変わってくる。
要は、反対するのは構わないけど、その代わり代案はしっかり出せよ、ということ。
勿論、俺が言い含めた。
「はい」
「はい、綾部さん」
このクラス活動をするに決めた発端である綾部さんが居た堪れない顔で挙手した。
「えぇと、そんな大層な目標掲げて、大丈夫かな。反対ってわけじゃないんだけど、赤っ恥とかは掻きたくないかなって」
なるほどね。
「目標はあくまで目標だよ」
俺は返答した。
「それが上手くいくようにやることを考えるかどうかで、アイディアの出方も変わってくるだろう。挙がった活動内容を実際にやるかを議論する時の目の色も変わってくるだろう。
そういう理由付けのための目標だから、そこまで深く考える必要はないよ。
それに、所詮は高校生のクラス活動。失敗しても咎める人は、そこで興味なさそうにしている先生くらいだ」
俺は教卓でのんびりしている先生を指さした。クラスの雰囲気が和んだ。
「……反対意見は、ないということでいいですか?」
応答はなし。
沈黙はなんとやらだと思って、俺は七瀬さんに目配せした。
七瀬さんは緊張の面持ちを崩さないまま、頷いた。
「じゃあ次に、具体的に町おこしとして何をするのかを決めたいと思います。何か案のある方はいますか?」
七瀬さんは、早速学級委員の主体性を放棄した。俺が町おこしの目標を『市長から感謝状をもらうこと』と言った日から、彼女は彼女なりに案を検討してきていたのだろうが、どうやら浮かぶ案はなかったらしい。
確かに、『市長から感謝状をもらう』という目標は、一高校生程度ではどういうことをしたらいいのか、検討は付きづらいかもしれない。
「はーい」
その中で一人、挙手をしている人がいた。
それは、
「はい、古田君」
俺だった。
「町の魅力的なところに展示プレートを設置したらどうでしょうか」
「展示プレート?」
「ほら、城に行くと道中に説明文が載せられたプレートがあるだろう。あれだよ。あれを……そうだなあ。学校の半径五キロ圏内で場所をピックアップして、町おこしを名目に市に設置を申請する。
説明文の内容はこっちで考えて、一番下には『〇年度山鳴高校二年三組』の一文を添えてもらうとかどうだろう。将来上京したとして、ふらっと帰省した際に立ち寄った場所に自分のクラスが作った展示プレートがある。それ、凄い面白いと思わない? だって、多分一生モノの思い出になるよ」
言い終えて、七瀬さんから睨まれた。
その目はまるで、案があるなら事前に連絡しろよ、と言っているようだった。
反対に、クラスメイトからの反応は悪くなかった。特にロマンチックに敏感な女子は、思い出というワードに惹かれたのか、間延びした声ですっごい良いーとか言っていた。
「古田君。質問があります」
「はい。なんでしょう」
「まず一つ。目標の話にも関わるけど、それ、町おこしに繋がるかしら?」
「大人がやったのなら繋がらないかもね。だけど、高校生がやるなら繋がると思うよ。まだ子供である高校生が、地元の町おこしのために学校周辺の場所を募って、説明文まで考えて、展示プレートの設置を市に申請しました、なんて、ローカルニュースくらいにはなりそうだろう?」
確かに、と同意したのはクラスメイトだった。
「それ、市長から感謝状をもらえるかしら」
「絶対とは言えないね。だけど、だからこそ市に協力を仰ぐんだろう。市長から感謝状が欲しいなら、市長のお膝元に協力を仰いだ方が、目に付きやすいと思うけどね。
それに、感謝状目的だけで市を頼ろうとは言ってないよ。一口に展示プレートを設置する、と言っても、設置するには多分、敷地の管理者の許可とかがいるだろう。そういうの、学生である俺達が管理者にお願いするより、市にやってもらった方が円滑に話が進むだろ。こっちの工数削減にもなるしな。
次いでに言うと、俺はふざけて『〇年度山鳴高校二年三組』の一文を展示プレートに添えてもらおうって言っているわけじゃないからね。その一文は、立案者が高校生であることの、まあ、言い方は悪いけど、証拠だ。
向こうとしても宣伝効果に繋がって良いと思った」
「なるほどね。それはわかった。
……もう一つ。正直、これが一番心配」
「何かな」
「市に申請して展示プレートを設置出来るような魅力的な場所、ここら辺にあるかしら」
七瀬さんの言葉に、クラスの反応ごと凍り付いた。
それに対して俺は微笑んでいた。
確かに、子供の内はわからないかもしれないなあ。
一度大人になって、この地を離れたからこそ、たまにしか帰ってこなくなったからこそ、俺にはこの地が、どこもかしこも魅力的な場所に見えるというのに。
「たくさんあるよ」
「嘘」
「嘘なもんか」
「例えば?」
「例えば、フルーツ公園。その上にある温泉もそうだね。あそこからの夜景は全国でも有名だね」
ああ、そっか、とクラスの誰かが言った。
「それだけじゃ足りないんじゃない?」
「そうかい。ならば万力公園に、手前の笛吹川。そこに架かる橋と、電車の鉄橋。鉄橋に繋がる山鳴市駅。あとは、少し歩けばこの辺はたくさん神社もある」
「そ、そんなの……」
「魅力的じゃない、と思うかい? 七瀬さん。君は一つ勘違いをしている。俺達がすることは、町おこしだよ。
町おこしってさ、皆が今魅力に思っている場所を紹介してもしょうがないじゃないか」
「あ……」
「町おこしですべきこと。
それは、今皆が魅力に気付いていない場所が、実はどれだけ魅力的な場所なのか。それを示して皆に知ってもらって、町を活気づかせること、だろう?
元あった知名度にあやかって、さらに知名度を増させることも勿論重要だけど、それよりもまずすべきことは、本当は凄いのに、今見向きされていない場所を知ってもらうことだと、俺は思うよ」
「……歴史を探って、魅力がなかったらどうするの?」
「そんなこと、あるはずないよ」
俺は微笑んで続けた。
「この世で建物を作れるのは人だけだし、地形を変えられるのも人か自然だけだよ。人が絡み生まれた建物は、何の意味もなく生まれるはずがないんだ。地形だって、意味がなく今の形になったはずがないんだ。
生まれた人に人生があるように、生まれた建物、地形には生まれた意味があり、そこに生きてきた歴史がある。たくさんの人や自然が関わって培われた魅力がある。
もっと注意深く周囲を見てごらん。この世界で面白くないものなんて、何もないよ」
しばらく俯いて、七瀬さんは納得したように顔を上げた。
「ま、それは俺個人の意見で、市がつまらないと思ったら展示プレートは設置出来ないだろうけどね。アハハハハ!」
俺は茶化すように笑った。
七瀬さんは、さっきの空気を返せと言わんばかりに俺を睨んでいた。
「とまあそういうわけだけど、結局、展示プレートの設置申請をすることに対する反対意見はあるかな」
クラスメイト、七瀬さん。そして須藤先生は文句を言う素振りはなかった。
「ようし。じゃあ来週までに、各々に魅力的と思う場所をいくつか考えてきてもらいたいです。まずは場所を考えて、その翌週には説明文の内容を考える。そんな感じで進めたい。
で、その場所と説明文をもって展示プレートの申請が出来るように、市にはアポイントを取っておきます」
「え、市に連絡するの?」
「するよ。なんで?」
「……あなた、臆したりしないの?」
「しないよ。悪いことしているわけじゃないし。それに、向こうも都合があるだろうし、アポイントは早い方がいい。今のところは、GW明け早々くらいに会う約束をしようと思ってる」
「え、早くない?」
「こういうのは熱が冷める前に完遂させた方がいいよ。それに、六月頭には中間テスト。七月末には期末テスト。テスト勉強考えたら、思ってるより時間は少ないよ」
「な、なるほど」
「はい」
七瀬さんと会話していたら、介入が入った。綾部さんだった。
「えぇと、本当はこんなこと言うべきじゃないかもだけど。正直、来週までに魅力ある場所を選定出来る気がしないの。
古田、どうしようか」
「思いつかないなら思いつかないで大丈夫だよ。いくつ市に申請するかは決めてないからね。だけど、これはクラス活動なわけだから、なるべく思い出作りのためにも案を出した方がいいかもね。自分の思い入れの場所に自分が関わった展示プレートが設置されるなんて、滅多にあることじゃないよ。
まあ、設置されると決まったわけじゃないけどね」
俺は思い出したように続けた。
「それと、来週のロングホームルームでは、設置場所を募った後は、各設置検討場所の展示プレート設置に向けての良し悪しをクラスで話し合いたい」
「え、皆で? なんで?」
「これがクラス活動だから」
単純明快な答えに、クラスの誰かが笑った。
「じゃあそういうわけで、須藤先生。今後の流れが決まったところで、図書館に行って、展示プレート設置場所の調査に行きたいです。いいですか」
「ああ、わかってる」
授業中に図書館に移動する。
それは学生からしたら半分お堅い授業から解放される暇のような錯覚を起こさせて、クラスが少しだけ湧いた。
「古田君」
図書館への道中、七瀬さんに声をかけられた。
「何か」
「あなた、一体何者?」
「というと?」
「……去年とは大違い」
「言ったろ。俺、変わったんだよ」
「……そう」
七瀬さんはどう見ても納得している顔ではなかったが、それ以上の詰問をしてくるつもりはないらしかった。
「この借りは、絶対に返すから」
「借り? なんの」
「あたし、結局司会進行上手く出来なかった」
「……ああ」
そんなこと気にしていたのか。殊勝な心掛けをお持ちのようで。
「何かしてほしいことはないの?」
「はい?」
「だから、借りを返すから、してほしいことを教えてって言ってるの」
照れた顔で、七瀬さんに怒られた。
俺は苦笑していた。
そういうことね。
してほしいこと、か。
「そうだ。勉強教えてよ。七瀬さん、確か頭良かったよね」
授業を一週間以上受けているものの、正直最近、十年のブランクを感じ始めていた。当時の記憶と独学だけでは、次回の中間テストに向けて目新しい成長を見せることが、期待薄だった。
「勉強? あなた、成績も悪いの?」
「成績も、とは?」
その言い方だと、それ以外もダメみたいじゃないか。酷い人である。正論だけどな。
珍しく眉をひそめる俺に、七瀬さんは笑い出した。
「冗談。わかった。じゃあ中間テストの時、一緒に勉強しましょう」
七瀬さんは、満足げに笑っていた。
そういえば。
十年前も同じクラスだったのに、七瀬さんの笑顔を見るのは今日が初めてだと俺は気付いた。
七瀬さんの笑顔は、端正な顔立ちも相まって、日頃の強気な性格も気にならないくらい、魅力的な笑顔だった。
人生をやり直したことで、そんなことを知ることが出来た。
それが、少しだけ心を温かくしてくれた。
「あたし、厳しいから。覚悟しててよね」
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