EP1 狼の子供たち 12 フォルマ
まだ途中だというのに、局長の命令で捜査が続けられなくなった。
「確かに手がかりはねーけど、ここで中止はないだろ」
ルーシーは、通話をつなげている上司の柩に文句を言った。
『中止とは言っていないよ。ただ、今トーラス社のビルに近づくのは許可できない。危険だからね。グレイスに怒られたくはないし』
「なんでグレイスの名前が出るのかわかんねーけど……ヤバいのか。お前がそう言うってことは」
ルーシーは言う。気に食わない上司だが、柩は理由もなくこんな命令を下すことはない。
全ての捜査を中断し、トーラス社の付近から捜査員や民間人を遠ざけよ。それが柩の命令だった。
『みんなを避難させたまえ。それがきみの最優先任務だよ』
柩は淡々と言った。こういう言い方をする時は人命に関わるケースが多い。従うしかないだろう。
殺しの捜査そのものは市警が担当しているので、退去させられるかは現場調査官の働きにかかっている。これは、現場レベルで人脈を築いているルーシーにしかできないことだ。
『それと、できればオックスリーの自宅を調べてくれないかな。そっちで銃撃事件があったとか』
柩は最後にそれだけ言い、通話を切ってしまった。
いつもの軽い口調ではあるが、お約束のようなルーシーへのからかいがない。深刻なのだろうか。
「あいつ南米にいるんじゃなかったか……?」
ルーシーは疑問を口にする。柩はやけにこっちの事情に明るい。外国にいるのにこんな指示を飛ばせるのは、超存在である柩らしいと思う。
「埒があかない。トーラス・ロペスを問い詰める」
メリッサは調査に限界を感じ、そう言い放ってトーラス社へと向かった。
先程、一度ヘイズに電話した。情報を得ると同時に弾薬の補給を行い、すぐに戦える状態になっている。
ヘイズに聞いたところ、やはりあのフォルマにはオリジナルSLDが使われたかもしれないという。
SLDならカウンター弾が効く。エーテル社から、あるだけ持ってこさせた。
実はもっと気になる情報もあったが、あれこれ考えるより知っている人間に聞くのが一番早い。ここからは、小細工なしでまっすぐに社に向かう。
メリッサの後には、この件で妙に鉢合わせている自称研究者のセドナがついてくる。
「……危険だぞ」
「心配してくれるんだ? 大丈夫、自分の身は守れるから」
メリッサの忠告に対し、セドナはそう返してきた。
トーラスに対しては多少乱暴な問い詰めも考えている。相手はマフィアであり、下っ端とやり合うことになるかもしれない。
セドナは見た目より体力があり、足も速かった。だが、戦えるタイプには見えない。普通の人間とは違うが、LD術者のような気配がほとんどない。
セドナという名前も本名ではないだろう。結局、彼女は何者なのだろうか。
電気通信技術に詳しく、人工超存在の情報も持っていた。フォルマの開発に関わった研究者のように匂わせていたが、その話すら本当なのかどうかわからない。
「あなたこそ、どうしてここまでするの? 愛ゆえのこと?」
セドナは興味本位のような態度で質問してきた。
「お前には関係ないことだ」
「つれないことを。ここまでの腐れ縁じゃあないか!」
メリッサの答えに対し、セドナは白々しく言った。
この天真爛漫な態度に嘘はないと感じる。感情を読むのが得意なメリッサにとっても掴みどころがない相手だ。
「でも、覚えておいて。人工超存在は危険だ。あれはかつて、ブロッサムで悲劇を起こした暴走LD体に似ている気がする」
セドナは、突然真面目な口調になり言った。
「何……?」
初めて聞く話に、メリッサは思わず聞き返してしまう。
「ストレリチアは、何年も前にもこういうものを作っていた。メテンプリコシスなLDシステムを作ろうとして失敗し、暴走して他人を襲うだけのものになってしまった」
ストレリチア・ヘイズの名前を知っているのか。メリッサはまずその点に驚いた。
LDに群がる有象無象の企業にはたどり着けない人物だ。政府に近い組織ですら、ストレリチアの所在や実体を全く把握できていない。
それを知っているとは、本当に何者なのかわからなくなる。
「弾薬を補給してそれでいいような顔をしているけれど、過信は禁物だ。あなたの体だって、万能ってわけじゃない」
セドナは最後に、ビルを目前にしたメリッサに言う。
「それに、あなたは一人きりしかいないんだ」
ビルの様子は前と変わっていない。しかし、不気味に静まり返っていた。
まだ昼間だというのに人の気配がなさすぎる。人払いでもされたようだ。
メリッサは違和感を覚えた。以前訪れた時はこんな風ではなかった。
ビルに近づくと、上の階の窓に人影が見えた。
趣味の悪い派手なスーツを身につけた人物がこちらを見ている。その人物から、LD術者らしき気配が漂っている。
「あれが、トーラス社の社長のトーラス・ロペスだよ」
横に並ぶセドナが言った。メリッサの目当ての人物だ。
いるなら話が早い。あそこまで上がっていって、必要な情報を吐かせるだけだ。
メリッサがビルに向けて歩いていくと、エントランスに人の群れが出てきた。
スーツを着たビジネスマンたちだ。どう見てもただの会社員であり、マフィアには見えない。
目線はメリッサを向いている。手には鉄パイプやバールを持っており、敵対の意思が明確だ。
「操られた一般人だ。さて、どうするの?」
セドナが言う。彼女を信用するのは考えものだが、その言葉はメリッサの直感と一致していた。
ビルの前に立ちふさがっている大勢は一般人。傷つけてはいけない存在だ。メリッサは取り出したオートマグナムを会社員の一団に向け、躊躇なく発砲した。
メリッサが放った弾丸は、会社員の一人の耳元をかすめた。
ショックを与えたが、催眠から覚める様子はない。GLDによる催眠の場合、弱いものならこういったショックで目を覚ますこともある。
簡単な催眠ではないらしい。面倒そうだ。
「……やむをえないな」
メリッサは言い、銃をしまった。その様子を見てセドナがきょとんとしている。
「どうするの?」
「教える気はない。怪我をしたくないなら近づかないことだ」
セドナの問いを切り捨て、メリッサはポケットから出した包帯を両手の拳に巻き付けた。
お互いにゆっくり近づいていく。ビルの前にある道の中央付近まで来た時、最初の一人が持っていた鉄パイプをふりかぶった。
その瞬間、メリッサは踏み込んで会社員の顔面に拳打を放った。
踏み込みから拳打まで、一瞬の出来事だった。会社員は気絶し、そのまま崩れ落ちる。続けて襲ってきた他の傀儡たちには、アッパーを当て、回し蹴りを放ち、裏拳を食らわせ……次々と意識を刈り取っていった。
銃を持っている敵がいた。格好から見てトーラス社のチンピラだろう。メリッサに銃を向けて発砲してきた。
メリッサは拳を構えた姿勢をほとんど変えないまま、親指の爪を硬質化させて腹部に向けられた弾丸を上方に弾き飛ばした。
すぐ接近して銃を奪い取り、鳩尾に一撃入れて射手を倒した。そうして、メリッサは数分で全員を叩きのめした。もう誰も立っている者はいない。
操られている対象は一般人かチンピラだ。こちらが素手だとしても、敵ではない。しかも都合がいいことに、ビルの周囲には全く人がいない。一般人に暴行するメリッサの姿を目撃した者はいないはずだ。
「……!」
その時、ビルから音もなく弾丸が飛来した。
弾丸はメリッサの首に命中した。高速小銃弾で、発砲音を察知することができなかった。
正確な狙撃だ。メリッサの血飛沫が通路のタイルに飛び散った。
「……っ」
傷は一瞬で治癒した。脳幹の近くにある神核の防衛反応によって、黒く硬質化した血液が結晶のように体外に突き出る。
結晶は、メリッサの首元に突き刺さった杭のようだった。軽い暴走治癒だ。体を守るために過剰反応している。
神核の鼓動を抑えなくてはならない。意識から防衛本能を遠ざけ、メリッサは呼吸を取り戻す。
落ち着いたメリッサは邪魔な結晶を引き剥がし、狙撃が来たビルの窓を睨んだ。
狙撃手と思われる誰かがビルの中に戻っていく。その傍らには、表情なくこちらを見下ろすトーラスの姿があった。
「……今、近づくな」
「ん?」
メリッサは背後にいるセドナに声をかけた。狙撃があったのに意に介さず、セドナは緊張感なくその場にしゃがんでいる。
硬質化した血液の一つを拾って観察しているようだ。マイペースなセドナに構っていられない。メリッサはそのまま商業ビルの中に入る。
相変わらず薄い気配だが、メリッサが動くとセドナも背後からついてくる。
「いやいや、お見事だった。私もカラテならおうかなぁ」
セドナが言うが、メリッサは無視する。
エレベーターが止まってしまっているので、メリッサは正面ホールの広い階段で二階に向かった。
二階にはカフェテリアがあり、広いスペースがある。そこにも何人も人間がおり、メリッサを待ち構えていた。
無視してもよかったが、上にも敵がいて囲まれでもしたら面倒だ。メリッサはカフェテリアに入っていき、そこにいる全員を倒した。
建物の中心に近づいた時、突然不気味な気配が湧き上がった。
人々の背中から何かが抜け出て、六角形の物体となって空中に現れた。メリッサはとっさに引き金を引いた。すると、弾丸は音もなく跳ね返ってきた。
ノードビルの時と同じだ。それを気にせず、メリッサはなおも射撃を続けた。
通常弾による様子見だ。反動の強いオートマグナムを連射する。何発も弾丸が跳ね返ってくるが、メリッサなら被弾しても別に問題ない。
メリッサの腕、胸、額にマグナム弾が直撃する。痛みはあるが、瞬時に硬質化する皮膚を貫通することはない。
拳銃弾の弾速ならメリッサの動体視力で容易に視認でき、硬質化防御できる。メリッサに不意打ちを食らわそうと思ったら、先程の狙撃のような高速弾の遠距離狙撃が必要だ。
執拗に射撃を続けていると、分身の一つが粉々に砕けた。
試してみるものだ。反射には限界があるらしい。
反射できないタイミングを見計らい、メリッサは対SLDカウンター弾に切り替えた。特効というほどではないが、通常弾よりは明らかに効き目が認められた。
やはりSLD。シリウスの血液だ。それを確信し、メリッサの心に怒りが沸き起こった。
メリッサはいくつものフォルマを砕いた。だが、あっさりと壊れた六角形のかわりにすぐ別の六角形が出現する。
それだけではない。さきほど倒した人間から次々と六角形が出現し、全てがメリッサの前に迫った。
弾丸を費やし、一つずつ破壊していく。そのたびまた新しい六角形が音もなく空中に生み出され、メリッサに近づいてくる。
「ちっ……」
どうやら、ほとんどは分身体のようだ。気配が薄い。どこかに本体があるのだろうか。
これまでの行動も含め、慎重なやつだ。もしフォルマに意思があるなら、かなり臆病な性格に思える。
増えたフォルマは瞬間移動しながら迫ってくる。移動しながら、床を削り取って破壊している。人間が接触すれば、肉が削り取られるのだろう。
階段の方向は塞がれた。背後は大きなガラス張りの壁面だ。飛び降りてもいいが、空中でうまく迎撃できなければ体を食われることになる。
増えながら近づくフォルマは、まるで訓練の的のようだ。射撃精度には自信があるが、これだけの数を捌き切るのはメリッサでも難しい。
弾が足りない。甘く見ていたつもりはなく、手に入るだけの武器を持ってきた。それでも不足だというのか。
一度撤退するか。それとも、奥の手を出すか。
だが、この状況で「あれ」になれるかは賭けである。
確実にするためには仲間の支援が必要。しかし、他に手はないか。
トーラスがいる今は好機だ。多少強引でも突破したい。メリッサは、懐からメモリーチップを取り出した。
手のひらに収まる長方形の棒状のものだ。こぶりなナイフほどの黒く薄いボディ。軍用規格にも匹敵する頑強な外殻の中に、厳重に封印された記憶領域を持つデバイスである。
それを使おうとした時、すぐ横から声がかけられた。
「さて、そろそろ手を貸したほうがいいかな?」
背後にいたはずのセドナだ。隣にまで進み出てきていた。
フォルマの分身体が近づいてくる。前に出ては危険だ。体内に瞬間移動されれば怪我ではすまない。
「ふざけている場合か」
わかっていないのか。そう思って、メリッサがセドナを制止しようとした時だった。
セドナは背後のガラスの壁に軽く触れた。すると、ガラスが粉々に砕けて大きな穴が開く。
何をしたのかわからなかった。セドナはメリッサの手をひき、その穴から飛び降りた。
あっけにとられていたメリッサは、そのままセドナと共にビルの外へ落ちていく。
フォルマの分身体が追ってきた。落下する二人の速度よりも速い。追いつかれる。
「
その時、セドナが魔法名を叫んだ。
あおむけに落下していくセドナの体からLD術者の気配が増大し、伸ばした手から干渉波が感じ取れた。詠唱するセドナの声とともに、空中に濃紺の炎がいくつも出現した。
それは槍のように変化し、フォルマの分身体に向けて殺到していく。メリッサの射撃よりも広範囲をカバーするその魔法攻撃は一定の効果を見せ、分身体の接近を押し留めた。
メリッサは脚部を強化、そのまま地面に着地した。セドナもまた、何事もなく地面に着地した。
「さ、今のうち」
セドナは言い、退却の意思を示した。
安全な場所に移動したところで、メリッサはセドナのこめかみに銃をつきつけた。
「どういうつもりかな?」
セドナは言う。銃を向けられているのに少しも動揺した様子を見せず、さわやかな笑みを浮かべた顔のままだ。身動きせず、横目でメリッサを見てきた。
「お前は何者だ」
メリッサは言う。先ほど、彼女が使っていた魔法はガイアのもの。ノストークで似たような技を見たことがある。
つまり、セドナはGLD術者だということだ。
それだけではない。術を使った時、奇妙な気配がした。
正体が知れない存在、セドナ。ずっと感じていた不自然さが明確になった。
彼女が、ただの研究者のはずがない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます