6-1話  クラス委員長の報告

 文化祭、体育祭と連続したイベントが終わったある日、拓海たくみはいつものように怪異研究会の資料室にいた。莉子りこぎく浩太こうた、クラリス、キマロもいる。


 この日は異世界ゾダールハイムに行く予定はなく、資料室で文献の調査をしようとしていると、ドアがノックされた。


「はーい」

 莉子が代表して出迎えると、そこには2組のクラス委員長をしている愛佳あいかがいた。


「あ、愛佳」

「やあ莉子。ちょっと皆に話があってね」

「入って」

 莉子は愛佳を招き入れ、愛佳は適当に椅子に座った。


(例のバンドマン彼氏の件かな?)

 拓海はふとそう思った。愛佳の彼氏には他にも女がいるという、浩太への相談の続きかと思ったのだ。


「報告! 別れましたーーーー!!」

 愛佳は開口一番に宣言した。


(おお!)

 相談ではなく報告だったことに拓海は気持ちが高ぶるのを感じた。そんな男、さっさと別れるべきだと思っていたのだ。


 愛佳によると、文化祭や体育祭を目一杯楽しんだことで、そのバンドマン男に裂く時間などもったいないと気づいたことが決め手となったそうだ。


 浩太が気持ちを醒めさせるためのジャブを打っていたことも徐々に効いていたのではないかと拓海は思った。


「あのクソ男、最後は泣いて謝って来たけど、思いっきり振ってやったわ! あぁぁーー、気持ち良かった!!」

 愛佳は少しテンションがおかしいようだと拓海は思った。その後も浩太にお礼を言ったり、莉子や日菜菊やクラリスと盛り上がったり、拓海と日菜菊に莉子を大切にしろと言いながらバンバン背中を叩いたりしてきた。


「みんな今日この後暇? カラオケ行こ! カラオケ!」

 テンションの高い愛佳に引っ張られる形で、部活を切り上げてカラオケに行く流れになった。


「カラオケって何?」

「そっか、クラリスはカラオケ行ったことないな」

「みんなで歌を歌うところよ」

 クラリスの疑問に浩太と莉子が答えた。


「でも、クラリスは日本の曲分かる?」

 拓海がクラリスに聞いた。


「結構、コウタの家で聞いてるよ。アカリにも色んな曲を教えてもらってるし」

「歌うだけならワシでもできそうじゃの!」

 クラリスとキマロからも好意的な反応だったので、拓海たちはカラオケに移動することにした。



    ◇



 全員でカラオケ店に移動し、受付に進む。拓海が最後にカラオケに来たのは、日菜菊と莉子の旅行中に起きた出来事のせいだったので、その時のことを思い出して少しそわそわした。


 部屋に移動すると、愛佳がハイテンションを保ったまま歌い出した。他の女子も巻き込まれる形で熱唱したり、拓海と浩太で男性アーティストの曲を歌ったり、クラリスとキマロの異世界組がデュエットしたりした。


「デュエットといったら、ヒナタ・コンビでしょ!」

 愛佳に勧められるままに拓海と日菜菊もデュエット曲を歌った。魂を共有している特性のためタイミングの取り方は完璧で、室内は手拍子で盛り上がった。


 愛佳がはやし立て、拓海と莉子、莉子と日菜菊のペアや、浩太とクラリスもデュエット曲を歌ったりした。やがてカラオケの終了時刻となり、拓海たちはカラオケ店を出て駅に向かった。


「今日はありがと! みんなと遊んでる方がよっぽど楽しいや!」

「ま、それで良いんじゃない? また遊びたくなったら声かけてよ」

「うん、そうする!」

 浩太の声掛けに答え、愛佳は自分の乗る電車のホームに移動していった。


 日菜菊は寮のある学校方面に、拓海たちは自分たちの家方面の電車に乗った。


 浩太、クラリス、キマロは最寄り駅で下車していき、拓海たちの最寄り駅に着いたときにはいつものように拓海と莉子の二人だけになった。


「愛佳、ずいぶんテンション高かったけど、大丈夫かな?」

「どうだろう。しばらくはあんな感じかもなぁ」

「だよね……」

 莉子と拓海は手を繋いで歩きながら愛佳の話をする。


 浮気だの不倫だのは、拓海にとっては実の父親がやらかしたことなので忌避の対象だった。ただし、その父親の血が流れていることに関する自己嫌悪はない。これは日菜菊と不可分である拓海のポジティブな点でもあった。日菜菊の父は寡黙だが、真面目で尊敬できる人物だ。拓海の半身である日菜菊がその血を引いているのだから、拓海の実父の影響など思考から追い出すことができるのだった。


 拓海は隣を歩く莉子を見た。もう一つの身体である日菜菊ごと受け入れてくれた莉子を裏切るという選択肢など、拓海にあるはずもない。


(それにしても、ああ、やっぱり可愛いなぁ……)

 そろそろ役目を終える夏服の上からもよく分かるプロポーションの良さに反応してしまうのはきっと拓海の脳なのだろう。しかし、それは他の男にとってもそうなのだ。愛佳の元彼や拓海の実父のような類の男は、きっと莉子の恋人事情などお構いなしに莉子に粉をかけてくるのだろうと拓海は思った。


 嫌な想像に、莉子の手を握る拓海の手に力が入る。


「拓海、どうしたの?」

「……俺は莉子を裏切ったりしないからな」

 気づけばそんなことを口走っていた。


「……私だって、を裏切ったりしないからね」

 莉子は拓海の思考を見透かしたかのように言葉をかけてくる。


「お互い、ダメ男には気をつけなきゃね!」

「! ……ああ、そうだな」

(そっか。そうだった……)

 莉子のその心配は日菜菊に対してのものだ。ダメ男が粉をかけてくるとしたら日菜菊もそうなのだ。拓海が莉子を心配するだけではない。


(ふふ、そんなところまで同じなんだな、俺たち……)

 共通点を見出したことが意味もなく嬉しくなり、拓海は莉子の手を握る自分の手にさらに力を入れるのだった。

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