英雄の隣には、墓守が立っている。

くろぬか

1章

第1話 墓


 今日、俺は成人した。

 15歳になった。

 教えられる通りに生きて来て、それでも何も残せなかった俺は今日選択を求められる。

 家に迷惑を掛けない様に、これからは一人の力で生きていくか。

 それとも、奴隷として売られるか。

 この世界には、奴隷が溢れている。

 借金奴隷や、そもそも奴隷として売られる為に育てられた子供達。

 そして、罪を犯して奴隷に堕とされた者など様々だ。

 何にもない俺にその選択肢をくれるだけでも、両親は良心的だったのだろう。

 なんて事を思いながら、俺は自分の荷物と数枚の金貨を握りしめて家を出た。

 これからは、貴族でも何でもない。

 ただの、“俺”になる。

 不安と期待の両方を胸に抱きながら、見送りの居ない玄関を後にした。

 見返してやろうとか、ましてや捨てた事に復讐してやろうなんて気は微塵も起きない。

 俺は、これからひたすら自由になったのだ。

 そして、自由と共にこれまでの全てを失った日になったのであった。


 ――――


 「いらっしゃいませ、ご依頼ですか?」


 「いや……“ウォーカー”の登録をお願いしようかと」


 「かしこまりました、少々お待ちくださいね?」


 俺みたいな若造にも随分と慣れている。

 言葉にはしないが、視線で分かった。

 「あぁ、またこういう子供か」といわんばかりの視線が、一瞬だけ俺の事を射抜いた気がする。

 多分、俺みたいなのは多いのだろう。

 親元から逃げて来た、食っていく術がない。

 だからこそ、最後に残された道。

 “ウォーカー”。

 要は何でも屋だ。

 護衛、討伐、薬草などの採集。

 そして、下を見ればドブさらいなんてのも平気である。

 己の実力だけが全てであり、仕事の成果が全て。

 無法者や荒くれ者がなる職業と教えられたソレだったが、俺みたいな若造をすぐに雇ってくれる職場などろくなものが無い。

 どうにかウォーカーで食いつなぎながら年月を重ねようかと考えていたのだが。


 「おまたせしました、登録に銀貨2枚となりますがよろしいですか?」


 「え?」


 「はい?」


 思わず、ポカンとした表情を浮かべながら受付嬢を眺めてしまった。

 パクパクと口を開閉しながら受付さんを眺めていれば、彼女からは非常に良い笑顔が返って来る。


 「ウォーカーという仕事に就くのに、お金がかかるのですか?」


 「はい、その通りです。 誰でもなれるのがウォーカーですが、誰でも頼れる存在になる為に最低限のラインは必要ですから。 流石に一文無しの方にウォーカーを名乗らせる訳にはいきませんので」


 「あ、はい。 そうですか……」


 銀貨二枚。

 つまりあと八枚合わさったら金貨一枚。

 俺の持っていたのは金貨が二枚だから、十分の一を失った事になる。

 これは、結構な出費だ。


 「えと、お願いします」


 なんて事を暗い声で呟きながら、カウンターに一枚の金貨を置いてみれば。

 すぐさまお釣りの八枚が返される。

 あぁ、痛い。

 出費が痛い。


 「初心者セットを販売しておりますが、どうなさいますか?」


 「値段は……?」


 「銀貨一枚になります」


 「いえ、結構です」


 そんな訳で、俺は今日この日。

 “ウォーカー”としての活動を開始したのであった。


 ――――


 中途半端な位の貴族だったとしても、やはり礼儀作法は教えられる。

 しかも、子供の内から。

 そして何より、庭で泥だらけになった日にはお母様……って呼んだらもう怒られるか。

 母親の雷が落ちるくらいには、お上品な生活をしていたというのに。

 この光景を見たら、一体なんと言われる事なのだろう。


 「と、獲った!」


 ウォーカー三日目にして、ついに最初の獲物を手に入れた。

 手に掴んでいるのは角の生えた兎。

 とにかくすばしっこくて、ひたすらに逃げる。

 だというのに、不意を突くかのように額の角で攻撃してくるのだ。

 最初に武器よりも防具を買い揃えたのは正解だった様だ。

 この身を鎧で包んでいなければ、間違いなく最初の仕事で俺は死んでいた。

 こんな兎風情に、と思えるような小さな“魔獣”。

 しかしその突進力は中々に鋭い。

 鎧を着ていなければ、胸をコイツの角で貫かれていた事だろう。


 「ハ、ハハハ! やっとだ! やっと討伐したぞ!」


 昔の家族に聞かれたらすぐさまビンタされそうな言葉を叫びながら、俺は兎の死骸を掴んでその場に寝転がった。

 やっと、一匹だ。

 国から出てすぐそこの浅い森。

 だというのに、この兎を狩るのに三日も掛かってしまった。

 依頼……というか常駐の仕事だが。

 俺の仕事はコイツを五匹狩る事。

 その一匹に、三日掛かってしまった。

 報酬も安いし、実績も大したモノにはならない。

 だとしても、最初の獲物なのだ。

 今日くらいは喜んだって良いじゃないか。

 そんな事を考えながらも、ナイフで兎の耳を切断していく。


 「討伐証明に必要なのは、兎の耳のセット。 ごまかしは効かない」


 呟きながら兎の耳をバッグに放り込み、今しがた狩り終わった兎をジッと見つめていく。

 非常に綺麗な毛並みだ、角も立派。

 だとしたら、コレも少しくらい値を付けてくれるのではないか?

 とかなんとか、思い始めたら駄目だった。

 解体なんて、街に戻って依頼するのが普通。

 大物を仕留めたなら分かるが、兎一匹を解体場に持ち込むなんてとても恥ずかしくて出来たモノでは無い。

 という事で、自分で解体を始めてみた……訳だが。


 「あ、あれ? 全然上手く行かない……あ、やばっ毛皮破れた」


 独り言を溢しながら続く解体作業。

 はっきりと言おう、酷いモノだった。

 毛皮を剥ごうと思えば色々な所が破け、角を根元から取ろうと思えば肉の向こうに骨が見えて吐いた。

 “魔獣”だの“魔物”だの言われるが、結局は生き物なのだ。

 至極当然で、むしろ分かっていなかった自分が情けなくなる事例。

 だからこそグッと涙と続く吐き気を抑えて、ひたすらに解体した。

 コレが少しでも金になると信じて。

 そして、“魔獣”や“魔物”の心臓にあるという“魔石”をひたすらに探した。

 コレが、一番金になるのだ。

 確かな金に。

 だからこそ、手元を真っ赤に染めながらも動物の死骸を弄り回した。


 「ごめん、ごめんな……俺が下手くそなばっかりに……」


 結局、毛皮と角と魔石。

 この三つを回収するまでに随分な時間が掛かってしまった。

 兎一匹の解体にココまで時間をかける上に、コイツを倒すまでに三日もかけてしまっているのだ。

 大赤字も良い所だろう。

 だというのに。


 「ありがとう。 それから、ごめんな」


 俺は、時間の無駄だと分かっているのに。

 その場に穴を掘り、兎の遺体を埋葬した。

 俺が殺したんだ、俺が生き残る為に、犠牲になったのだ。

 こんな事をされても嬉しくも何ともないだろう。

 でも、それでもだ。


 「すまん、お前を狩った事はずっと忘れないから」


 そう言って、デンッと手のひらサイズの石を墓標代わりに設置する。

 形ばかりではあるが、それでも。

 俺が“殺した”生物の墓が出来た。


 「じゃあな」


 どこまでも感情を外に追いやって、何も考えない様にして。

 これからウォーカーとして生きていくなら、毎度墓なんぞ作っていられないだろう。

 そんな事をしていれば、俺自身が稼げなくなってしまう。

 最初だからの気まぐれ、罪悪感の軽減。

 殺したという現実から逃げる自己満足。

 なんとでも言えば良いさ。

 それでも俺は、“コイツ”の墓を作ってやりたかったのだ。


 「次は、俺みたいなド素人に狩られるんじゃないぞ?」


 それだけ言って、近くに咲いていた花を添えてから立ち去るのであった。

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