7-2話  マラソン大会

 ある日、拓海たくみ莉子りこはいつものように一緒に登校していた。


「うぅぅー、寒くなって来たなぁ……」

 莉子が呟いた。この日はだいぶ気温が下がっており、拓海も莉子も上着を着ている。


「これからもっと寒くなるもんな」

「そうなんだよね。ねえ、ヒナは、タイツとか穿く?」

「暖かいのは分かるんだけど、穿かずに頑張りたい気持ちもあるんだよね」

「分かる……」


 スカートの下にタイツで防寒するかどうか。これは拓海にとってももう一つの身体であるぎくの問題なので、莉子としばらくその話をするのだった。


 そして、この日は寒い季節の風物詩、マラソン大会が待っていた。拓海たちが1年2組の教室に入ると、ゲンナリしている様子のクラスメイトも多かった。ワクワクしているのはバスケ部の飛山とびやまなどの体力自慢の生徒たちだ。


「走る競技か……。また村岡むらおかがヒーローになるイベントかよ」

「陸上部はいいよなぁ」

 男子生徒が村岡を茶化していた。


「でも村岡くん、砲丸投げやってるんでしょ? マラソンとか大丈夫なの?」

 莉子がそこに割って入った。


「さすがざき、分かってるな。俺は長距離走はできん! 投擲とうてき用に着けてしまったこの筋肉も、長距離には邪魔なだけだよ!」


 村岡が投げやりのような言葉を発している。さらに女子生徒が集まってきて、『え、でも足速いでしょ』『体育祭すごかったじゃん』などと声をかけている。男子生徒も寄ってきて村岡に嫉妬のような言葉をぶつけていたが、村岡はマラソン大会が本当に嫌なようで、『分かってくれぇ』と嘆いていた。


「まあ、体育祭であれだけヒーローになっちゃうとな」

浩太こうたもこういうの得意なんじゃないの? サッカーやってたし」

「ま、それなりに楽しみではあるよ」

「俺は、憂鬱だ。特に男子と女子の時間がかぶってるのが最悪」

 拓海が呟く。


 日菜菊も女子生徒の輪の中でぼやいている。


「日菜菊は長距離走とか速いから、楽しみなんじゃないの?」

「私と『俺』が同じ時間に走るのがキツいんだよ……。肉体的な疲れは別々なんだけど、精神的な疲れは共通だからさ。しんどさ2倍」

「ああ、確かに想像したくないね……」

「ふふ、頑張ってとしか言えないなぁ」

 女子生徒や、混じっていたクラリスも日菜菊にエールを送った。



    ◇



 ウォーミングアップをし、ジャージ姿の1年生が校庭に集まっていた。まずは女子から出走なので、次々とジャージを脱いで体操着姿になり、スタートラインに着いた。スタートのピストルと共にマラソン大会はスタートした。


 陸上部のいる集団について行くのは危険だと感じたので、日菜菊は別の集団と一緒に走り始めた。


「うひゃー、陸上部速いなぁ」

 男子生徒と一緒にいる拓海が呟いた。拓海はしばしの間、日菜菊のいる女子の集団の実況をする羽目になった。


 やがて男子もスタートとなった。男子勢も陸上部が先行し、バスケ部や野球部などの体力自慢の部員たちが頑張ってついて行こうとしている。拓海はそれについて行く気はなかった。既に日菜菊が走っていることによる精神的な疲労も感じていた。


「はあっ! はあっ!」

(き、キツい……!!)

 拓海のへばりと日菜菊のへばりが同時に襲ってきて、拓海の脚にも日菜菊の脚にも影響が出ていた。日菜菊の目にはクラリスが追い抜いていくのが見えているが、とても追えないと感じていた。拓海の方もさっきからパカスコ抜かれている。


 へばりながらも、日菜菊はゴールし、先にゴールしていたクラリスに労いの言葉をかけられた。


 しんどさを感じる要因でもあった日菜菊のレースが終わったので、多少拓海も楽になったが、既にへばっている状況は変わらず、ひぃひぃ言いながらゴールした。


 拓海と日菜菊とで座りこんでグッタリしていると、莉子が飲み物を持って現れた。好意に甘えて拓海と日菜菊は飲み物を受け取った。浩太やクラリスもそこにやって来た。


 息が整うと、後からゴールする生徒たちを応援しにゴールライン付近に戻った。文化系の部活の生徒や帰宅部の生徒が青い顔をしながら次々とゴールしていく。


「あれ、そういえば村岡は?」

「え? あ、ホントだ、いないね」

 2組の男子生徒と女子生徒が言った。教室で長距離は得意じゃないと言っていた村岡の姿は確かに見えないと拓海は思った。


「あ、あれ、村岡じゃないか!?」

「あ、本当!」

 浩太とクラリスが叫んだ。ほとんどゴールしている2組の生徒たちもそちらを見た。


 今走り込んでくる生徒は遅い部類なのだが、村岡は物凄い形相と遠目にも分かる大量の汗をかきながらヘロヘロになって走っていた。体育祭のリレーのアンカーで2組を優勝に導いたヒーローの面影はまったくなかった。


「えええ、本当に苦手なんだな……」

「謙遜かと思ったぜ……」

 男子生徒たちが呟いた。


「村岡くん、頑張って!!」

「村岡、ラストだぞ、気張れ!!」

 2組の生徒たちは次々と声援を送り、村岡のゴールを見届けた。



    ◇



 無事に全員がゴールし、拓海たちは教室に戻った。校庭では今度は2年生が走る準備をしているところだった。1年生が走っている間に撮られた写真がアップロードされていたので、プロジェクターで映し出し、2組は写真鑑賞会となっていた。


「おー、飛山、この写真かっこいいな」

「ホント。競り勝ってるし」

 バスケ部の飛山が他のクラスの生徒を振り切ってゴールしている場面が映っている。なお、飛山は2組男子の中ではトップの順位だった。


「しかし、村岡が本当にマラソン苦手だったとはな」

 飛山が村岡に声をかけている。村岡は帰宅部のクラスメイトにさえ敗北し、クラスビリだったのだ。


「陸上投擲なんて瞬発力の世界だぞ。こういうのはあかん……」

 村岡はまだ汗が収まらないという顔で言った。


 女子の2組トップはクラリスだった。ちょうどプロジェクターにはクラリスがゴールする場面の写真が映っている。


「うわ、クラリス、絵になる!」

「クラリス、綺麗!」

 その写真に対して、女子は莉子と日菜菊も混じってキャーキャー言っていた。


「ふーん、クラリスやるなぁ」

 浩太がそんなことを言っている。


「浩太、最近クラリスに対して素直だよな」

 拓海は少しにやけながら言った。


「あー、茶化すな我が友よ。ま、でもあいつが違う世界に来ても努力を続けている姿は評価されるべきだと思うよ」

 浩太は拓海に言葉を返した。


 悪魔召喚の怪異事件のとき、心のタガが外れていたのか、クラリスと異様に距離の近かった浩太だが、その後は元に戻ったかのように意地の張り合いをするようになっていた。


 しかし、今のように浩太がクラリスを気にかけるような発言も増えてきたのではないかと拓海は感じていた。

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