526 FUTURE ROAD
526 FUTURE ROAD 1 「娘」の話
――ガスタウルスを倒した!――
ヒツギのレベルが3にアップ!
イルのレベルが3にアップ!
シリウスのレベルが3にアップ!
ばりばりと電気的な音を出しながら、巨大な牛人型の古代機械モンスターが消滅していった。
寒風が吹きつける雪山、破壊の熱で雪が溶けて水蒸気が噴出する。エネミーの消え方のゲームっぽさと比べ、そういう部分はリアルに表現されていた。
演出が済むと、あとは白い森がずっと広がっているだけだ。まるで現実のように冷たい。
「序盤に出る敵の強さじゃなかったね……」
前衛で剣士をつとめた柩は、背後にいる二人のパーティメンバーに語りかけた。
「てごわかった」
そう話すのは濃紺色の髪をした高校生くらいの少女。バリアと回復を担当してくれていたシリウスだ。杖型の獲物を手にした聖職者で、幼い見た目の現実よりいくぶん成長した姿はいっそう美少女に感じる。
「すみません、なかなか仕留められず」
しょげた声を出すのはもう一人の後衛、魔法使いのイルである。シリウスとは逆に、イルは現実の姿より若返っている。少女と言ってよい外見だ。
「固有スキルがなければ無理だったでしょう。どこかでレベル上げしないと……」
「“大地の恵み”っていうやつ? 毎分MPが1だけ回復するっていう」
「そうです。下級魔法のフレイムボールの消費MPが5……ゴミのようなDPSです」
イルが嘆くように、柩の剣もほとんど敵にダメージを与えられなかった。前衛として敵の攻撃を捌き続けただけだ。二人でチクチクと敵のHPを削るだけだった。
一時間以上そうしてやっと敵を倒せた。勝ちはしたものの、全員が満身創痍であった。
「剣術の心得は役に立ったけれど、もう無理だ。次は逃げよう」
柩は言い、ボロボロになった剣を仲間に見せた。
柩は魔法剣士に設定されていた。フードつきのシンプルな白いロングコート姿で、普段は長い白銀色の髪がミドルボブくらいの長さになっている。これが前衛らしさの表現なのだろうか。
イルのようなわかりやすい固有スキルはない。「六道」という説明のない能力が一つあるだけだ。シリウスが持つ「悟りの境地」も、僧侶っぽい能力名というだけで内容が全くわからない。
わかるのは、柩だけが前衛職ということだ。そしてこれは
しかし装備品はそうはいかなかった。初期装備のショートソードは格上エネミーの猛烈な攻撃を受け続けたことでひどい刃こぼれをしている。このゲームには武器の耐久度が存在するらしい。
「この近くに魔法鍛冶の店があるらしい」
シリウスが言った。小さな石版を取り出して地図を表示させ、その地点を指さしている。
スマート端末のようなこの石版は最初から持ち物に入っていた。地図の上でマーカーが点滅している。せっかく雰囲気のある世界観なのにデジタル的で台無しに思えるが、魔法の地図と考えるしかない。
鍛冶屋なら武器の修理をしてくれるだろう。ゲームを進めるための情報が手に入るかもしれない。なにしろ、開始地点から今までNPCの一人にすら出会っていない。
何をしたらいいかわからないのだ。ナビゲーターはいたが、ずいぶんいい加減な存在だった。最初に少し説明をしただけですぐ姿を消してしまった。
三人は森の中を歩き、店に向かうことにした。
「え……?」
その途中、柩は妙な感覚に襲われた。
歩き続け、やっと道に出た。獣道ではない広さで、山頂に向かって続いている。
初めてではない。この道には覚えがある。
ゆるい傾斜。踏み固められた雪の感触。山々の形。全てが遠い記憶と重なっていく。
「まさか」
道に寄り添うようにぽつんと存在する建造物を見て、柩は息を飲んだ。
「ここが魔法鍛冶屋ですか? なんだか……」
イルがつぶやく。建物を見上げて不思議そうにしている。
「みおぼえがある形だな」
シリウスが言葉をつなぐ。
雪に半分埋もれ、大きな機械が鎮座している。その機械には入口があり、中に木材を貼り付けて家にしたものだとわかる。
こんな奇妙な建物、見間違えるはずがない。
これは墜落したメテオの輸送機だ。東京で使ったものの原型で、修理ができず動かなくなったので家屋に改造した。
二度と帰ることはない。そのつもりだった、柩の古い「家」であった。
ゲームへの誘いは、ある学校の部活からのものだった。
「局長さん、テストプレイしてもらえないかな?」
そう言ってきたのは
「ゲーム作ってるんだっけ」
エイリは最近、所属するコンピューター部の活動でゲーム制作をしているという。最初はゲーム制作ソフトを使って簡易的なものを制作していたようだが、最近は次元が違ってきているらしい。
超存在としての能力を端末から引き出し、感性でゲームを練り上げているようだ。直感力に優れる彼女らしいやりかたである。細部はコンピューター部の腕利きや、メテオ四天王の檣が手を貸して仕上げているという。
「LD術者専用、というか超存在用のVRゲームだよ。仮想空間に入って現実みたいに体動かせるヤツ」
「またとんでもないものを作ったね」
学校の部活のレベルを軽く超えていた。LDがなければプレイさえできないというのは、人を選ぶどころではない。
そういえばエイリの父方の詩季祇家は経営者の家系で、コンピューターソフトの開発で成功していた。エイリ自身はそれに関係したことがないはずだが、血筋なのだろうかと感じてしまう。
とにかく、この時代にはあってはならないオーパーツだ。エイリが超存在でなければ到底作れなかっただろう。
「報酬もある。手伝ってくれたら調査局への助っ人を派遣してくれるよ」
「朽常先輩が?」
朽常先輩、朽常檣は柩の学生時代の先輩であり、メテオの四つの管理人格のうちの一人だ。先ほど言ったようにコンピューター部に関わっている。
檣のメテオでの役目はざっくり言えば人事担当で、休眠する魂を管理している。彼女なら過去の集録世界から適切なスタッフを選んで派遣することができるだろう。一体誰を連れてくるつもりなのか。
「局長さん、最近働きすぎだよ。二四時間休みなしでしょ?」
「超存在だからね」
「その一言で片付けるのよくないよ。あたしには青春しろとか言うじゃん。青春どこに置いてきたの?」
「ない人もいるんだよ、青春」
「いないよ、そんな人」
エイリの主張によれば、超存在は三人が三人とも自分の人生を置き去りにしすぎだという。そう言われるとあまり反論できない。
「まあいいか。息抜きできるならありがたいよ」
柩は言い、テストプレイを引き受けた。
後で助っ人が来ると考えれば仕事の埋め合わせになる。局が忙しいのは事実である。人手が増えれば局員のためになるだろう。
初期地点はなにもない泉のほとりであった。待っていると、森の中に幽霊のような影が現れた。
「ひ」
イルが小さな悲鳴を出し、シリウスの後ろに隠れた。サイダーチャンネルのホラーゲーム配信で悲鳴だらけだったことが思い出される。
『やあ勇者たち。今風のゲームなら冒険者? どっちでもいいけど』
白いフードを被った曖昧な存在が軽薄な口調で喋った。その声はよく知る朽常檣のものであった。
『とりあえず山を登って。マーカーつけとく』
いつもと違う話し方だ。芝居のつもりなのだろうか。
『えっと……そうだな。この世界を救うため、頑張るのだ!』
最後に妙なことを言い、ナビゲーターは姿を消した。
人工知能による合成音声か、あるいは本人が喋っていたのか。わからないが、この上なく心配なガイドであることは間違いなかった。
三人は指示に従い、雪山を登り始めた。
「なんだか昔を思い出して、ちょっとフレッシュな気持ちになります」
そう話すイルは見習い魔法使い。順当にレベルを上げていけば徐々に強大な魔法を使いこなせるようになっていくオーソドックスな火力後衛だ。
現実では既に大魔法使いであるイルには分不相応すぎるジョブだが、本人はそれを楽しんでいるようだった。
「フレッシュ、という言葉は死語ではないだろうか」
そう言ってイルの顔を白くさせているシリウスは聖職者。もう少し分類すれば
治癒やバリアなどの法力を使うことができるほか、魔法使いよりは頑丈で素手による格闘ができる。法力を白魔法とは呼ばないところに制作者の妙なこだわりを感じる。
「イルが一番若いんだけど、なんでいつも歳の話になるのかね」
柩は言いながら、剣で枝を払いながら雪山を進んでいった。地図によればまともな道もあるようだが、そこに行くには森を突っ切るしかなかった。初期地点の設定を間違えているとしか思えなかった。
前衛なのでとりあえず前を進んでいる。柩の魔法剣士はよく言えば万能、悪く言えば器用貧乏なジョブであった。さほど腕力があるわけではないし、魔力が高いわけでもない。
ただし、体内にはかつての魔王の魂「六道」を宿していて、条件を満たすと能力が開放されていくとのことだった。若い子が考えた設定みたいで、しかも全く具体性がない説明だ。
登山といっても仮想空間なので、いくら歩いたところで疲労がない。三人とも超存在なのでそういう感覚には慣れている。余計な苦労をせずに済んでよかったと柩は思ったが、イルは少し物足りなそうだった。
しかし、そんな物足りなさはすぐ消えた。突然強力なモンスターに襲われ、協力してなんとか撃退しなければならなかったのだ。
テストプレイなので当然かもしれないが、めちゃくちゃなゲームバランスのせいでボロボロになってしまった。なんとか魔法鍛冶屋に辿り着いた時、突然メッセージが表示された。
――新しい実績目標に接近しました――
空中に妙な文字が浮かんだ。実績というのは、ビデオゲームによくある収集要素のことだろう。
ゲームをプレイする上での目標である。RPGというのは目標を達成してストーリーを進めていくものなのでそういう行動の繰り返しと言えるが、本筋の進行と関係ないものもある。
「どういう意味でしょう?」
実績の内容は端末に表示されていた。それを読んだイルが不思議がっている。
「……」
柩は、まさかという思いでその文字列を読んでいた。
「ともかく武器をなおしてもらおう。アイテムもほしい」
シリウスが言い、店先へと近づいた。ずいぶんゲーム慣れしている。
「いらっしゃいませ、冒険者様。どのようなご要件ですか?」
店の奥から出てきた人物を見て、柩は目を見開いた。
「……リッカ」
柩はシステムに表示された名をつぶやく。
アッシュブラウンの短い髪は、冬を前に蓄えられた薪のように温かみのある色。それに、火にくべられた鉄のような燃える琥珀色の瞳。
明るい表情、自然な笑顔。柩より少し小さな身長に、腰にさした古びた柄の片手剣。
「先生、お帰りなさい」
そして、柩をそう呼ぶ者はこの宇宙にただ一人だ。
クラッド事件の後に始まったMLD回収の旅で立ち寄ったとある世界で、柩は一人の少女に出会った。
それとそっくりで名前も同じ、本人としか思えないキャラクターがそこにいた。
第一話「新規実績目標:リッカと夕食をとる」
暖炉から広がる自然の熱。かまどからただよう懐かしい料理の香り。輸送機の頑丈な壁に包まれたこの空間は、遠い記憶のそのままだ。
「先生、あなたはこの魔法鍛冶屋を営む店主ですよ。お忘れ……のはずはありませんよね。からかってらっしゃいますか?」
落ち着いた声のリッカが不思議そうに言う。それが、このゲームの中での「設定」なのだろう。
「昨日だって、先生はその金床で道具を作っていたじゃないですか」
鍛冶屋を営んでいた覚えなどない。柩はあの世界でそこまで他者と関わらなかった。
しかし、LD鍛冶として彼女の剣を鍛えた覚えはある。彼女が今も腰にさしている剣、簡素な胸当てや手甲は自らの手で作った覚えのあるものだ。
指さされた金床には使い慣れた感触がする。ここは本当にあの家なのか。
「どういうことなのかな?」
柩は、家の窓に写った半透明のナビゲーターに問いかけた。
『このゲームのプレイヤーはあんたたちしかいない。でも、ユニークNPCにはモデルとなる人がいる』
フードのナビゲーターはそう説明した。
「え? じゃあ本当に柩に娘さんがいたってことですか!?」
イルがおどろいてはしゃいでいる。その様子を見て、なぜかリッカはニコニコしている。
「……仮の関係だよ。引き取った時はもう十二、三だったし」
柩は言う。あの世界――ブレードアースに辿り着いた時、柩はこの輸送船で人が住まない山に不時着した。
MLDが漂着した銀河の一つ、クラスターコアが存在し人類がいる惑星だった。だがまだMLDは世間に浸透しておらず、柩はその山を拠点に自らの因子を回収していった。
そのまま惑星を去ってもよかったが、問題が起きた。ある時、輸送機の近くで奴隷商の隊商と出くわしたのだ。
リッカは戦乱で両親を失った孤児であり、その隊商の所有物として使役されていた。隊商は魔物に襲われて全滅しており、檻に閉じ込められたリッカだけがまだ息をしていた。
思い出す。血しぶきまみれの檻の中リッカは怯えきっていて、恐怖に染まった瞳でこちら見上げていた。
ブレードアースの人々は生まれながらに現実干渉、魔法を扱える類の魂を持っていた。あの世界のクラスターコアの個性だったが、それが原因で文明の進歩はゆるやかだった。十分な社会福祉がなく、柩はリッカを引き取ることにした。
「先生は名を与えてくださり、生きていけるだけの力を鍛えると言ってくださいました」
「……そうだったね」
リッカの言うことは正しい。だがその時、こうも言ったはずだ。
大人になるまでは育ててやれるが、自分は流浪の者に過ぎない。いつまでもそばにいてやることはできない、と。
賢いリッカはその意味を理解していたに違いない。彼女は柩の教えを忠実に守って生活力を身に着けていき、上都して立派な騎士になった。
そのはずだ。二二歳になる頃リッカを王都に送り出した時、彼女は笑顔で前を向いていた。
「少し悪趣味じゃないのかな」
柩は幽霊のようなナビゲーターを睨んだ。
『懐かしいでしょ?』
「これは過去の人物に対する冒涜じゃないの?」
『心配しないでいいよ。モデルがいるNPCたちは、ゲームへの利用を本人が了承した場合に限ってる』
「え?」
それはどういう意味かを問い返す前に、ナビゲーターは窓の中から消えていた。
「誰とお話しですか?」
リッカが不思議そうに柩を見ていた。どうやら、あのナビゲーターはプレイヤーにしか見えないらしい。
夕食の席は盛り上がった。柩の過去を話すリッカに対し、それを興味深く聞くシリウスとイルという構図だ。
「その時、先生は私が眠れるまでずっと――」
「剣術の鍛錬で怪我をした時――」
「礼儀作法は重要だといって、一日中ですよ。当時は嫌でしたけど、今では――」
ゲームの中の設定のはずなのに、それは柩の現実での体験とほぼ同じだった。
「いい母だったんだな」
シリウスが言って、暖炉の火をじっと見ていた。
「母じゃないってば」
柩はそう返す。否定の言葉を聞いても、リッカは同じ笑顔のままだった。
「あなたの愛が途切れたと感じることはなかったです。おいしいお料理も」
リッカはそう語り、温かい眼差しを向けてきた。
「それは――」
子供は愛情を受けずに生きられない。比喩ではなく、かつて行われた非人道的な実験でそういう結果が出たという有名な伝承がある。
あの時、リッカに愛情を注ぐことができる立場にいる者は柩しかいなかった。だから、持てる愛情を全て注ぎ込んだ。
両親が柩にしてくれたことを思い出しながら。後にも先にも、そんなことしたのはその一回きりだ。
「よくたべるな、リッカは」
「テーブルにあるお料理はあるだけいただくことができますから」
「大食い企画に欲しい人材ですね……」
リッカは作った料理を自分でもたくさん食べていた。夕食の味は当時と変わっていなかった。一人になっても、こうして食事をしていたのだろうか。
柩はブレードアースをメテオに吸収し、その世界を出る必要があった。
ブレードアースのコアは破損していた。それは、人々の間に現実干渉が広まりすぎたことが原因だった。未制御のクラスターコアにはよくある症状だ。
無秩序なまま使われる現実の改変。それが少しずつ世界を蝕み、いつか砕けてしまうことがわかっていた。輸送機の不時着と故障もそれが原因だった。
そのままでは無に帰す世界だった。柩は、ブレードアースのコア情報を集めるためにリッカと別れる必要があった。
その事は何度も念を押していたし、リッカはよく理解していたはずだ。
そんな存在が母などと名乗ることはできないが、便宜上そう振る舞わなければならない時はあった。あの頃、柩はブレードアースですでに数千年を過ごしていた。王都の学校にいれるには保護者が必要で、古くから縁をつないでいた柩の名は役に立った。
夜はふけて、リッカもイルもシリウスも眠りについた。
ゲームの中でも睡眠をとることができるらしい。だが柩は眠れず、かつての我が家の中でぼーっとしていた。
「さっき、本人の了承をとったと言ったね」
気配を感じ、柩は口を開いた。
『リッカ。辺境に住む高名な魔女の養子で、いずれ王国騎士団長まで登りつめる傑物。あんたは知らないだろうけど、リッカはブレードアースを救った英雄だった』
フードの人物は饒舌に語りだした。
「英雄って?」
『ブレードアースのコアは破損し、九つの断片に砕けた。でも、ひとりでに直っていたでしょ?』
フードの説明の通りである。回収後のブレードアースコアは、完全な破壊は免れて停止した情報体へと変化していた。
『誰が直したと思う?』
フードの人物は問いかけてくる。
柩はコアの修復に必要な情報を集め、文献に残しておいた。よそ者である柩にできる干渉はそれが限度だった。誰かがブレードアースのコアを修復し、消滅を免れたのだろう。
「リッカなのか?」
『そうだよ。あんたの痕跡を追い続けた彼女は、ブレードアースの停止の時までコアを守り続けていた』
想像していなかったことだ。リッカは優秀な生徒だったが普通の人間で、一人でクラスターコアを制御できるとは考えられない。
レムリアのような完全世界とはならなかったブレードアースだが、その歴史を保存することには成功した。そういうものがリツィフェルの保管庫にはいくつかある。
『九つの世界剣を鍛えた菩提樹の守護者、雪煌騎士リッカ。それがこの子の末路だった』
リッカのあどけない寝顔に触れ、ナビゲーターは言う。
争いで両親を失ったリッカに剣など持たせたくなかった。だから鍛冶の技術だけを教え、剣術の指南は断り続けたものだ。
「だからといって……」
彼女の鍛冶の技術は世界を救うまでに育ったらしい。人間が一つのクラスターコアを制する。そういうものを、今は何と呼ぶのだったか。
過ぎ去った世界に戻らなかった柩は知らないことだ。なにしろ柩は、この旅路の最後には消滅するつもりだったのだから。
柩が存在した痕跡と記憶はどの世界からも消え、呪縛は解けるはずだった。
――スキル「六道」が開放されました 現在1/6――
朝が来た。リッカと夕食をとるという実績を獲得し、次のクエストの会話が発生した。
「支店? そんなものいつ」
リッカから「支店の鍵」を渡された。それは、このまま山を超えた先にある王都に存在する物件らしい。
「先日タルシス王都から送られきたんです。先生が選んだ物件の鍵ですよ」
タルシス。聞いたことのない国の名前だ。ブレードアースに存在したのはリンデン王国だったはずである。それに、ブレードアースにいた頃に王都に店を出したことなどない。
「これでワープポイントを設置してください。そうすれば、この本店の倉庫と接続します」
言って、リッカは一枚のカードを差し出してきた。転移魔法を設置するアイテムということで、実にゲーム的である。
「まあいいか。便利そうだし、王都に出入りできるようになればリッカにも役立つだろう」
柩は言う。ワープポイントの開通を手伝えば、王都で学びたいリッカにとってはよい短縮経路になるだろう。
「私は、王都に行けなくても構いません」
リッカはきっぱりとそう言って、変わらない笑みを柩に向けてきた。
「どうして?」
ゲームのNPCであることはわかっている。しかし、リッカが到底言いそうにないことだ。
「もういいんです。いつかあなたがこの家に戻ってきてくださることだけが、私の唯一の望みですから」
リッカは言い、鍵を柩の手に握らせた。
「リッカ……?」
自分が救われたように誰かを救う者になりたい。それがリッカの望みだったはずで、一度たりともその願いを曲げたことはなかった。
あの後、柩はフードからもう一つの事実を聞かされていた。
『世界を救った騎士は、誰との縁も断ち切って山奥の家で過ごし続けた。クラスターコアと融合し、不滅になった身で』
原始的な超存在となったリッカは、誰も帰ることのない家で待ち続けた。その家がどれを示すのか、考えるまでもない。
『本当に救いたかったのは誰だったんだろうね』
そんなバカなことがあるはずない。柩はこの家には戻らないとはっきり宣言していた。人当たりのよかったリッカがこんな場所に固執して一人になる理由が思いつかない。
「いつごろお帰りですか?」
リッカは言い、まっすぐな信頼を向けてきた。
これは幻覚だ。別れた時のリッカはもうとっくに柩の身長を越しており、乙女のほとんどが振り返る美麗な騎士になっていた。こんな幼い目をする時期はとっくに過ぎていたはずだ。
「……帰るよ、すぐに」
柩は言って、鍛冶屋を出た。
目指す場所は王都。要塞のような都市らしい。ブレードアースの王都とはずいぶん様子が違っているようだ。
鍛冶屋では無償で武器を直してもらい、サービスで少しだけ強化もしてもらった。回復薬を買い込み、万全の準備で王都に入った。
しかし、ゲームには障害がつきものである。タルシス王都に入った瞬間、治安騎士の部隊に囲まれていた。
「イルクツカヤ・ズナーミャ。国家転覆を謀った罪で捕縛の命が下っています」
そう宣言して前に出てくる騎士の声は、三人があまりにも聞き慣れたものであった。
「そんな……どうして」
イルが驚いて、目の前の騎士に目を奪われている。
騎士は腰につけた四本の黒い短剣を取り出し、それを地面に投げて一瞬でこちらを拘束していた。影に剣を刺すと動きを封じられるらしい。特殊なスキルで、こちらは一切抵抗ができない。
「じっとしていなさい。逆らえば、仲間ともどもこの場での処刑を許されています」
冷たい銀色の瞳でイルにそう申し渡すのは、ブロッサムアースに存在する人物にそっくりな外見をしていた。
拘束を受けているのはイルだけだ。空中に表示された情報によれば騎士のレベルは三桁を超えていて、一桁レベルの現状では太刀打ちできない。
「グレイス……?」
あのフードの言うことが本当なら、これもモデルのいるユニークNPC。本人が出演を許可したということになる。
「あなたでしたか、魔法鍛冶」
言って、グレイスは柩に目をやった。心なしか緊張感が緩んだところを見るに、柩とグレイスはここでも知り合いという設定らしい。
しかし、イルの拘束を緩める気はないらしい。厳しい態度のままである。
――新しい実績目標が発生しました――
そして同時に、以前と同じメッセージが表示された。
「嘘だろ……?」
そこに表示されていた条件は、リッカの時のような簡単なものではなかった。この状況から、どうすればそんなことができるか想像がつかないような難題であった。
今回の成果:実績「リッカと夕食をとる」を達成
「剣術と料理が得意です。え? それなら分隊に来い……ですか?」
(「運命」の話 に続く)
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