第12話 逃げ道 Ⅶ


 人と異質であることはそれだけ人から遠いとされ、それ故に高い神秘を宿すとされてきた。


 例えば両面宿儺。一つの体に二つの頭と四つの手足を供えたかの鬼神はその並外れた戦闘能力から略奪の限りを尽くした。

 例えばラーやホルスといった九柱神。頭部や半身をハヤブサやオオカミといった獣とした半神半獣の姿で描かれる。


 このように様々例はあるがその中でも目に関わるものは多い。

 隻眼の神たるオーディンやキュクロプス。

 第三の目を持ったシヴァ神。

 死後両目が月と太陽になった盤古。

 邪眼を持ったバロールやメデューサ、サリエル。

 このように神々にも目にまつわる逸話を持った者も多い。故に特別な目をした人間も畏れ崇められる。


 そんな特別な目を持った人間の中でも一際異彩を放つのが金の虹彩持ちだ。

 彼らは世界各地に血筋を問わず生を受け、その高い神秘への親和性から高位の術師や神官へと成長し、その希少性から時に崇められ時に畏れられる。


 だがそんな希少な金の虹彩持ちの中でさえ、一等稀有で謎に満ちた者達が存在する。

 火眼金睛かがんきんせい

 実例の希少さ故に人間か、他人種か、化生であるのかさえ不明。

 分かっているのは唯二つ。

 火の目に金の虹彩を持つことと、


 神の如き力を振るうことだけだ。






 なんで、コイツがこの眼をしている!

 御令嬢は火の如く燃える瞳に黄金の輝きを宿して立ち上がる。

 先程まで死人の相を表していたその顔は覇気を帯び、腹部に突き刺さった矢からの出血も止んでいる。そしてその身体からは神気を滲ませていた。

 その姿はまさに、地に降臨した神のようであった。


「お嬢さま!」「おねえちゃん!」


 活力を取り戻した御令嬢を見て皆が口々に歓喜の声をあげる。


「おい!起き上がったぞ!」「なんだあれは!」「亞人の類だったか!?」「しかしあの雰囲気はまるで……。」「何を狼狽えている!手を休めるな!」


 マイヤー騎士団も突如復活したこととその変容した雰囲気を察して困惑している様子。

 その神々しい雰囲気に己が正義が正しいのかの自信が揺らいだのだろう。


「ごめんなさい私のせいで皆さんを傷つけてしまいました。今治します。」


 そう言うと御令嬢は祈り手を組み、朗々と聖句を捧げ始める。


『愛の源たる天上の君主、

 主は無尽に敬愛すべき御身にまします故に、

 仁も芯も尽して、深く主を想わん。

 また天主を愛さんがゆえに、

 人をわが子の如く愛せんことを命とす。』


 朱殷に淵に染めた流血が湧泉の如く湧きたった。

 その水量はいよいよ増し、湧けば湧くほど清洌な色へと転じていく。

 清泉の麗水が如く透き通ったその水が溢れ出し淵にいた全ての者の足を浸した。

 するとなんと言うことか触れた者の全身が俄かに光出すとあらゆる傷が癒始めたのだ。

 切傷は消え行き、擦傷は引いて行き、矢傷はその矢とともに掻き消え、目を失った者には眼窩に新しき眼が嵌め込まれる。


「傷がっ!」「体が動くっ!」「お前さっきまで死にかけてたのに!」「なんと暖かな光だ……。」「おい何で俺たちまで傷が治っていく!」「そんな、二度と見えないと思っていたのに……!?」


 溝は一帯から驚きの声が上がる。

 その声は我々のみならず、マイヤー騎士団からさえも上がっている。


「マイヤー騎士団の義士達よ! 我々が対する意義などないのです! 我らは共に神に仕える身であり互いに厭うべき相手ではありません! 故に、剣を引いてください!」


「っ、何を戯けたことを! その身が父なる神に仕える者ではない事は今の邪儀でも証明された! そんな戯言など笑止に値する! 騎士達よ! 今こそかの悪阻を催さん邪教徒に鉄槌を下せ!」


「────。」


「どうした! なぜ動かん! 敵が回復したとは言え兵も地の利も正義もこちらにあるのは変わらん! 早急に彼の者達に正当な罪科を下せ!」


 指揮官らしき者が騎士達に怒号を上げているが動く気配がない。

 騎士達も迷っているのだ。

 目の前で起こった奇跡は敵さえも癒し、その奇跡に触れたものは暖かさを実感した。そしてその神の慈悲の如きこの温かみの前に、己が正義が揺らいでしまった。

 そこに追い討ちをかけるように「我々は敵ではなく同胞なのだ。」と言ったものだから彼らはその鉄槌の振り下ろす先を完全に見失ってしまった。

 だがこう狼狽えても仕方ない。怒声を上げた本人でさえ己が正義に自信が持てなくなっいるのだから……。


「お願いします! ただ、ただこの場を引いてくれるだけでいいんですっ! だからっ!」


「──スマン、ならぬものはならぬのだ! ここで貴様らを捕らえねば、マイヤー騎士団のみならず帝国そのものの威信が揺らぎかねない。そうなれば民草の安寧すらままならぬ!騎士としてここで引くわけにはいかぬのだ!」


 彼らにもメンツがある。それも都市のみならず国全体の威信に関わるものだ。

 ここまで来て失敗などなったらマイヤー騎士団は信用を落とし、この国の騎士への信頼すら傷つく。そうなれば民衆もその武力に不安を抱き、ならず者も活発になりかねない。

 だからこそ、彼らに失敗は許されない。失敗しないからこそ彼らは栄光あるマイヤー騎士団であり続けてきたのだ。


「そうですか、あなた達にも守らなければならない者があるのですね。ですがそれは私たちも同じこと! 引かないならば、このまま押し通りますっ!!」





 そう言うと、彼女の瞳は一層赤く輝きだした。




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