526 FUTURE ROAD 3 「同志」の話
ハロー、グレイヴラボへ。ミカよ。
今日は引き続き、G6000型ジェネレーター企画をやっていくわ。
あなたたちがコメントで無理やり私に買わせた軍払い下げ最強ジェネレーターG6000を搭載したパンツァーキャバルリー、通称6Kちゃん。これまでの動画で得た収益の半分を犠牲に宇宙から通販したこいつはトラブルの連続で、いい加減やめたくなってきたわ。
配送の大気圏突入カプセルが割れてた時点で嫌な予感がしていた。案の定、制御基盤が焼ける悲劇。でも保証なし。交換用のジャンク回路がやっと届いたのが前回で、なんとか汎用型のキャバルリーに組み込んで動作確認までしていたわね。
そのへんで拾ってきた第三世代のポンコツキャバルリーにこのハイエンド6Kちゃんを搭載しているのは無茶だって言われるけれど、このまま行くつもりよ。軍にいたころはこういう無茶な組付けって絶対にしないように言われていたけど、実用上特に問題は感じないわね。
真似する人は自己責任でやって。いないと思うけどね、そんな頭のおかしいやつは。
さて、回路以外は平気だったのはさすがに軍用ジェネレーター。軽くテストしたところありえない高出力で全てのパーツに電力が過剰供給されてたわけだけど、それだけでこの企画が終わるわけもない。
この電力を全て武装にぶち込んで最大火力を見せなければ視聴者だって満足しないでしょうし、私だって不満。もっと再生数がないと採算もとれないし。
やっぱり敵をぶっとばさないとね。じゃあ武器はどうするのか。予想がついてる人もいるでしょう。
そう、こいつよ。
(画面に、倉庫の中に置かれた異形の巨大な砲らしきものが映る)
オボロ社がとち狂って出したとしか思えない、出力8万PWの荷電粒子ビームライフルXLCCⅡ。宇宙駆逐艦の主砲が確か9万PWくらいだから、それとほぼ同等というバカ火力のロマン武装。重量もとんでもなくて、一般的なキャバルリーの半分に匹敵する化け物よ。
戦争の終盤はこういうヤケクソな武器がたくさん作られたの。傭兵の民間キャバルリーを武装させるのが流行ったのでこういう製品が出たわけだけど、こいつだけは本当に誰も買ってなかった。だからほぼ新品状態で倉庫に眠っていたんでしょうね。
とにかく、こいつの在庫が私の領地で見つかったのが運のつき。使ってみろ使ってみろとうるさいから、ついにこいつを装備する。あなたたちはどうせ壊れるのを期待しているんでしょう。
(画面が切り替わり、身長を超える大きさの砲を腕にくくりつけたいびつな人間型ロボットが映る)
これが完成状態。不格好って言わないで。溶接するしかなかったの。溶接最強。文句があるなら視聴者の口を溶接するから。
この重さに耐えられるマニピュレーターモジュールは持っていないし、どうせジャンク品だから。高額なものを雑に扱うと批判が出るけれど、地球そのものを雑に扱ってきたんだから何を今さらよ。
(荒れ果てた大地、崩れた建物が並ぶ町並みが映される)
地球にはもう人間はほとんど住んでない。だから町一つをタダみたいな値段で購入できたわけだし。
いまだに残ってる各種自動兵器や生物兵器から身を守る必要はあるけれど、復興支援に参加するってことでこれだけの土地が手に入った。誰も真面目に復興なんてしていないけど、もうどうでもいいんでしょうね。人類は宇宙でも生きていけるようになったし、戦争で進歩した自動生産技術で何でも作れるのだから。地球の土地なんてもう必要ない。
その戦争も終わり、こんなロマン武装は無価値になったの。いや、戦時中もこんな武器を使ってるやつなんて見たことなかったけど。
今回、左腕は特に装備するものがないのだけど、前の機体で使っていたメーカー不明のサブマシンキャノンを装備させておくわ。もはや20ミリ程度じゃ豆鉄砲に見えるわね。
まあとにかく、こいつが完成したら領地の敵性兵器を標的にどのくらいの火力が出るか試してみようと考えてた。
もし有効なら固定砲台として使うのもいいかな、なんて。苦労して完成させた時は結構気に入ってて、甘いことを考えていたわ。
(画面はコクピット内に切り替わり、操縦服を着たヘルメットの女性が映る)
そんなにうまくいくはずないのよ。この後、私は死にかけることになるから。
「出力は十分……ライフルからのフィードバックも問題なし。じゃあ通電を――」
(言葉と同時に画面に乱れが生じ、破裂するような音が聞こえる。コクピットの中が白煙でいっぱいになっている)
何が起きたのかって? 私の頚椎の
ライフルに送ろうとした電力がコクピットにまで通電した。あのバカライフルでさえ6Kの電力は多すぎたのかと思ったけど、原因は別にあった。
いろいろ調べて、原因はジャンクの交換基盤だとわかった。ジェネレーターの回路が焼けていたから安易に交換したけれど、あの回路にはジェネレーターごとの出力特性の個体差情報が記録されてて、そのチューニングをもとに出力を調整してた。違う基盤をつけたせいでそれが狂って過剰電力を流したというわけ。
アイドル状態くらいなら問題なかったけど、ライフルを撃とうとした瞬間にそれは牙をむいた。危うく脳髄が焦げた死体になるところだったけれど、戦時中に相棒がNデバイスに仕込んでくれた安全装置のおかげでギリギリ死ぬことはなかったわ。
ありがとう相棒。動画を見ていたら連絡して。やっぱりあなたが必要だから。
十時間後くらいに目を覚まして、しばらく息もまともにできなかったわ。対策としては、チューニング情報があるはずの古い基盤の同型チップをリボールして移植できないか試してみるつもり。それも壊れてたら絶望ね。
今回はコクピットが焦げてしまったのでここまで。次回はついにライフルの実射を行うわ。まあそれも問題だらけで、結局はいつもの機体、右腕ショベルくんで敵をぶちのめすことになってしまうんだけどね……。
チャンネル登録と高評価、どうかよろしく。
またね。
第三話「新規実績目標:ミカと動画を撮る」
「なんですか? これは」
光岩に流れていた動画が終わり、イルは困惑の声を出した。
『面白いでしょ、ミカって』
フードのナビゲーターが言った。これは、イルを脱出させてくれたNPCのモデルとなった実在の人物が作成した映像記録らしい。
ミカ――あの銀髪の少女パイロットは、ヴェノムアースという世界の出身だそうだ。綺柩、メテオがこれまで回収してきた世界のうち、再生の見込みがなく凍結された残骸世界のうちの一つである。
メテオはMLDの流出という事故から様々な世界をめぐり数億年にも及ぶ旅をしてきた。その中には救済が必要な星や合流が可能な星があり、そのどちらにも該当せず滅ぶ運命だった星は柩が個人的に回収していた。
ブレードアースもヴェノムアースもそういった世界だ。リッカのブレードアースがイルには見慣れたものだったのに比べ、ヴェノムアースの世界観はかなり異質である。
ミカはその世界で、映像を撮影して広告費をもらうことを生業にしていたようだ。どこかで聞いたような職業だ。
『同業者でしょ。感想は?』
「これだけじゃわかりませんよ」
確かにイルも動画クリエイターを副業にしているが、これだけでミカのことはわからない。
『じゃあもっと見て。光岩に送っておくから』
そう言い残し、フードは森の中に消えた。
ここはタルシスに近い森の中。砲台に狙われて万事休すと思ったが、ミカの操縦の腕のおかげでなんとか逃げることができた。
夜の森はハイレベルのモンスターが跋扈する危険な場所だ。しかし、そのために騎士団は追撃してこない。
「あなたも騎士団に喧嘩を売ったと言ってましたけど、まさかこれで?」
イルは巨大な自動鎧を整備しているミカに話しかけた。このファンタジー風の世界でもミカは機械をいじっている。
「いいえ。この子は騎士団を出てから作った新しい相棒」
「騎士団を……あなたも星天騎士団にいた?」
「ええ。でも、ガストの部品を使って砲台の火力を上げようとしたら大爆発を起こしてしまってね」
ミカはさらっと答えた。あのモンスターの部品を使ったのか。それは騎士団を追われても文句は言えない無茶だ。
動画の中でも無茶をしていた。リッカといい、モデルがいるNPCはオリジナルと似たような物語を歩む運命であるらしい。
「あなたこそ、冷血のリュディアと知り合いなの?」
作業の手を止め、ミカが聞いてきた。
「……実の姉です。言っていた通り」
イルは答えた。
ゲーム内のキャラクターに過ぎないとはいえ、血縁を否定する気にはなれなかった。リュディアのことは思い出したくもないが、肉親の生き残りである。
NPCの制作にはモデルの許可がいるという。イルの肉親がいるとすればイルの出身世界、ガイアアースだけだ。それは今、D機関に預けている。
今もガイア世界の中にはリュディアの魂が存在しているということなのか。荊棘で焼かれた多くの罪人と違い、形を維持したままで。
「で、どういう関係だったの?」
ミカはストレートに聞いてきた。気を使われるよりは楽である。
「リュディア姉様は、お互いに一桁の年齢だった頃から廊下で私を転ばせたり、ベッドに押し倒して三時間もネチネチ誹謗の言葉を囁いたりした姉です」
イルは答えた。言葉にすると、なかなかひどいことをされたものだと実感する。
「子供の頃からあの感じだったの?」
ミカが驚いている。当時のイルはあの姉を大切な家族だと思っていたが、相手がどう思っていたかは怪しいものである。
末っ子で出来の悪いイルは貴族の子供の自尊心を満たす対象として利用され、やがて恐ろしい魔女となった。大陸、いや惑星中で戦乱が巻き起こり、血族は次々に
ガイアの究極魔法である荊棘は悪を検知し、その魂をGLDに変換してしまう。ああして形が残っているなら、リュディアの魂は荊棘の餌食にはならなかったということだ。
それはつまり、悪は悪でも魂を燃やされるほどではなかったということである。あの姉がそうだとはイルにはちょっと信じられない。
「リュディアからは一番強い憎悪を感じました。私が婚約者を奪ってしまったから」
イルは言う。リュディアといえば、彼女の婚約者がイルに乗り換えたという悲劇があった。イルは全く興味がないので断ったのだが、姉のプライドは深く傷ついただろう。
「怖いものね、色恋の恨みって。私の相棒なんて刺されないか心配」
イルの話に対し、ミカは肩を抱いて震えていた。あまりそういう話には慣れていなそうだ。
「お姉様はどう考えていたのでしょうか。聞いてみたいです」
まだリュディアが存在していると知って、聞いてみたくなった。魔女になったイルをどう思っていたのかを。
憎んでいたのか。それとも恐れていたのか。他の感情はあったのか。
「いいんじゃない。聞けるうちに聞けばいい」
ミカは小さくつぶやいた。
「あなたにも後悔があります?」
イルは聞いてみた。
「そう聞こえた? まあそうね」
ミカはそう答え、あとは何も語らなかった。
簡単な野営地を作り、そこで一晩を明かすことにした。イルは光岩を取り出し、送られたミカの動画をさらに見てみることにした。
ハロー、グレイヴラボへ。ミカよ。
ライフルは発射成功、でも同時に爆散してしまって、しばらくは6Kちゃんの動画は進められない。ジェネレーター本体は無事だったし私も軽い火傷で済んだから、この先も計画はあるわ。必要な部品は発注したから、楽しみにしていて。
お茶を濁すってわけじゃないけど、今日はルームツアーをしてみるわ。よくあるでしょ。
私の領地の中には市街地があった。まともそうな物件を見つけて、今はそこに住んでるの。
キャバルリー用のガレージとか、ちゃんとした軍の基地とかじゃなく、ただの市民の一軒家。表札には松田って書いてあった。松田さんはちゃんと宇宙に疎開できたのかしら。
(玄関口にかけられた表札が映し出される)
大きい家ってわけじゃないから、一階と二階をぶちぬいてキャバルリーを置いて整備してる。もとはリビングだった場所の床を補強して使ってるから床から外が見えるし、あんまり室内っぽくないわ。
壁なんかシャッターつけてるしね。ここは動画でよく映るから見たことあるでしょ?
(カメラが室内を写し、片腕が重機で改造された無粋な人型のロボットが映る)
二階の部屋はほとんど壊しちゃったけど、そこから上半身の整備ができて結構便利。でもこの狭さだから、他の機は外に露天駐機するしかないのよね。最初の頃に作ったやつはもう酸性雨でボロボロかも。
見ての通り、大半が整備スペースなのでくつろぐ場所なんか残っていないわ。二階の端にあった子供部屋だけは吹き抜けの犠牲にならない位置だったから、そこが私の寝室よ。
(カメラが移動し、うさぎの模様が書かれたファンシーな壁紙の部屋が映される)
かわいいでしょ。似合わないってコメントした奴はブロックしておくから。
ハロー、グレイヴラボへ。ミカよ。
今日は……今日は、ちょっとゆっくり話でもしようかなと思ってるわ。
最初にこのチャンネルを始めた時、案外見てくれる人がいるんだなと思った。数千人くらい視聴者がいたわね。
今は何人残ってるのかしら。
第四世代Nデバイスは身体の代謝の面倒を見てくれるから、私はこの汚染された地球でも生き延びられた。
若い体のままでね。もう……いくつになったのかしら。三百歳くらい?
兵士だった頃は命がけで戦っていて、いつ終わるんだろうと思っていた。もう動画を作ってる時間のほうがずっと長くなってしまったわ。
一説には、この世代のNデバイスを施術した兵は三千年は生きられるんですって。視聴者たちは今何歳?
まだ再生数は回っていて、なぜか収益もある。宇宙からの通販も変わらず利用できる。でも、人間が関わってるかは自信ないわね。
宇宙では無人の工場が動いていて、資源の限り生産活動をしているっていうし。人間は一切働く必要がないんだものね。
もし生きた人間が残ってれば、この銀河で数少ない友達かも。だったら飴玉と手紙でも入れてくれればいいのに。カプセルの中には、味気なく商品と伝票だけが入ってる。
見ている人の中に、まだ人間はいるのかな。コメントを見てもAIか人間か区別できないわ。
こうなるって予測していた人がいた。そう、私の相棒。前に何度か話したわよね。
彼女は、人類は穏やかに衰退していくだろうと予想していた。この銀河の物理法則を維持するコアはそういうシナリオを持っていて、いずれは時間が静止して全てが終わるだろうと。
何言ってるの、って思うわよね。私もその時は与太話としか思わなかった。そんなことよりも明日出てくる敵をどうやって破壊するかばかり考えていたし。
地球と小惑星連合の戦争。私は宇宙用攻撃キャバルリーのパイロットで、あなたはオフィサー。私の後ろの席で航法や兵装の面倒を見てくれる役だった。
なんで組んだか? 私たちは二人とも不吉って言われていて、誰も組みたがらなかったの。
私は墓石に関係する名前だし、相棒は棺桶って意味の名前でね。余り物同士、そんな理由で組まされていた。
相棒とは、退屈な偵察任務の時なんかによく話をしたわ。名前の由来よりもっとくだらないことをね。
戦争が終盤に近づいた時、彼女は言っていた。自分はこの戦争が終わったら消えてしまうのだと。
なんだかやけに真面目だったけど、私は相手にしなかったわ。
……なんとなく、聞いたら本当になりそうだと思ってたから。
私は戦争が終わったら運送会社でもやろうって言った。あなたはプライベートでいい輸送機を持ってたから。でも、あなたはいつも困った顔で笑うだけだった。
覚えてるかな。前に聞いたことがあるよね。
もし私がブラックホールに吸い込まれそうになっていたら、あなたは私の手を離す?
あなたは答えた。「そんなことをするくらいなら一緒に落ちる」って。
戦争が終わらなければよかった。こんなこと言っちゃいけないのに。
変な話になったね。じゃあ今日はここまで。
ハロー、グレイヴラボへ。ミカよ。
この前、崖から落下した時の怪我がまだ治らなくて。この一ヶ月は地獄だった。ようやく動けるようになったわ。
前は相棒が手当てしてくれてたんだけどね。今はいないから、自分で必死にスプレー治療剤を吹き付けて寝てるしかなかった。
ここまでして何で動画を作るのかって?
昔の収益はまだ残ってるし、生きるだけなら困ってない。いいや、正直言えば動画なんて最初から作らなくてもよかった。
それでもこんなことを始めたのは……いたた、また傷が開いたかな。
私が傷つくとあなたはいつも微笑みながら治療してくれた。処置に失敗しないか心配で手が震えてたの、私は気づいてたよ。
艦隊から離れて行動することが多くて、見張りばかりしたわよね。あなたはいつも交代時間を遅らせて私を寝かせてた。
くだらない話ばかりして、私は一度もあなたに感謝したことなかったよね。
ああ、麻酔が切れてきた。
すごく痛い。痛い。痛いよ……。
ハロー、グレイヴラボへ。ミカよ。
更新の間隔が空いたわね。ちょっと……別の領地に行っていて。
兵器はもうほとんどいなくて、地球上は自由に移動できる。他の領主はどうしているかなと思って、各地を巡っていたの。
みんないろいろやってたみたい。農場を作った人、アートに打ち込んでた人、何も作らなかった人。
いろいろいたみたいだけど、今はもういない。
もしかすると、地球ってもう私のものなのかしら。
数十億の人口を受け入れられるほど地球環境は再生してる。いいところよ。私の星に住みたい人は連絡して。
動画を再生する人はもう一日に一人いるかどうかね。人間じゃなくて巡回AIがカウンターを回しているだけ……じゃなかったら、嬉しいけど。
ハロー、グレイヴラボへ。
相棒はこの宇宙を出ていくかもと話してた。思い出したの。
本気にしなかったし、私はあえて聞くのを避けていた。
怖かった。あなたがいなくなってしまうのが。
戦争が終わってそれは現実になった。あなたは、本当にこの世界から消滅してしまっていた。
連絡する方法はなかった。可能性は少ないけど、動画を掲載すれば目に入るかもしれないと思ったわ。
だから、ずっとくだらない動画を作り続けてた。
あなたはちゃんと別れようとしてくれていたのに、私はあなたの話を聞かなかった。
あの時、もっとちゃんと話を聞いていればよかった。
行っちゃ嫌って言っていれば。あるいは、私もついていくって言えていれば。
何を話そうとしていたの?
戻ってきて。
もう手当てはいらないし、見張りをかわってくれなくてもいい。
何もしなくてもいい。せめて声を聞かせてほしい。
寂しいよ。
……次の動画もお楽しみに。じゃあね。
朝になった。
イルは、膨大にあるミカの動画を見続けていた。
クリエイターとしては彼女の方がイルよりもずっと先輩だった。だが視聴者はどれほどいたのだろう。戦争終結時のヴェノムアースの人口全てを合わせても、イルの登録者よりも少ない人数ではないだろうか。
しかしミカは、たった一人にさえ動画が届けばいいと思って何百年もこの活動をしていた。
そして、届くことはなかった。
「私の顔に何かついてる?」
イルが視線を送っていると、森の中で火を起こしているミカが落ち着かない様子で言った。
ゲーム世界のミカは動画クリエイターではないようだが、機械いじりをしている兵であるという点は共通していた。
「もしかして、探している人がいますか?」
イルは聞いてみた。NPCたちの現実はゲームと重なるはずだ。
「……相棒を。でも前の戦いの後で消息がわからなくなってしまったの」
ミカがそう答え、イルは確信した。
柩がこの世界でどのような設定を与えられているかわからない。だがそれは肝心な部分じゃない。
彼女は何百年も天空に言葉を送り続けてきた。まだ届いていない。それが重要なことなのだ。
「声を届けに行きましょう」
イルの心は決まっていた。再びタルシスに乗り込み、一番高い位置にある送信機からメッセージを送るのだ。
「正気なの? あの女の警備は強固よ」
「こう見えて私は本物の戦争を経験してます。リュディアのような箱入りは目じゃないですよ」
イルは姉の名を口にした。彼女のことを考えるとまだ恐怖がある。
だが、それにも向き合わなければならない。リュディアの魂がまだ形を持っているなら、伝えるべきことを言いに行く。
それができなければ、ミカの後悔に口出しする資格はない。
「やろう」
ミカが答えて、二人はタルシスの王城の攻略を開始した。
イルは昨晩あらためて光岩を分析し、内部の術式が見慣れたものであることに気づいていた。
ガイア魔法に非常によく似ているのだ。しかも、光岩の術式はプレイヤーが手動で編集できるようになっていた。苦労はしたものの、イルは光岩の情報を改竄する方法を見つけていた。
柩が剣術を使えるように、イルは知謀を駆使することができる。抜け穴のような方法だ。このゲームを作った者の作為を感じずにはいられない。
ならば、こうしていることもその作為の上にあるのか。
イルはまず、兵士たちの通信網に誤情報をばらまいて撹乱した。そのおかげで、裏手の搬入口からまんまと城内に入ることができた。
せっかく脱出した牢獄に戻ってきた。城はタルシスに鎮座する朽ちた船の巨大な艦橋部分で、監獄もこの中にあったものだ。
さらに上に行くと指揮エリア、そして通信エリアが存在している。
「リフトがあるはずです。それを使うのが一番早い」
イルは言う。イルは一度見た建物の構造は二度と忘れない。道ははっきり覚えている。
「了解。ラスター起動!」
普通の搬入物に紛れさせたミカの愛機を出撃させ、最上層だけを目指して突撃していく。
「止まりなさい、イル」
その突撃を止めるように、冷たい声がかけられた。
リフトの前、大勢の兵士を待機させている姉に鉢合わせた。偶然か、それとも待ち伏せか。
「こんなもので騙そうなんて」
リュディアは言い、兵士が持つ端末の一つを奪って地面に叩きつけた。
光岩の異変をいち早く察したようだ。家族なので考えを読まれたのかもしれない。
「行ってくださいミカ。ここは私が」
だが、イルにとっては望む状況だ。
「仲間を置いていけない」
「大丈夫。彼女は私一人で止めます」
イルはミカを先に行かせ、身ひとつで姉に対峙した。リュディアはリフトに乗るミカを無視し、こちらだけを見ている。
「私のものになる気になった? お友達を行かせるために」
暗い笑みを浮かべ、リュディアは言った。
いつもそうだった。この姉は見下すような目でイルのことを見てきた。
「相変わらずバカだわ、のろまのイル」
のろまのイル。その呼び名を最初に使ったのもリュディアだった。
思い出す。構ってくる頻度が多かったため、イルは兄弟姉妹の中でこの姉のことが一番苦手であった。
「どうして、のろまの私などに構うのです?」
「……なんですって?」
今は知っている。人が抱く複雑で暗い感情には大抵理由があるのだと。
「本当は私をどう思っていたのか、素直に聞かせてくれませんか」
イルは言って、銃を向ける兵士を侍らせた姉へと近づいた。
兵士はこちらを警戒して銃を構え直す。それに対し、姉は片手を差し出して下げさせた。
「……どういう意味」
「お姉様は私のことが嫌いですか?」
他の兄弟姉妹とリュディアは違う。その理由に、今なら少し心当たりがある。
だから許されるという問題ではない。だが知りたいのだ。
「それとも好き?」
イルがそう言うと、リュディアの目尻がぴくりと動いた。
イルの家では実利が求められた。没落寸前の貴族が生き延びるには、事業に投資して大商人と縁を作ることが必要だったためだ。
リュディアは経営では花開かず、芸術や音楽で才能を発揮した。貴族の時代であればその方が価値があったかもしれないが、商売の時代に合っていなかった。
もうほとんど覚えていないほど小さな頃、イルはリュディアの絵画や演奏が好きだった。見せてくれるようにせがんだものだ。
いつからかリュディアは経済学を学ぶように求められ、絵や楽器にうつつをぬかすと鞭でおしおきをされるようになった。
心の支えを失った彼女がしたことは、イルをいじめることであったのだろう。
果たして、この人は他の兄弟姉妹のようにイルを心から軽蔑していただろうか。
リュディアは今、ここに存在している。イルは近づいていき、鼻が触れそうなほど近くリュディアの前に立った。
今のイルは少し若い姿だが、目の前にするリュディアはそのイルよりも小さく、ただの少女にしか思えなかった。
イルはリュディアの顎に手を触れ、こちらを向かせた。
「言いたいことがあるなら、はっきり言いなさいな」
そう言い、リュディアを睨みつけた。
家は滅びた。イルが滅ぼしてしまった。彼女が何を思っているにしろ、もう縛られる必要はない。
だったら、言いたいことを素直に言えばいい。お互いに。
「は……っ」
リュディアは瞳を激しく揺らしながら、少しも動かずにイルを見ていた。
何も喋らない。そうしていても仕方がないので、イルはリュディアから手を離す。
ミカを追わなければならない。上で戦いが始まっている音がする。
「……婚約者」
踵を返したイルの背中に、リュディアのか細い声がかけられた。
「覚えてるかしら。私についた婚約者があなたに乗り換えたこと」
リュディアのその話はもちろん覚えている。昨日ミカにもしたばかりだ。
イルが魔法研究で注目されていた頃、いやいや出席したパーティでこちらに興味を示した人がいた。それがリュディアの婚約者だった。事情はどうあれ、簡単に婚約者を捨てるような人にイルは全く興味が持てなかった。その時のイルは、まだ恋というものさえ経験していなかった。
あれは、リュディアにとっては大事な人だったのだろうか。
「あんな人はどうでもよかった」
リュディアは言い、自分の腕をぎりりと握った。
「あなたは私のものなのに、横から手を出されたのが……」
心情を吐露する肉親の言葉。そこに込められた感情は、大人になったイルには理解できるものだった。
イルはリュディアの前に戻り、相手の頬に手を当てた。
「よく言えましたね。今後も素直でいてください」
指で顎をなぞりながらそう告げると、イルは走ってリフトに向かう。
「そうすれば、また会いに来ます!」
戦闘の音が激しくなっている。今はミカを支援しなければならない。
イルはミカと合流した。手助けするつもりだったが、駆けつけた時には上層エリアは制圧されていた。
ラスターの拳に吹き飛ばされて壁にめりこんでいる兵士たちが哀れだ。通信設備を自由に使えるようになっていた。
「それで、どうするの?」
ミカが言う。ラスターから降りて通信機の前にいる。
ここから音声による通信を送ることは可能だが、それだけで目的の相手に届く可能性は低いだろう。相手が無線を聞いていないと意味がないからだ。
「動画を撮って送りましょう。ここからなら全ての光岩に映像を送ることができますよ」
イルは言う。それが考えていた作戦だ。
ここから多くの光岩をハッキング、デジタル信号を送って動画をアップロードすれば、大勢の人間の端末に情報が残ることになる。うまくすれば相手の端末に直接届くかもしれない。
イルは光岩を掲げ、二人が映るように自撮りの姿勢をとった。
それを察して、ミカが喋り始めた。
「グレイヴからコフィンへ。久しぶりね」
慣れた様子で、でも少し照れくさそうな表情だ。撮影を続ける。
その日撮った動画が目的の人に届いたか、それは結局わからない。
「私は今……」
しかし、何百年も続けてきたこと。たとえ届いたかわからなくても、彼女は声を送り続けていた。
「ここにいる。あなたに会いたいわ、相棒」
長い時間をかけて余分が削られたそのメッセージは、動画のどんな言葉よりもストレートになっていた。
「アップロード完了。脱出しましょう!」
イルは言った。しかしミカは苦い顔をしている。見ると、城の周りは大勢の兵士に包囲されていた。
「ひえ……」
増援がどんどん城内に入ってきている。無理もない。お尋ね者が二人も突撃してきたのだから。
撮影後の方が大変だった。殺到した王国兵から逃げるために二人でラスターに乗り込んだが、不調で墜落寸前になり、落下傘を抱いて脱出した。
砲弾の雨が浴びせられ、ラスターは爆散。二人は命からがら森の野営地に戻った。生きているのが奇跡のようだった。
『届くといいね、あの言葉』
逃げてきた森にまたあのフードが現れ、笑いながらそんなことを言ってきた。イルはむっとなってフードを睨んだ。
「ミカさんは、あの世界でどうなったのですか」
イルは、ずっと気になっていたことをフードに質問した。
動画はできるかぎり見たが、ミカの人生の結末はわからなかった。彼女は結局どうなったのだろう。
『想像、つくでしょ。いくら強化兵士でも無限に生きられるわけじゃない』
フードは無慈悲に答えた。
肉体的な死は精神の死までは意味しないことを、ガイア魔法の権化たるイルはよく知っている。だが、人という形を終える時の気持ちがどんなだったかを想像すると苦しくなる。
答えのない空に言葉を送り続け、ミカは最後に何を見たか。
『ヴェノムアースはゆるやかに閉じていく世界だった。ミカは最後に残った人類であり、あの壊れた地球で唯一クオリアを保存された存在。最後の墓標だ』
ミカはヴェノムアース最後の人類だったらしい。その時点でクラスターコアが活動を停止したため、彼女の魂は保存されこの時間まで残っていたそうだ。
ガイアアースも、イルが途中で時間を止めて閉じてしまった。リュディアもその時点で生きていたから、このゲームの世界に参加することができたのだろう。
だんだんわかってきた。この世界がどのように作られ、そして何を意味するのかが。
「あなた、檣様ではありませんよね?」
イルは、胡散臭いフードに向け言った。
この世界を作っている力は、檣が使うクラッドの力ではない。
「……」
謎のナビゲーターは笑みを浮かべた。風でめくれたフードから見えたのは檣とは違う顔と、曇天のような冷たい空色の瞳であった。
同じ頃、タルシスにいる柩は新たに発生したクエスト「王都防衛」に取り組んでいた。
そこで柩は、このゲームを始めてから最も驚くべき光景を目にしていた。
「静粛に。始めるぞ」
凛々しい声。紫色に光を反射する短い黒髪。その奥の瞳も濃い紫色。
軍服を着た長身の女性だ。右手だけ手甲、いや義手をつけており、折りたたんだ槍を会議室にまで持ち込んでいる。
会議を前に周囲の人間が動く中、柩はその姿に釘付けだった。
「セツナ……?」
名前を呼ぶ。
すると相手もこちらに気づき、目を細め眉をひそめた。
「……お前か、柩」
意味深な口調で相手は返す。いかにも彼女らしい反応だ。方針で柩とよく衝突し、こんな空気が流れていた。
そんなはずはない。NPCだとしても、このゲームにいるはずがない。
セツナ。スレートアースで出会ったあのカタブツはもう、この宇宙から永遠に消えてしまった。死人から許可を得ることなど、決してできないはずだ。
今回の成果:実績「ミカと動画を撮る」を達成
「広報は任せて。調査局のチャンネルをサイダーより面白くしてあげる」
(「仇敵」の話 に続く)
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