EP2 イクリプス・レムリア 18 メリッサの調査
ESG内にある健康医療・救護班に務めている医師。それが、ジニー医師が知っている闇LD医の一人であった。
それを聞いた時、メリッサはすぐ納得した。体内型の複雑なLDにプログラミングを施すことができるLD医となれば、最先端テクノロジーを扱える会社のみ。業界でも有数のそれであるエーテル社、その子会社であるESGに行き着くのは当然である。
「それも少し違う。私は施術を行っただけで、プログラムを行ったのはイクリプス研究所だ」
一見するとまともそうな、壮年の医師が言った。
この人物が、ジニーから紹介された闇LD医だ。驚くべきことに、彼こそがアリシアの施術に関わった医師そのものであるらしい。いきなり当たりを引いてしまったというわけだ。
人から見て怖い容貌らしいメリッサがいても、相手は少しも動揺していない。普通の医師のように見えてそうではないということなのだろう。
「メリッサ、ここ来てから爪でも剥がしそうな顔をしてるのにね。しないの? 拷問」
ジニーが茶化してくる。そんな顔をした覚えはないし、そんなことをする気もない。
だが、それなりに気持ちが入っているのは事実だ。メリッサは、引き続きアリシア・ヘイズに施された全てのLD医療ついて調べている。
ノストークのテロ容疑で一度解体されてかなり衰退したとはいえ、ESGは傭兵組織。ここへの潜入には少しメリッサの力を使うことになった。今は、同伴のクエルがここのシステムを調べてくれている。
この先出てくるであろう情報はLD技術、つまりは情報技術に関するものだ。この医師は、あくまでも医術的なサポートをするためだけに必要とされたのだろう。尋問したところでさほど情報は得られない。それよりは、機械に聞いた方がいい。
「ほとんどは傭兵の通常の健康診断のデータばかりだ。一部、違法っぽいLD調整もあるけど……」
端末にある膨大なデータを手早く引き出しながら、クエルは言った。メリッサには苦手な分野なので、見ていることしかできない。
「あった。多分これかな……イクリプス検体A・H。さっきも言ってた、イクリプスって何なの?」
「イクリプス研究所。あんたら知らんのか、人工超存在。イ研はその開発機構だよ」
医師が言う。人工超存在とは、少し前にメリッサが交戦したあれらのことだろう。
六角形の浮遊物体フォルマと、人間型の人工LD術者。後者は直接見ていないが、強敵だったと聞いている。
「そうだ。ヘイズにインストールするプログラムデータはそのイ研が担当していた。中身については何も知らないが」
この医師の話では、イ研はすでに解体され痕跡を消されているらしい。ここにある痕跡はプログラムの一覧だけで、見つけたとしても中身を知ることはできないという。
「……ずいぶん素直に喋るんだな」
「命は惜しいさ。ESGに勤めていて、
三十首。その名を聞いてメリッサは眉をひそめる。今は殺し屋も傭兵も引退しているが、その名だけはいまだに独り歩きしている。
イ研の情報を残しておいたのも、いざという時に交渉材料にするためだろうか。狡猾な医師だ。
だが、べらべらと喋りすぎだ。見てもわからないだろうと高をくくっているのか。そうだとしても、隠蔽を徹底しているストレリチアと関係していた者とは思えない。
こんなにも容易にここに辿り着けたことにも違和感がある。何かおかしい。
急激にストレリチアに関する情報の管理がゆるくなっていると感じる。以前はあれほど慎重だったのに、時間をかければ普通の捜査組織でも犯罪を立証できそうなほどだ。
それだけ、ストレリチアが目的に近づいているということなのだろうか。
その目的とは何だ。人間社会における立場など問題にしなくなるような、とてつもない何かをしようとしているということなのか。
この医師はそれを知っているのかもしれない。だから、こうも簡単に情報を明かす。ジニーの意見ではないが、もっと厳しく尋問して情報を引き出すべきだろうか。
「なんだこれ……人工衛星か何かを制御するプログラムでも入れようとしてたのか……?」
イ研が残した情報を見て、クエルがつぶやいた。
アリシアに記録されたプログラムの一覧表を見つけたようだ。しかし、画面を見てもメリッサには何がなんだかわからない。
「リング、サテライト、オービット、アルカディアの制御……そんな名前のやつばかりだ。アルカディアって宇宙ステーションだよね?」
クエルは説明する。それぞれの言葉の意味くらいはわかるが、メリッサにはちんぷんかんぷんの分野だ。見せられても、困りながらクエルの目を見るしかない。
「……そんなものじゃないわ、それは」
隣で見ていた見たジニーが、珍しく重い声で言った。
ジニーにはこれらの意味がわかるのだろうか。真剣に一覧を眺め、考え込んでいる。
「あれだけの悲劇を引き起こしておいて……まだ……」
ジニーは言葉を続ける。その言葉には、どこか怒りが滲んでいる。
悲劇とは、ヘイズ家がブロッサムで起こした災害のことか。そういえば、ジニーはブロッサムの出身だと聞いた。
その話を聞いたのは、この場所に来る直前のことだ。
時間は少し遡る。数時間前、メリッサのねぐらでのことだ。
メリッサのねぐらは、古いアパートメントの一室である。まず来客などない自分の家に客がいるのは、少し妙な光景であった。
「よろしく」
「何で焦げ臭いんです? お茶はないんで……オレンジジュースですけど」
「ありがとう。名前何ていうの? 体看ていい?」
「クエルです……あの、そういうの私はしないんで……」
ジニーは居間のソファに座り込み、クエルに色目を使っている。メリッサはため息をつきながら、ジニーから受け取ったカルテを出す。
アリシア・ヘイズ、つまりはメリッサが知るあのデリック・ヘイズのカルテ。不良医師であるジニーは、患者のプライバシーがつまったそれを軽々とキス一回で譲り渡すと言ってきた。
「し、したの? キス」
「さて、どうだろうな」
クエルの質問を流しながら、メリッサはそのカルテを詳細に見る。
アリシアは、シュエット家のキメラシステムを使って亡き姉兄の記憶を統合したとされている。カルテにはその施術と調整の記録があるが、欠けている情報も多いことに気づく。
「それはそうよ。私はあくまでもバイオ系の調整担当で、他のいろんなプログラムには関与してないもの」
ジニーは言う。アリシアの体に様々な異物を埋め込む施術をした医師が、まだ他にもいるということだ。
「その医師がどんなやつか、わかるか?」
「技術的に高度なものを持ってる医師ね。たとえば、噂のダリア捜査官が殺した政府の関係者の中にこれをした者がいたかもしれないけど……彼女と連絡を取るの、ほぼ不可能よね」
それがジニーの答えだった。メリッサも聞いたことがある。捜査官でありながら殺人に手を染めた一級のLD犯罪者の話だ。
「よく知っているものだ」
メリッサは言う。ジニー医師は何者なのだろう。
「いとこのデイジーちゃんがあの捜査官と親しかったからね。まあ私は家を勘当されてるから、あまり連絡は取ってなかったんだけど」
そのジニーの言葉に、メリッサは思い出した。
ジニア・バーリング。それが彼女の本当の名前だそうだ。バーリングの姓は、様々な所で聞いた。ブロッサム出身の研究者だ。
つまりジニーは、ブロッサムの出身だったということになる。そんな噂はあったが、本当だったとは。
「お前も失踪の危険があるんじゃないのか?」
メリッサは、感じた疑問を口にしてみた。今回の事件は、ブロッサム人が相次いで失踪することから始まっている。
「さあ? 私、故郷を家出して一人で合衆国に来た不良学生だったから。ブロッサムに興味がないし、むこうから愛想をつかされてるんじゃない?」
ジニーの答えは、呆れつつも納得してしまうものだった。確かに、故郷との繋がりの強さはあの特殊な転移失踪の条件でもおかしくない。
「だからその辺には詳しくはないけど、闇LD医の知り合いなら何人かいる。連絡とってみる? タダじゃないけど」
ジニーは唇に指を触れながら、妖しげに言う。
その方面から探るしかなさそうだ。だが、今メリッサの背後には眠っているシリウスがいる。
「金は払う。二万までなら」
「……まあいいか。じゃあ連絡を取ってみるよ」
ジニーは短い髪をくるくるといじりながら不満げに言った。メリッサが提示した金額は、相場よりかなり高いのだ。
メリッサには傭兵時代に稼いだまともな資金がある。こういう時に使うべきだ。
実は、アリシアのカルテの代金はしばらくアパートに泊めるという条件でチャラになった。キスはしていない。シリウスの機嫌を損ねることはせずに済みそうだ。
しかし、二万ドルの報酬は安すぎたくらいだ。なぜなら、ジニーに紹介された闇LD医こそ、アリシアの施術に関わった医師の一人だったのだから。
「モジュール名を見ただけでわかるの? これが何か」
クエルが驚いた顔で言っている。ジニーに紹介された医師のもとで、メリッサたちはアリシア・ヘイズの体に施術されたものの痕跡を見つけた。
キメラシステムとは関係ない。それよりももっと後、それとは別の施術の最終段階にインストールされた何らかのLDプログラムの痕跡であった。
「ええ。その文字列は、決して他では見ることがないもの」
ジニーは言い、クエルが表示したリストの一部を指さした。
「アルカディア、ブラッドLDの制御……どういうものなんだ?」
クエルが、ジニーに指差されたモジュール名を読み上げる。
ブラッドは血液という意味なので、血中のLDに対するプログラムであることはわかる。しかし、アルカディアが何かわからない。
使われたのはFLDという種類のLDだ。おそらく、フォルマのFだろう。人工超存在に使っていた新型だ。
イ研は、人工超存在だけではなくこれのためにも新型LDを研究していたのだろう。これは、その最終段階の痕跡ということだ。
「そうか……そういうことか。循環器を円環に見立てたんだ。アルカディアの鍵は生物、人間ってこと……?」
ジニーが言葉を続ける。メリッサにはまるで話が見えてこない。
話を聞いて、壮年の医師は顔を背けている。反応を見るに、これは本質に迫った話なのだろう。
「ヘイズ家め……私達の故郷をあれだけめちゃくちゃにしておいて、まだこんな事を……!」
故郷など興味がないと言っていたのに、ジニーの声には気持ちが込められている。メリッサは、ついそんなジニーを見てしまう。
黙ってしまったメリッサたちに気づき、ジニーはこちらに向き直る。
深呼吸をし、ジニーは言う。
「アリシア……いえ、ストレリチア・ヘイズは、時間を歪めようとしているのよ。アルカディアは過去に戻って歴史を修正するための装置。世界にどんな破滅的な影響があるかわからない、禁じられた現実への干渉なのよ」
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