EP1 狼の子供たち 19 セドナの正体

『グレイス。きみはブロッサムコアへの鍵かもしれない。私の全てをかけて、この事実にたどり着けないように因果を閉じる』

 白樺通りでグレイスを助けた白い光は、そう言って王家の猟銃を天にかざした。

 話がわからない。ブロッサムコアとは何だ。グレイスの生まれと関係があることなのか。

『誰もきみの出自にはたどり着けなくなるだろう。きみ自身でさえも』

 全てをかけて。それはどういう意味だろうか。グレイスは心配になり、光へと手を伸ばした。

 止めなければ。そう思った時、倒れた暴徒たちの中から黒い六角形のモヤが出現した。

 人間たちに宿っていた邪悪なものだ。こちらに迫ってくる。

 白い光は瞬時に立ち上がり、輝く光弾を指先から放って敵を貫いていった。

 光弾を逃れた一つの六角形は手のひらで掴み、そのまま握りつぶした。白樺通りが真っ白な閃光に包まれ、六角形がかき消えた。

 残されている力が少ないのだろう。戦いを終えた白い光は、その輝きを薄めていた。

「まさか……あなたまでも消えてしまう……? それは嫌です……!」

『この体は弱った分身体。どのみち、消える運命だ。因果を閉じれば私はこの歴史から排除されるけれど……分身が消えても本体は生き残る』

 因果の操作。当時は知るよしもなく、超存在を知った今のグレイスだからこそわかる言葉だ。

『また会えても、もう私たちはお互いがわからないね』

 分身体と名乗った光は言う。寂しそうな声に聞こえた。

 そうだ。直接現実に干渉するのではなく、ものごとの結果だけを操作する本物の超自然的能力。因果干渉には原理上不可能がない。特定のものや人物に関する記憶だけを選んでこの地球上から消すこともできてしまう。

 その力を、自らの存在を代償に行使する。この光はそう言っているのだ。

『だから、これをあげる』

 言って、白い光はグレイスの額に手をかざした。

 何かが自分の中に流れ込み、額の奥に宿っていく。くすぐったいような、温かいような感触がした。

「……っ!」

 過去の自分の額に指が触れる様子を見て、グレイスはとっさに自分の額に触れていた。

 最近もこうして反応してしまう事があった。額の違和感は、開きかけていたこの時の記憶によるものか?

『“おまじない”だ。私は消えるけれど、これが一度だけきみを救ってくれる』

 その言葉とともに、白い光は更に輝きを増した。

 記憶が急激に閉じていく。

『きみが優しさを持てるように、世界はきっと変わっていくよ』

 そして、まばゆい光に巻き込まれるように暴徒たちの残党が消えていった。

 白樺通りでのつらい戦い。置き去りにされた経験。そういった心の傷に蓋がされ、何もわからなくなっていく。

 因果が閉じ、グレイスにまつわる一つの事実が世界から隠されていく。

 消えゆく光は、最後にこうつぶやいた。

『ごめんね、グレイス』



 この時の記憶は、まだもう少しだけ続いていた。

「少尉、こっちです! 生存者が……」

 遠くから誰かの声が聞こえる。消えかけた意識の中、グレイスは車が近づいてくる音を聞いていた。

「ヘリの連中がしつこく言ってた通りだ。本当にいたのか……しかも、まだ子供じゃないか」

「エルク少尉、彼女は感染しているかもしれません」

「いいや、まだだ。……私と違って、まだ大丈夫。すぐ隕石が来る。早く担架を出しな」

 誰かの声を聞きながら、グレイスは軍のものらしき車両に乗せられた。

「この子もあのゴーストを撃てたんだろう。それで……一人で残ったんだ」

 少尉と呼ばれた軍人が仲間と話している。

「こんなになるまで、たった一人で。私達軍人は何もできないで……こんな子にまでつらい思いを……」

 声が遠ざかっていき、そこでグレイスの記憶は完全に途切れた。



 つらい出来事はあったが、それが原因で記憶を失っていたわけではなかった。

 あの猟銃だ。グレイスの生まれに関係するかもしれないあの手かがりが、因果操作という強大な力によって封印されていた。

 その一部がほどけ、こうしてグレイスの記憶が蘇った。

 記憶が曖昧な期間は、グレイスがあの銃を手にした時から手放した時まで。断片的に記憶が消えていた理由ははっきりした。

 白樺通りの戦いではあの猟銃を主に使った。なら、どう戦ったか思い出せなくて当然だ。

「シリウス、ありがとうございます」

 グレイスは感謝の言葉を述べた。

 グレイスはブロッサムの古い血統に連なる者、何かの末裔だったようだ。どういう意味があるか知らないが、それを知ることができたのはシリウスのおかげだ。

「大切なことを思い出せた。それに、事実に近づけました」

 他の超存在であるシリウスがいなければ、因果操作という高度な封印が開くことは決してなかっただろう。シリウスがいてくれてよかった。

 ブロッサムにはまだ調べるべきことがある。それがはっきりわかった。

 しかし、まだわからないことがある。

 猟銃の記憶は戻った。しかし、あの白い光、分身体と名乗った存在のことははっきり思い出せないのだ。

 グレイスは、もっと過去に彼女に出会っている。

 分身体は、「自分の存在をかけて因果を閉じる」と言った。その言葉通り、歴史から消失してしまったようだ。

 猟銃の記憶とはわけが違い、その存在そのものがなかったことにされている。思い出せたのは、因果閉鎖の起点となったここでの会話だけである。

 まだその存在は遠い。どうすれば手が届くのか。

「シリウス、もっと過去の記憶には……」

 それをシリウスに尋ねようとした時だった。

「みつけた」

「え?」

 シリウスが唐突に言う。どこか遠くを見ている。

「シリウス……?」

「今行く」

 シリウスの声と同時に、電源を落としたようにグレイスの意識がぷっつりと途切れた。



 グレイスは目を覚ました。現実の光景が目に入ってくる。

 放置されてゲームオーバーになった画面がテレビモニターに映っている。グレイスはメリッサのねぐらに招かれ、シリウスと共に眠ってしまったのだ。

「シリウス……! 今のは――」

 グレイスは、隣に座っているはずのシリウスに声をかけた。

 しかし、そこにシリウスはいなかった。ソファには毛布の抜け殻があり、温もりだけが残されている。

「どこへ……」

 窓が開け放たれている。風がカーテンを揺らしている。シリウスはそこから外に飛び出たのだろうか。

 窓に近づこうとして、異様な気配を感じた。グレイスは瞬時にMLD端末を取り出し、拳銃型に変形させて構えた。

「これは……?」

 窓に現れたのは、六角形の物体だった。

 空中に浮遊している。LDの濃い気配。部屋の中に入ってきて、次々と数を増やして迫ってくる。

 覚えがある。この黒い物体が放つ気配。それはまるで……。

 能力を発動して対抗しなければ。寝起きにも関わらず、グレイスの体内のMLDが活性化した。

煌神魔法リヒト元核崩壊フィシオン!」

 グレイスが迎撃行動に入る前に、そんな声が聞こえた。

 部屋の中に入ってきていた六角形が次々と弾け、白い光の粒子になって分解した。それと同時に膨大なエネルギーが放出され、部屋の中が真っ白な閃光に包まれる。

 窓に足をかけ、誰かが入ってくる。

 濃紺色の長い髪。深い藍色の瞳。飾り気のないシャツを身に着けている。この女性が今の魔法を発動したらしい。

 接近してきた気配が一切なかった。まるで瞬間移動してきたようだ。あっけにとられるグレイスの前で、彼女はそのまま部屋に入ってきた。

 六角形の一体が完全に砕けておらず、しぶとく床の上から浮かんできた。

 濃紺色の女性は窓際から駆け、グレイスに近づいていた物体を手で掴んだ。

 最後に残った六角形は白い光によって砕かれ、跡形もなく消え去った。

「なに……が……?」

「あなたはカウンターだから、その素質にフォルマが引き寄せられたんだろう。メリッサと同じでね」

 濃紺色の女性は言った。そして、グレイスに向けて平坦な微笑を投げかけている。

「そうですか……」

 ずっとシリウスのそばに付いていたグレイスには状況がわからない。だが、これが南米で進行していた何かと関係しているのは何となくわかった。

 それと同時に、シリウスが夢の世界から脱出してメリッサの元に行ったというのも。

「それは正確な表現じゃない。シリウスは、んだ」

 言いながら、濃紺色の女性は窓の外を指差した。

 アパートメントの前の道路にシリウスが立っている。その前には、跪いた格好のメリッサがいた。

「メリッサ……!」

 グレイスは思わず声を出す。メリッサはこちらに気づき、驚いた顔をした。

 何が起きたのか。説明をそのまま信じるなら、遠くにいたはずのメリッサがシリウスの力によってこの場に呼び寄せられたということだ。

「ここの所、ずっとシリウスが眠そうにしていた理由だ。不調ではなかったんだ。シリウスは未来を視ていた。メリッサに降りかかる未来の危機を感知して、最も適切なタイミングで手元に引き寄せたんだ」

 濃紺色の女性が説明する。まだよく飲み込めない。

 シリウスの不調の原因は未知のLDテクノロジーによる通信波だと推測されていた。その話は、シリウスの護衛を依頼してきたメリッサから聞いていた。

 事実は違う。その逆だった。

 シリウスの側がトーラスの通信ネットワークを無意識にハッキングしていたのだ。因果の糸を張り巡らせ、未来のメリッサの危機にトーラスが関係あると知った。だから、ずっとネットワークを監視していたのだ。

 その副作用として、トーラスのサービスはスペック以上の性能を示していた。一体いつからそうなったのかわからないが、シリウスの無意識によってネットワークが強化されていたのだ。

 そう、意識してのことではない。生存に特化したシリウスの神核が因果を感知し、自動的にこのような因果干渉を行ってみせた。

 眠気も異常なネットワーク速度も、原因はトーラスではない。すべて、シリウスから発せられていたことだったのだ。

「生存に特化した干渉とはいえ、こうもあっさり因果の糸をたぐるなんてね。まさに超存在。ラスボスと呼ばれるにふさわしい」

 濃紺色は言う。シリウスは、そんな力まで使って何を視たのか。

 そんなのは一つしかない。メリッサに関することだ。

 シリウスは無意識に未来を見通す存在。その目で、メリッサの脅威になる何かを見つけたのだ。

 それがフォルマ。ここにも出現した六角形の人工超存在だ。

 フォルマは将来、メリッサの体を狙ってくる。しかも、それまでは狡猾に姿を隠している。シリウスはその未来を察知し、全神経をトーラスのネットワークに集中して時を待っていたのだ。

 メリッサが一人になり、力を使って弱くなる瞬間。そこを狙ってくる悪意。メリッサの幸福を脅かすものが、シリウスにはずっと前から視えていた。

 その時がまさに今であった。

 全ては本能的な、しかし高度に計算された反応だ。もしかすると、シリウスはフォルマがこの世界に生み出されるよりも前からこうなることを無意識に予期していたのかもしれない。

 濃紺色の女性の説明で、グレイスにもようやく事態が飲み込めてきた。

 だがそんなことより、まず言っておくべきことがある。

「あなたは……柩、ですよね。どうしてこんな所にいるんです」

 グレイスが指摘すると、濃紺色の女性は少し意外そうな顔を見せた。

「おや……こんな姿なのによく見抜いたね」

 濃紺色の女性は、姿を変えないままその指摘を認めた。

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