LDC.FILE No.06022000C 「偽りの大志」3
「こりゃ……ついに死んじまうかもな……」
アンブレの腹部には大きな穴があき、全身の骨が砕けていた。
痛覚によるショック死をGLDの感覚操作で回避したものの、そこまでが限界。治癒魔法までは余裕がなく、アンブレはゆっくりと死に近づいている。
甲冑と何かが戦う音が聞こえる。この現実干渉妨害フィールドの中であれほど激しく戦っているのは、驚くべきことに人間の姿をした何かであった。
素早く駆け回りながら、時に重機のような重さの攻撃を甲冑に加えている。はっきりとしない視覚の中で虚構のような戦いが繰り広げられている。
「おまえ……相手が悪いと思うぞ」
アンブレはつぶやく。あれはおそらく超存在に連なる何かだ。戦ってもミレイユに勝ち目はないだろう。
超存在が世界を支配している。ミレイユのその主張を、アンブレは理解できなくもない。
かつて、世界は強者の力でいかようにも捻じ曲げられた。価値観が進歩して戦争で儲かる時代ではなくなっても、人が人を支配する方法は様々に研究され実行された。大半の人間は安寧を求めてきたが、そんなものは一部の人間の悪意でたやすく破綻させることができた。
あの超存在たちがこの地球に現れるまでは。
望むことが正しくこの世界に作用するようになった。まるで神の恩恵のように、善意の世界を確かなものへと作り変えていった。
勝ち負けという古い基準しか持たないミレイユのような存在は一瞬で価値を失い、凡人に成り下がる。いや、超存在の前では全員が平等に凡人なのだ。もともとミレイユに冷たかった世界は、今度は居場所さえ奪っていった。
自業自得とも言える。そして、居場所がないのはミレイユをずっと追ってきたアンブレにも同じことだった。
ノストークの直後ごろ、実はアンブレはクレアに会いに行っていた。
エフェメラのほとんどが戦死し、ミレイユによってコントロールされていたクレア。悪霊という名のカリスマは猛威をふるったが、長くは続かないと思った。
ノストークの件が終われば超存在の目はこちらに向くからだ。事実、調査局は一人の調査官を悪霊の逮捕に向かわせた。
ハーキュリーに戻ってクレアの活動地域に入ったが、アンブレは何もせず遠くから見ていただけだった。
もう自分の居場所はない。クレアの隣にもいるべきではない。そう思った。
派遣されてきた調査官とすれ違うように、アンブレはハーキュリーを後にした。そして、痛ましい友人を追って止めるのが自分の役目だと思い始めた。
だがそれすらも、ただの思い込みだったようだ。
幼少期の出会いも、セラカントでの再会も、全てミレイユの計算だったらしい。
同情を引くためにあんな態度をとっていただけ。アンブレは、屋敷で一人だった彼女に都合のいい使い走りとして目をつけられたのだ。
あの嘘つきの言葉を素直に信じるなら、だ。
「ほんとに……そうだった?」
その疑問の声は、もうミレイユには届かない。
港では、重い釣り鐘を叩くような音が何度も響いていた。
そのたびに薄い霧が払われ、繰り広げられている戦いが見えた。
ルーシーは調査局の最古参だ。そのルーシーの目から見て、眼前の戦いは理解しがたいものであった。
「疑似現実干渉ドライブ機能不全、停止。全スレートコンデンサー起動、ディスチャージ……」
淡々と戦闘記録を口にしながら、トーカが霧の中を駆けている。
トーカが相手するバスティオンという名の機械は、四本腕の甲冑のバケモノのようなやつだ。巨大な斧状の武器を展開し、振り回している。
自動車を重ねてまっぷたつにできそうな斧が振り下ろされる。トーカは手に持った槍でそれを正面から打ち払い、激しい火花を散らせて巨大な相手を仰け反らせた。
トーカの体は普通の人間と同じ大きさだ。それなのに、敵の甲冑を上回る存在感である。
『なぜ……LD能力は封じているはずなのに!』
バスティオンが叫ぶ。トーカからは現実干渉の気配がなく、この凄まじい力の源は謎であった。
しかしルーシーは気づく。トーカの肉体に秘められた力はおそらく一種類のみなのだと。
大地を駆ける脚力、攻撃を受け止める腕力。トーカの力の本質はとてもシンプルに見えた。
炎を出さないし相手を凍らせもしない。ただの膂力。純粋な馬力。おそらくは電力によって作られる、原始的で単純な力なのだ。
「!」
トーカと打ち合うバスティオンも気づいたのだろう。装甲前方で何かが開き、真っ赤な炎を噴出した。
あれは後退用のロケットモーター、加速装置だ。バスティオンは黒煙を纏い、一気に十数メートルの距離を確保した。
そして、巨大な斧を前方に構えた。斧の持ち手の軸からカバーが弾け飛び、砲口が現れる。
短い砲身の榴弾砲だ。ただの近接武器ではなかったのか。
「え……?」
それはトーカではなく、棒立ちで戦いを見ていたルーシーに向けられていた。
「!」
トーカはそれに気づき、一瞬にして射線に介入してきた。
それが敵の狙い。いくらトーカが強くても、榴弾砲の直撃を浴びれば無事では済まないはずである。
「よせ、トーカ!」
ルーシーの叫びもむなしく、バスティオンが腰だめに構えた斧砲が火を吹いた。
熱が押し寄せてくる。だがルーシーは立っている。
トーカはどうなった。ルーシーは顔を上げ、闇夜に吹き飛ばされていくトーカのシルエットを目にしていた。
「……!」
飛ばされたトーカは積み上げられたコンテナ群へと激突。背中を強く打ち付け、コンテナの表面をへこませて落下した。
落ちたトーカはぐったりしている。地面に座った姿勢のままぴくりとも動いていない。
「トーカ!」
叫んで駆け寄る。その途中、何かにつまづきそうになった。
ルーシーは息を呑んだ。
腕が落ちていた。トーカのものとおぼしきそれが、埠頭のアスファルトの上に無造作に転がっていた。
倒れたトーカを見る。左腕がちぎれてなくなっている。
「くそっ……!」
さらに走り、ルーシーはトーカの近くに辿り着いた。重症だとしても、せめてここから逃がしてやらなければ。
応急処置はうまくできるだろうか。そう思って傷跡を見たルーシーは驚いた。
普通ではなかった。傷跡は暗い灰色の物質で埋められていて、全く出血していないのだ。
「MLD……? いや、違う……」
LDで傷を塞いだのかと思ったが、そうではなかった。LDならば気配があるはずだが、その物質には何の気配もなかったからだ。
粘板岩を割ったような断面。それだけではない。トーカの骨格と思われる部分は金属そのものに見え、ぎらりと月光を反射していた。
「――局長代理の生存を確認」
トーカの目が動き、ルーシーの顔を見た。
白銀色の髪、眼差しと声。よく知っているあいつに似ていると、今更になって気付いた。
「ご無事で何よりです」
トーカは言い、よろよろと立ち上がって敵を見た。
「お前……その体は」
やっとわかった。トーカから現実干渉の気配がなかった理由が。
「身体機能、四〇パーセントまで減少。戦力分析完了」
彼女はLD術者ではない。それ以外の方法、LDでない科学技術によって動いているのだ。
考えれば単純な話だ。超存在が持つ科学技術はLDだけに限るものではない。調査局にもそういう武器があふれていたではないか。
「おい、よせって!」
なおも敵に向かおうとするトーカの肩を、ルーシーは思わず掴む。いくら彼女が丈夫でも、満身創痍である。
「脅威算出は終わりました。コンデンサー直結。危険です、離れてください」
トーカは言い、残った片手でルーシーの体を軽く押した。ルーシーは背後に飛ばされ尻もちをつく。
トーカの背中、肩甲骨のあたりが開いていくのを見た。
中から黒く鋭い何かが現れ、強風が吹き荒れる。霧が吹き飛ばされていき、夜空が見えた。
「
言葉とともに、トーカの周囲に黒いオーラが迸った。
柩が持つ空間剣の発動に似ている。銀色の髪と瞳が深い紫水晶色に染まり、黒い炎を纏ったトーカが飛び跳ねた。
片手に長い槍を持ち、傷だらけのトーカは依然変わらぬ速度でバスティオンに向かっていく。
『この……超存在の犬が!』
敵の叫び声。斧砲が再び発射された。
トーカはそれを正面から受け止めきった。飛散する榴弾の雨を黒いオーラで蒸発させながら直進している。
槍の一振りが巨大な斧を叩き、轟音とともに相手の手から弾き飛ばした。くるくると回った斧が埠頭に突き刺さる。
最初の時とはまるで出力が違って見える。これがトーカの本気ということなのか。
バスティオンも力任せに腕をふるって反撃した。技術もなにもないが、体躯の大きさがそれをカバーする。
振り回した腕が偶然、死角となっているトーカの左側を殴った。破片が激しく飛び散る。
「……っ」
トーカは少しよろめくが、その場に足を止めてまた槍を振った。
何度も、何度も叩きつけた。自動車の解体工場のような激しい音がして、バスティオンの装甲がどんどん剥がされていく。
バスティオンはたまらず、再び後退ロケットを作動させた。トーカはそれを先読みしていたのだろう。地面を砕きながら跳躍し、相手の上に乗る。
『離れろ……! こいつ!』
バスティオンが腕を振り回す。トーカの脚部が開いて機械の爪が現れ、相手の肩をがっしりと掴んでいる。
「この程度の兵器ですか?」
トーカは下にいるバスティオンにひたすら槍を振り下ろし続けた。更に装甲板が剥がれ飛び、重厚だった甲冑は無惨な骨格に変わっていく。
やがて胸部の大きな装甲板が外れ、中のミレイユの姿が現れた。
上に乗っているトーカを見て、ミレイユは美麗な顔を恐怖に歪めていた。
ミレイユは足元のレバーを引いた。脱出装置か。メロウの時と同じである。
しかし、脱出装置は作動しなかった。トーカの脚部の爪によってコクピットブロックが完全に固められている。
脱出装置用の火薬には点火、しかし本体に嵌ったままで爆発したためにコクピットに逆流し、ミレイユは炎に包まれていた。
「ぎゃああああああーーッ!」
激しい熱による苦痛に喘ぐミレイユの声が、広い埠頭いっぱいに響き渡った。
トーカはようやく敵を放した。バスティオンは後ろに倒れ、トーカは飛ばされて地面に落ちた。
ルーシーは、炎上するバスティオンの残骸に近づいていった。
コクピットの炎はすぐに消えた。ルーシーはミレイユを引っ張り出し、その体を目の当たりにした。
大した火傷はないようだ。しかし服が燃え、その下の肌が見えていた。
写真では綺麗な体だったミレイユだが、目の前の全身は手術の傷跡だらけだった。炎で皮膚が焼け、あぶり出されたのだろうか。
「ここまでするほど……」
狂気そのものだ。彼女の動機を言い当てたルーシーでさえ、実際に見ても信じられない。
「あなたにはわからないですよ……リュシィ」
苦しげな顔をしながらミレイユが言った。ひきつった笑みを浮かべている。
「資質者となって、局長代理にまでなった。上澄みのあなたにはね」
ミレイユの言葉の最後には、素直な憎しみがこもっていた。
彼女にはルーシーがどう見えているのだろう。ルーシーはミレイユではないのでわからない。
「そんなわけないだろ。うちは問題児だらけなんだぞ」
しかし、柩のことならわかる。
あいつは能力で人を選んだことはない。資質のことなどもっと気にしていないだろう。
調査局は資質者が多いとは言えない。政府機関にはもっと優秀な経歴の資質持ちは山程いたらしいが、柩はそんな人間を求めなかった。
少なくとも、人間が持つ資質や能力を利用しようとは考えていなかったのだろう。
「そうじゃなきゃ、今頃あたしは魔法使いのはずだ」
だからこそ、ルーシーは全く資質を活かせないへぼ調査官のままである。
もう話さないミレイユに手錠をかけ、ルーシーはトーカの元に向かった。
トーカは撃破されたバスティオンの近くにいた。立膝の状態で動かないが、まだ動作しているようだ。
「パロット調査官……無事ですか?」
目が見えていないらしく、こちらがわからないようだ。紫色から元の灰色に戻った瞳は焦点が定まっていない。
「お前……一体何者なんだ」
ルーシーは、この謎めいた局員のことを考えずにはいられなかった。
トーカの顔は柩と似ている気がする。聞き違いでなければ彼女は自分のことを「綺灯花」と名乗った。
「よかった……ご無事で」
トーカは、懐かしさを感じる口調で言った。
いつもの事務的で冷たい言葉ではない。心から安堵したような、そんな柔らかい声色であった。
こんなにボロボロになるまで戦った彼女は、どのような存在なのだろう。
「前に話した通り、私は局長の一部です」
「もっと具体的に言えって」
ルーシーは言う。比喩的な表現ではトーカの正体がまるでわからない。
「私は超存在の心から生まれました。廃棄された機械の体にメテオの因子が宿って生まれた、あの人が捨てようとした寂寥と愛情が形を持ったものです」
「何だって……?」
超存在の心の一部。つまりこいつは、柩の分身体の一つということなのか。
トーカの体から白い炎が出る。肉体を焼き、灰のように変えていく。
「お、おい!」
もう限界のようだ。強がって見えたが、バスティオンとの戦いで負った傷は致命傷だったのか。
それとも、あの黒くなった能力は切り札だったのか。だから、戦力の計算が成り立つまでは使わなかったのだろう。
ルーシーが狼狽している間に、トーカの肉体は崩れていった。
そして、消えゆく体の胸の部分から何かが落ちた。
「これって……」
見覚えのある箱だった。察するに、それがトーカの
それは柩から受け取った新型のMLD端末だった。使わないまま、ルーシーがずっと引き出しにずっと入れていたはずのもの。それが、意思を持ってこんな所まで追いかけてきていたということだ。
(LDC.FILE No.06022000 捜査続行)
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