第29話 由縁


 ウチの国王から依頼された内容。

 とある家系が、違法な人身売買に手を出しているらしく。

 その証拠を掴み……というか現場を押さえ、確保せよとのモノ。

 事前の調査によればその家はもう崖っぷちに立っており、恐らくこの“祭り”の間に派手に動き姿を消すつもりだとの事。

 そんな馬鹿な真似をしようと計画を立て、犯罪組織と手を組んだ貴族家系。

 それが、“トレヴァー家”。

 ルーの元両親だった。


 「大丈夫か? ルー」


 「こっちの台詞。“アルバート”も関わっているかもしれないって、ちゃんと聞いてた?」


 アルバート。

 俺が成人するまで過ごして来た家の名前。

 正直、その名前を久々に聞いた時は背筋が冷たくなった。

 俺はあの家に捨てられた、結果を残せなかったばかりに。

 あの家は、とにかく“結果”を求める家系だった。

 だからこそ、俺は不用品として決断を下された。

 本を読むばかりで、望まれた能力も育たず。

 貴族らしい行動など何一つしてこなかった俺に対しては正当な判断だったのだろう。

 奴隷として売られなかっただけ、下手すれば感謝しているくらいだ。

 その両親が、今回の犯罪に加担しているかもしれない。

 今更気にする事ではない、それは分かっている。

 俺はもうアルバートではなく、“墓守”なのだから。

 だとしても、胸の中に妙な引っかかりを覚えたのは確かだ。


 「問題ない」


 「嘘、さっきから二回道を間違えた」


 「……すまない」


 「落ち着けとは言わない。でも、絶望するのは確かめてからで良いと思う」


 「そうだな」


 そんな会話を繰り返しながら、俺たちは走り続けた。

 ユーゴとレベッカは気まずそうな顔で付いて来るが、さっきから口を開かない。

 気を使わせてしまっているのだろう。

 全く、情けないリーダーも居たモノだ。

 なんて事を思いながら、また裏路地に飛び込んだ瞬間。


 「オラ! 大人しくしろって言ってんだ!」


 「放してっ! お願いっ!」


 またか。

 どれだけ見境なく手を広げたのか。

 もう国を離れると決めているから、ココまで派手にやっているのかもしれないが。


 「信号弾、撃ちます!」


 レベッカが空に向かって魔法を放てば、俺達が相手に走り寄るよりも早く。


 「うがぁぁぁ!?」


 相手の肩に、矢が突き刺さった。

 普通に刺さったんじゃない、貫通している。


 「本当に、化け物だな」


 「言い方……って言いたい所ですけど、コレは肝が冷えますね」


 相手は目の前にいるのだ。

 だというのに、俺達が走るよりも早く“矢”か“魔法”が飛んで来る。

 チラッと視線を向けてみれば、街中に立っている背の高い時計塔。

 その先端から、ピカッと光りが点滅している。

 シロと呼ばれた弓使いと、アナベルと呼ばれていた魔女。

 その二人が、この街で一番高い所から援護してくる。

 もう距離を測るのだって馬鹿らしいと感じる程離れていると言うのに。

 それでも、彼女達は正確に射抜いて来る。

 “化け物”と言う他ないだろう。

 敵じゃなくて良かった、なんて感想を漏らす日が本当に訪れるとは思わなかった。


 「シロ姉。とんでもない」


 「お姉様は化け物ですわ……」


 ルーとレベッカも驚愕の表情を浮かべながら、攫われそうになっていた娘を大通りに案内していく。

 俺たちはその間に誘拐犯を拘束し、魔道具を使ってマーキングを付ける。

 初めて使う魔道具だったが、拘束した人間の回収し忘れを防ぐ為のモノだと教えてもらった。

 コレもあの魔女と、イージスに居る悪食の鍛冶師が作った代物らしいが……正直、もう色々考えるのが馬鹿らしくなって来た。

 戦闘においての化け物達を支える裏方が、化け物ではない筈が無いのだ。

 どういう仕組みなのかも全く分からない道具を使うのは些か不安があったが、今の所害は無さそうだ。


 「こっちは“アイツ等”に任せる、先を急ごう」


 「はいっ!」


 俺達に与えられた仕事。

 それは相手がこの国から逃げるであろう場所を予測し、いち早く到着する事。

 普通に考えれば、馬鹿かと言いたくなる。

 そんなものは俺の予想であって、確たる証拠にはならない。

 だからこそ何通りも考え、兵を配置するべきだ。

 だというのに。


 「彼方達が向かう先に、敵は居ます。迷わず進んでくださいませ」


 射抜かれている。

 そんな風に感じる程の瞳を向ける、イージスのお姫様が迷いなく言い放った。

 彼女が俺達に向けて来る青い瞳は、確たる自信を持っている様だった。

 予想だとか、希望に賭けている訳じゃない。

 それが“事実”だと言う程に自信満々に、そして確定した“未来”だと言わんばかりに言葉を紡いだ。

 そして、ソレを肯定する他の王族たち。

 本当に、訳の分からない依頼もあったものだ。


 「それで、結局何処に向かうのですか!?」


 被害者を大通りに戻して来たのか、レベッカとルーが息を切らしながら戻って来た。

 彼女達に飲み物を渡してから、静かに眼を細めた。


 「貧民街だ」


 「えっと……え? そんな所に何があるんですか?」


 「あそこは掃き溜めだ。しかし、金になるなら何でもやる連中が揃っている。そして何より、抜け穴がある」


 「抜け穴、ですか?」


 ユーゴの問いに一つ頷いてから、レベッカとルーが飲み物を飲んでいる間説明を続ける。


 「元々は、国から逃げようとする人間が“やり直す為に”開けた穴だったそうだ。門番の検問を受けずに外に出る事が出来る。だから金がなくとも、身分証が無くとも外に出られる」


 「そんなっ!? それじゃ犯罪し放題じゃないですか! 何で今まで放置されていたんですか!? というか、何故通報しなかったんですか!」


 「何度塞ごうと、また穴をあける奴等が出てくる。それに俺が通報した所で、動く兵士は少ない。ダリルやイズリーの様な信頼があればまた別だろうがな。そして同時に、犯罪者以外にも穴を通る連中がいる」


 「え?」


 金も無く、身分も無く。

 頼る人間も居ない。

 そんな貧民街の彼らが、最後の最後に夢見る世界。

 それが、“外”なのだ。


 「戦う術も無く、何処へ向かえば集落が、村が、国があるかも分からない状況。その状態で、外へ出た人間が生きられると思うか? 旅の準備もしていない、食べ物もない。そんな彼らが急に魔獣の居る森の中へ飛び出して、無事に他所の国にたどり着ける確率は、どれくらいだと思う?」


 「……ほとんど0です。ウチの国は、海と森に囲まれている。街道さえ使わず、護衛を連れていないのなんて自殺行為だ。地図もコンパスも無く、食べ物も無いとすれば……魔獣の餌になるのが関の山です」


 グッと奥歯を噛みしめながら、ユーゴは苦しそうに呟いた。

 その通りだ、本当にその通りなのだ。

 国の外に出たからといって、自由はない。

 今まで以上の、“身近な死”が待っているだけ。

 だからこそ、俺の知っているあの穴は“最後の逃げ道”と呼ばれていた。

 誰もがその先は無いと知りながら、餓死するよりかは“希望”という言葉に縋りついた。

 そう言う人間が、あの穴を潜るのだ。

 結果、その日の内に食い殺されようとも。

 どうしようもなくなった人々は、“もしかしたら”に賭けてしまう。


 「なら、なおの事塞いでしまった方が……」


 「私も、二人に買われていなかったら、そういう希望を抱いたかも。それに墓守とユーゴのは予想、ちゃんと死体を確認していない以上は、生きている人も居るかもしれない」


 飲み物が空になったらしい二人が声を上げるが、生憎と的外れな意見だった。

 レベッカの言う通り、塞いでしまった方が犯罪には使われない。

 無駄に命を落とす奴らも減る事だろう。

 しかしいつまで経っても、人は同じ過ちを犯す。

 また何処かに“逃げ道”を拵えようとする。

 そしてルーの言う様に、生きている人もいるかもしれない。

 そう思ってしまうからこそ、皆最後には賭けに出るのだ。


 「俺は、家を追い出されてからウォーカーになった。しばらくの間は、宿を借りる金もなく、貧民街で寝泊まりしていた。だからあそこに居る連中には顔がきくし、どれくらいの人数が居るのか、どれくらいの奴らが“穴”から抜けたのかを大体知っている」


 静かに呟いてみれば、息を呑んだ音が聞えて来た。


 「俺は、“何と”呼ばれている? ソレを受け入れ、俺は今何と名乗っている?」


 そう問いかけてみれば、誰も口を開かなかった。

 開けなかったという方が正しいのだろう。

 多分、もう予想は付いているはずだ。


 「俺が一人の頃、主に活動していたのはその地域だ。“見つけやすかった”からな。俺が墓を掘るのは、何も魔獣だけじゃない。もう何度も、人間の墓を掘って来た。何度も何度も、彼らに眠れる場所を作って、墓石に名を刻んだ。彼らの名を知っているのは俺だけだったから、墓に眠らせてやれるのは俺だけだったからだ」


 「もしかして、俺が墓守さんと最初に会った時に並んでたお墓って……」


 「彼らの……貧民街の連中の墓だ。だから俺は、“墓守”と呼ばれている」


 ――――


 「誰か、誰かぁ!」


 悲痛な叫びが上がる路地裏で、幼子が大人の男から必死に逃れようと必死に足掻いていた。

 裏道には入ってはいけないよ?

 そう両親から言われていた筈なのに、お祭りの雰囲気に当てられたのか。

 今日だけは妹と一緒に“近道”を選んでしまったのだ。


 「お姉ちゃん!」


 「やめて! 妹に酷いことしないで!」


 泣き叫ぶ私達を嘲笑うかのように、男達は妹の頭に麻袋を被せる。

 ゲラゲラと笑う男達の声も、泣き叫ぶ私達の声も。

 こんな路地裏では他の人に届く事など無いだろう。

 なんたって大通りはお祭りなのだ。

 ここ以上の大声が上がり、活気に溢れている。

 だから、もう駄目だ。

 私達は、この人達に連れていかれる運命なんだ。

 妹に続き、私の頭にも麻袋を被せられそうになったその瞬間。


 「“聞こえ”ましたよ、貴女達の悲鳴。よく頑張りましたね」


 「全く、反吐が出ます」


 よく通るその声が聞こえた瞬間、裏路地には悲鳴が響いた。

 でも私達姉妹の上げるような甲高い悲鳴じゃない。

 どこまでも野太く、低い悲鳴。

 それだけでも異常だったと言うのに。


 「おや、アナベルさんも相当ご立腹の様だ」


 目を開けてみれば、目の前に迫った男の半身が氷漬けになっていた。

 なんだ、これ。

 あまりにも非現実的な光景に目を見開いていれば、目の前に立つ燕尾服の男性が静かに手を差し伸べて来るのであった。


 「もう、大丈夫ですよ。悪い奴等は皆やっつけました。貴女達はお祭りに戻りなさい」


 「えっと……」


 恐る恐る彼の手を取って見れば、視線の先からは優しい微笑みが返って来た。

 その向こうでは、獣人の女性が妹を抱き上げている様子が伺える。

 この人達は、一体。


 「もう軽々しく人目の無い裏路地に踏み込んではいけませんよ? いいですね? 悪い人というのは、どこにでも居るモノです。巻き込まれない様にする行動というのも、幸せに生きる条件なのですよ?」


 そう言われて、手を放された瞬間。

 私は妹と一緒に表通りに立っていた。

 目の前に広がるのは、楽しそうに笑う人々。

 お祭りを堪能しようと、笑い合う住民達。

 誰も彼も幸せそうに笑い、酒を呷って。

 まさに“祭り”という雰囲気。


 「お、お姉ちゃん?」


 「うん……」


 振り返ってみれば、入った時と同じ薄暗い路地が広がっている。

 さっき、私達が“近道”だと思って踏み込んだ路地裏。

 その暗い路地には、先程まで手を引いてくれていた筈の“彼ら”は居なかった。

 まるで幻みたいに、その姿を消していた。

 ついさっき、私達は人攫いにあった。

 多分ソレは夢ではない。

 彼らに強く掴まれたその腕に、まだ痛みが残っているのだから。

 だとすれば、その後の出来事も“現実”だったのだろう。

 そう考えなければ、説明が付かない。

 夢だったのではないかと思える程の、一瞬の出来事。

 暴力の更に上を行くような、一瞬で恐ろしい相手を制圧する様な。

 “黒い悪魔たち”が、私達を助けてくれた。

 そんな、夢物語の様な出来事。


 「お姉ちゃん……私達、何に会ったの?」


 幼い妹も、未だ状況を理解出来ずにキュッと私の掌を掴んで来た。

 分からない、正直全然分からない。

 裏路地に踏み込んで、不味いと思った時には全てが終わっていた。

 こんな事ってあるのだろうか?

 私にも理解出来ない。

 だからこそ。


 「いい? 路地裏には悪魔が居るの、だから絶対に踏み込んだら駄目。怖い怖い悪魔がいて、私達みたいな子供を食べちゃうの。でも、悪魔を食べちゃう悪魔も居るんだよ」


 その場で適当につなぎ合わせた様なストーリーを、妹に向けて語っていく。

 私だって理解出来ていないのだ。

 説明なんて出来る訳がない。


 「悪魔を食べちゃう“黒い悪魔”も、今日がお祭りだから助けてくれたんだよ? だから、これから近道は無し。いいね?」


 「でも、近道しようって言ったのお姉ちゃんだよ……」


 「だね、ゴメンね。今度から、私も“近道”は無しにする。だから約束、私達は“近道”を使わない。いい?」


 「分かった……」


 未だ不安そうにする妹の手を引いて歩き出せば、グゥと情けない音が響いた。

 そうだ、妹に美味しいモノを食べさせる為に“近道”を使おうとしたんだった。

 何てことを思ってみれば。


 「え?」


 「どうしたの? お姉ちゃん」


 ポケットに違和感があった。

 何かが、ジャラッて音を立てたのだ。

 思わず手を突っ込んでみれば、硬い物が指先に触れる。

 そして、紙の切れ端が一枚。


 『楽しみなさい』


 それだけが書かれた紙と共に、ポケットには銀貨と銅貨が何枚も入っていた。

 まず間違いなく、私たちのお小遣いではない。

 こんなお金、私達は預けられた事が無いのだから。

 随分と丸っこい優しい文字を見た瞬間、さっき助けてくれた男の人が思い浮かんだ。

 怖かった、でも優しかったその人。

 身分も高そうな見た目をしていたし、口調も柔らかかった。

 多分、あぁいう人が“勇者”と呼ばれたり、“王子様”なんて呼ばれる人なのだろう。

 一時の夢を見せる。

 女の子にとって、まさに憧れの様な存在。

 そんな人に、私は出会ってしまったのかもしれない。

 随分と真っ黒だったけど、どこまでも印象に残る微笑みを浮かべる男性だった。

 思い出せば思い出す程、頬に熱が籠る。


 「お姉ちゃん?」


 「何が食べたい? 何がしたい?」


 「え?」


 不安そうにこちらを見上げる妹に対して、私は満面の笑みを返した。

 まるで夢を見ているかの様な状態で“王子様”から楽しめと言われたのだ。

 なら私の仕事は、“妹”を楽しませる事だろう。

 私は、お姉ちゃんなのだから。


 「甘いの食べたい!」


 「よし、端から食べていこう! 何でも買ってあげるよ!」


 黒い王子様から貰ったお金。

 楽しめ、その言葉は多分こういう事なのだろう。

 妹も、私も。

 怖い事に会った事など忘れるくらいに“楽しめ”。

 そうだと信じて、私達はお祭りを楽しんだ。

 家に帰る頃には、攫われそうになった事など忘れてしまうくらいに。

 後になって知った事だが、私達が体験したお話はどうやら別の所でも起こっていた様だ。

 祭りの後には、一時の噂話になったくらいに。

 人々の平穏を守る黒い英雄と、悪人を喰らう黒い獣のお話。

 そんな与太話が広まる位には、あのお祭りで“黒い何か”が動き回っていたらしい。

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