第23話コトダマ アユ【欲情のキス】

◇◇◇◇◇


新しい年を迎えて間もなく一月。

冬休みも終わり、ようやくお正月気分が抜けてきた頃。

私は学校帰りに葵と偶然会った。

同じ高校に通っているんだからこうやって偶然会うことは別に珍しいことじゃない。

でも、私はヒカルと登下校することが多いし、葵もケンさんが送り迎えすることが多いので、今日みたいに会って、一緒に帰ろうとなることは結構珍しいことだったりする。

顔を合わせた私達は、ちょっとだけどこかお店に入って話をしようということになった。

私も葵も暇だったのだ。

2人で向かったのは、ファストフード店。

時間的にがっつり食べる必要はないので1階で飲み物だけを注文し、2階の飲食スペースに向かう。


私達が窓際の席を陣取ると、階段の近くに3人の男の子達が座る。

彼らはB-BRANDのメンバーで護衛班に所属している人たちだ。

そう、彼らは私や葵の警護の為にここにいるのだ。


私にはヒカルが、葵にはケンさんが一緒の時以外はこうしてチームのメンバーが警護につくことになっている。

それは今に始まった訳じゃなく、蓮さんがトップのの頃から続いていることだったりする。

さすがに最初の頃はずっと見張られてる感が半端なくて落ち着かなかった。

だけど今はすっかり慣れてしまった。

もちろん私の身の安全のために動いてもらっているのは分かっているし、申し訳なく思うけど、その存在に困惑することはほとんどなくなってしまった。

それは葵も同じらしく、彼らの存在は認識しているものの気にしているようには見えない。


葵が注文したホットミルクティを飲んで至福の息を吐いた。

それを見て私もレモンティーを口に運ぶ。

「アユちゃん」

「うん?」

「最近、みんな忙しそうだね」

「そうだね」

「なんかあったのかな?」

葵のその疑問に

「まだ特別なにかが起きたとは聞いてないけど」

そう答える。

「そっか」

「ただ……」

「うん?」

「最近、ちょっかいを出してくるチームがあるらしいんだよね」

「えっ? そうなの?」

「うん」

「それって大変じゃないの?」

「まぁ、大変っていえば大変だろうけど、これはいつものことだから」

「いつものこと?」

「うん。確かにB-BRANDはこの辺りではいちばんの勢力と地位と権力を誇るチームではあるけど、だからこそ狙われる側なんだよね」

「そう言われてみれば確かにそうだね」

「でしょ? 狙われるのは今に始まったことじゃないし」

「B-BRANDがいちばんの座に就いた時からずっと続いてる、だよね」

葵の言葉に

「うん。そう」

私は頷く。

これはB-BRANDの関係者なら誰でも知っていること。

誰もが目指すトップの座。

そしていよいよトップに就くことができたとしても、その時点で安泰なんてものはない。

トップを目指す立場から今度はそれを狙う者から守る立場になっただけの話。

一度、トップに立ったらその座を退くまで守り続けなければいけないのだ。


「……なるほど、だからいつものことなんだ」

「うん。だから別に私達が心配する必要もないし」

そう、こんなことにはB-BRANDのメンバーはみんな慣れている。

だって、蓮さんが繁華街にあるチームを統一してから今までもう何度目か分からないぐらいこういう状況と向き合い、毎回乗り越えてきたのだから。


「アユちゃんはさ……」

葵がミルクティーをじっと見つめながら呟くように切り出す。

「うん?」

「寂しくない?」

「寂しい?」

私は咄嗟に葵の質問の意図を察することができなかった。

だからオウム返しに聞き返した。


「うん、ヒカルが忙しいと寂しくない?」

「う~ん、どうだろう。もう、慣れちゃったかな」

ヒカルが忙しくて会う時間がない。

それは特別珍しいことじゃない。

今に始まったことじゃないし。

蓮さんがトップの時に比べれば、ケンさんがトップでヒカルがチームのNO.2になってからの方が断然忙しくなった。

立場的にもそうだし、元々ヒカルは慎重な性格でどんなことでも必ず自分で確認しないと気が済まないところがある。

それだったら多忙な日々を送ることは必然的で、そこになにか問題が発生してしまえばこんな風に会う時間がないということは当然のことだったりする。


確かにヒカルと会えなくて寂しくないって言ってしまえばそれは嘘になってしまう。

でも寂しいと口に出したところでこの状況が変わるわけではない。

B-BRAND関係の女の子を束ねる立場を任せてもらっている私がなんの躊躇いもなく『ヒカルに会えなくて寂しい』なんて言えるはずもなく

「そっか」

「葵は寂しいの?」

こういう時は聞き役に徹するのが私の役目なのだ。

「寂しいっていうか」

「うん?」

「ケンが全然足りないっていうか」

「へっ?」

「モヤモヤする」

「……モヤモヤ……」

「うん」

「要は寂しいってことだよね?」

「うん、そういうことになるね」

「だよね。でもね、葵」

「ん?」

「もう少しの辛抱だよ。今起きている問題が解決したらいつも通りの日常が必ず戻ってくるから」

「……そうだよね。これが一生続くわけじゃないもんね」

「うん、そうだよ」

「よし、もうちょっとの辛抱だ」

葵は気合を入れるように自分の頬をペシペシと叩いた。


チーム内で問題が発生して大変なのはメンバーである男だけじゃない。

チームに関係のある女だってたくさん我慢して耐えているんだ。

普通のカップルなら寂しい時は寂しいって普通に言えるのかもしれない。

でも私達にはそれが言えない時がある。


「あ、もう暗くなってきたね」

ふと外に視線を向けると、さっきよりもずいぶん薄暗くなっていた。

「そうだね」

「そろそろ帰ろうか」

「うん。こんな時にウロウロしてたら叱られちゃうしね」

「うん」

私と葵は立ち上がり、店を出た。


並んで歩きながら

「冬って日が暮れるのが早いよね」

「うん、そうだね」

そんな会話をしている時だった。


「あれ?」

突然、葵が声を上げる。

「うん? どうしたの?」

「あれってヒカルじゃない?」

葵が車道の向こう側を指差す。

その指先を視線で辿った私は

「あっ、本当だ」

ヒカルの姿を見つけた。


数日ぶりに見たヒカルの姿に一気にテンションが上がる。

でも、ヒカルはひとりじゃなかった。

見たことのない女の子と一緒だった。

……誰だろ?

そんなことを考えていると

「一緒にいる人って誰?」

葵が聞いてくる。

「さぁ、誰だろ?」

「アユちゃんも知らないの?」

「うん、見たことない。葵も知らないの?」

「そうだね。知らないかな」

「そうなんだ」


「でもヒカルは浮気の心配はないと思うよ」

葵の気遣いに

「もちろん。そんな心配はしてないから大丈夫」

私は笑顔で答えた。

「うん、そうだよね」


……そう、ヒカルは絶対に浮気なんてしない。

私は自信を持ってそう断言できるくらいヒカルのことを信じている。


「葵、帰ろう」

「えっ? ヒカルに声を掛けなくていいの?」

「うん、連絡があるまでは私も我慢するよ」

「あ~、やっぱりアユちゃんも寂しいんじゃん」

「やばっ、バレちゃった」

「もう寂しい時は正直に言ってよね」

葵に笑いながら言われて

「ごめんね」

私も笑って答えた。


◇◇◇◇◇


一週間後。

相変わらずヒカルは忙しいらしくまだ会えない日が続いている。


……ヤバい。

最近、ヒカルが全然足りてない。

葵風に言うと私は完全にヒカル不足に陥っていて、そろそろ限界に達しようとしていた。


仕方がない。

これが一生続くわけじゃない。

もう少ししたらヒカルに会える。

自分にそう言い聞かせてなんとかやり過ごしてきた。

でもそんな言い聞かせも効かなくなってきた頃、ヒカルからメッセージが届いた。


“今日は早く帰れそうなんだけど、家に来るか?”


そのメッセージを読んで

……やっと会える。

私は一気に気分が上がった。


“うん、行く”

“じゃあ、18時ぐらいに迎えに行く”

“その時間ならまだ明るいから先に行ってご飯を作っておくよ。なにか食べたいものはある?”

“肉料理がいい”

“了解。気合をいれて作っておくから楽しみにしてて”

“分かった。楽しみにしてる”


「なにを作ろうかな」

早速私はスマホでお肉料理のレシピを検索始めた。



スーパで食材を買い込み、ヒカルの住むマンションへ急ぐ。

ヒカルの部屋に行くのも久しぶり。

何事も器用にこなせるヒカルだけど、家事はびっくりするくらいにできなかったりする。

まぁ、本気を出せば料理以外はできるんだろうけど、チームの問題で忙しいことを考えれば多分そこまで手は回っていないはず。

とりあえず、行ったら洗濯機を回しながら、お料理の下ごしらえを済ませて、掃除をしよう。

頭の中で段取りを考えながら歩いていると

「……あの……」

すぐ横から声を掛けられた。

突然のことに

「はいっ?」

驚きは隠せなかった。

「アユさんですよね」

「……そうですけど。どちら様でしょうか?」

「私、丸山理香といいます」

「丸山さん?」

「はい」

……この人の顔、どこかで見たことがあるような気がする。

そんな気はしたけど、彼女の名前を聞いても誰なのか分からない私は一気に警戒心を高めた。

「急に声をかけてすみません」

「いいえ、それは構わないんですけど。私に御用でしょうか?」

「はい。ちょっとお話したいことがあって」

「話ですか?」

「はい」

「なんでしょうか?」

「……えっと……」

彼女は話があると言ったのに、その内容を尋ねると言いにくそうに口籠る。

「……あの、申し訳ないんですけど、私、ちょっと急いでいて……。もし時間が必要なら後日に時間を作りますけど」

「いいえ、そんなに長くはかからないので」

「……そうですか」

できれば今度にして欲しかった私は内心、がっかりしてしまったけど本人が時間はかからないというんだから仕方がない。

「……突然こんなことを言うのは大変失礼だとは思うんですけど」

「……?」

「ヒカルくんと別れてもらえませんか?」

「はっ?」

「お願いします」

その人は深々と頭を下げてくる。

こんな状況に私は途方に暮れ……るはずはない。

正直、こういうことは初めてのことじゃない。

……そう言えばこの人って、この前葵と一緒にいた時、ヒカルといた人じゃない?

それを思い出しながら

「頭を上げてください」

私は彼女に頭を上げるように促す。

「……」

でも彼女は下げた頭を上げようとはしない。

「こういうことをされても私はヒカルと別れる気はありません」

「……」

「私が別れるのはヒカルから直接別れて欲しいと言われた時だけです」

「……」

「失礼します」

私はその場を離れる。

最後まで彼女は下げた頭を上げようとはしなかった。


私は歩みを進めながらも警戒心を解くことはしなかった。

ある程度の距離を確保できるまで気を緩めることはできない。

背後から危害を加えられないとは断言できないから。

色恋が絡む時は用心しすぎるくらいでちょうどいい。


◇◇◇◇◇


「……はぁ」

久し振りにヒカルに会えると思ってテンションが上がっていたのに、さっきの件ですっかり気分が落ちてしまった。

それに思わぬ事態の発生で予定よりもヒカルの家に着くのも遅くなってしまった。


……今は気分を変えないといけない。

私は自分にそう言い聞かせながら深呼吸をして気合を入れなおす。


「……よし。ヒカルが帰ってくるまでに美味しいご飯を作ろう」

気合を入れてヒカルから預かっている合鍵でドアを開けようとしたら

「……あれ?開いてる?」


……もしかしてヒカル帰ってきてる⁉

私は慌てて中に入った。


「ヒカル?」

「おう、アユ」

「もう帰ってきてたんだ」

「あぁ、さっき着いた。スマホにメッセージをいれてたんだけど」

「スマホ?……本当だ。全然気付かなかった」

「既読が付かなかったから、多分見てないんだろうなって思ってた」

「ごめん」

「別にいいけど。遅かったな。なんかあったのか?」

そう問われて、一瞬さっきのことをヒカルに話そうかと思った。

だけど言ったところで、なんの解決にもならない。

確かに私がさっきの出来事を話したら、ヒカルは間違いなく動いてくれる。

ヒカルが動いてくれたら、あの子が私の前に現れることは2度とないと思うj。

でも、彼女を排除したとしても同じようなことを言っている子は次々に出てくる。

それはこれまでの経験上、嫌というほど分かっていることだ。

それが分かっていながら、ヒカルに言うのは気が引ける。

だってヒカルの手を煩わせることが増えてしまうのだから。

それはイコール私と過ごす時間が余計に減ってしまうということだ。

一緒に過ごす時間が今以上に減ってしまうのはぶっちゃけ勘弁してほしい。

だから私は

「ごめん、時間配分を間違っちゃった」

敢えてそう言うだけに留めておくことにした。

「珍しいな」

「そう?」

「あぁ」

「ヒカル」

私は荷物を置くと、ヒカルの隣に座り込み顔を覗き込む。

「ん?」

「久しぶりだね」

「そうだな。悪いな、ちょっとバタバタしていて時間が作れなくて」

「仕方ないよ。チームでなにかあったんでしょ?」

「まぁな」

「まだ解決までに時間は掛かりそうなの?」

「そうだな。今回はウチのチームにちょっかいを出してきたあるチームを潰すためにいろいろと動いてたんだ」

「そっか」

……もしかしたら、さっきヒカルと別れて欲しいと言ってきた女の子は、ヒカル達が潰そうとしているチームの関係者かもしれない。

私はそう考えた。

これはよくあることで、対象のチームの情報を探るために関係者の女の子に接触して情報を得ることがある。

情報を引き出すために、関係者である女の子と疑似恋愛をすることだってある。

要は対象者の女の子に接近し恋愛をしているかのように持ち込むのである。

情報収集にあまり時間を掛けられない場合、疑似恋愛を用いることは有効だ。

恐らく、ヒカルはその手法を使ってあの子からチームの情報を引き出したのだろう。

そう考えて私は納得した。

もちろんそれが分かって全く気にしない訳じゃない。

でも誰かがそれをしなければ、チームの問題を解決することができなかったのだろう。

だからヒカルがやっただけ。

その結果、彼女は本気でヒカルを好きになってしまった。

だけど必要な情報を手に入れたら疑似恋愛は終了となる。

ヒカルと連絡が取れなくなった彼女はヒカルのことを必死で調べたんだろう。

そして私の存在が分かった。

だから、今日私にあんな話をしにきたに違いない。


「アユ、どうした?」

「えっ?なんでもないよ」

「ん?」

「それよりキスしてもいい?」

「はっ?」

「キスしてもいい?」

「別にいいけど……」

ヒカルが言い終わる前に、私は目の前にある唇を塞いだ。

ヒカルの唇は柔らかくてちょっとヒンヤリとしている。

その感触を思う存分堪能した。

ずっと求めていた欲求がほんの少しだけ満たされ、唇を離すと

「どうした? 欲求不満か?」

ヒカルが笑いながら聞いてくる。

「当たり前じゃん。何日会ってないと思ってるの?」

こういう欲求は男の子だけが感じるものじゃない。

他の女の子がどうなのかは知らない。

だけど少なくとも私は会えない日が続くと、普通に会いたいと思う。

その延長線上にはキスがしたいという願望もヒカルに触れたいと思う願望も存在する。

欲情が男の子だけの専売特許だと思っている人がいるなら私は声を大にして言いたい。

『それは大きな間違いです!!』と……。

女の子にだって確実に欲求はある。

ただそれを口に出すか出さないかってだけ。

欲求はあるのだから欲求不満になることだってあるのだ。


ジッとヒカルの顔を見つめる。

特に伝えたいなにかがある訳じゃない。

あるのは

……ヒカルが欲しい。

その欲求だけ。

「……俺の所為だな」

ヒカルがぽつりと呟く。

こういう時、ヒカルは私がいちいち言葉にして伝えなくてもちゃんと察してくれる。


ヒカルの手が伸びてきて、私の耳に沿うようにあてられる。

私は瞼を閉じた。

今はなにも考えずただヒカルだけを感じていたい。

それだけが私の望みだった。


コトダマ アユ【欲情のキス】完結

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