EP2 the Conflicting Buddy 8 続・噛み合わないふたり
「あんた、あんまり役人っぽくないな」
若い刑事は言いながら、署内から防弾チョッキを探してきてくれた。
「……そうかもな」
ルーシーは短く答え、それ以上は何も言わなかった。
署内は騒ぎになっているが、不自然なほど署に近づく者がいない。一つ先の通りからはにぎやかな声が聞こえるのに。
GLDによって人払いされているとしか考えられない。警察署の付近だけでなく、前のハンバーガー店にも人の気配がない。若い刑事もさすがにこの異様な空気に気づき、こちらに任せる気になってくれている。
通信遮断といい、襲ってきている敵は用意周到だ。今もずっとこちらの動きを待ち構えているに違いない。
「しかし、ありゃどういうんだ? ただの兵隊じゃないようだが」
刑事は、ルーシーと同じく防具の準備をしているフェル准尉を遠巻きに見ながら言った。
「あたしみたいな半端者とは違う。それは間違いないね」
ルーシーは答えた。
フェルは特殊任務を与えられるようなエリート兵。士官ではないのに、それに相当する准尉の階級を持っている。いち警官だったルーシーとは本来は縁がなかっただろう。
フェルは準備した大きな盾を軽々と持っていた。ルーシーには少し重く感じるものだ。
警察で使われる中で最も高クラスのバリスティック・シールド、防弾盾だ。敵がいるハンバーガー屋の二階からロビー中央まではおよそ二〇メートル。その距離の小銃弾ならこの盾でなんとか防げるが、相手がもっと高火力の対物兵器でも持っていればお陀仏だ。
「信じてくれ。あいつもあたしも命がけだ」
ルーシーが言うと、刑事は「見りゃわかる」と言って両手を振った。
「被弾すんなよ。足手まといになるから」
ルーシーは先導するフェルに言う。フェルにはLD資質がない。要救助者を増やすマネはしないでほしい。
「寝言を言うな。お前こそ油断して頭を抜かれるなよ」
フェルは強気に答える。こんな奴だが、フェルは実戦経験豊富なエリートだ。一人で行くより心強いのは間違いない。
「少しでも無理だと思ったら引き返す。いいな」
「それでいいよ。行こうぜ」
準備ができた。ルーシーは盾を手に持ち、倒れている刑事の方を見た。
警察署の正面ロビーは外から丸見えである。電波妨害の影響で応援は頼めない。狙撃手が狙う中、あそこまで行かなければならない。ほんの数メートル先の、しかし今は遠い距離だ。
出血している刑事を救うには、一刻も早く助け出さなくてはならない。
LD弾を被弾してあの場に釘付けになっている刑事を引きずってきて救出し、弾丸を摘出する。それがルーシーに課せられた使命だ。
盾で全身を隠しながら移動する。まず、フェルが先導して敵の前に姿を晒していく。
狙撃があった。弾丸はフェルの盾に当たった。
フェルには問題なさそうだ。防ぐことができている。
だが安心はできない。弾丸がどんなものかは未知だが、わずかでもLDが付着すればフェルは盾を持てなくなり、危険に晒される。
悠長にしている時間はない。ルーシーもすぐに後に続き、倒れた刑事に接近していった。
敵はさらに弾丸を連射してきた。ルーシーの盾にも被弾した。フェルの盾にさらに何発か命中し、ある瞬間にフェルは盾を動かせなくなった。
やはりLD弾だ。フェルの盾に破片が付着したに違いない。
フェルの判断は早かった。フェルは倒れてくる盾をすぐに捨てて素早く飛び出し、警察から借りた短機関銃で反撃しながら走り続けた。
敵がいる位置を見極め、ハンバーガー店の二階の一つの窓にきっちり集弾させていた。
走りながらなのに見事な射撃精度だ。日頃ルーシーの腕をけなすだけのことはある。
「急げ二等兵!」
フェルは叫んだ。相手から応射がくる頃には、フェルは反対側の通路へと逃げおおせていた。
その間、ルーシーとて見物していたわけではない。移動を続け、目的の場所にたどり着いていた。
息があるか確認する暇もない。ルーシーは中年刑事の服を掴み、重い盾を構えながら戻っていく。途中何度か盾に弾を当てられたが、じきに射撃は止まった。
高純度LDは限られた量しか手に入らない貴重品だ。無駄撃ちを避けたと見える。
そのまま、ルーシーは無事に刑事を安全なところまで引っ張ることに成功した。
「はあ……はあ……っ……ざまあみろってんだ……」
息切れしながらルーシーは言い、すぐに刑事の容態を見た。
呼吸はある。だが出血が多く、顔は青白い。
まだ終わっていない。弾丸の摘出もまた、ルーシーにしかできないのだ。
弾丸は刑事の脚部に命中している。傷跡自体は小さく見えた。
だが、
ルーシーは器具を使って傷口の奥を探した。すると、幸運にもすぐに弾丸を発見できた。
弾丸は壊れずに原型を留めていた。侵徹時に砕けていれば摘出は厄介だったろう。
内部に仕込んだLDを破損しないよう、威力を抑えた軽量の弾丸を使ったようだ。これなら取り出しやすい。ルーシーが破片をえぐり出すと、刑事の体は他の人間にも動かせるようになった。
「ふーん、なんとかしちゃったんだ。ちょっと期待したんだけどなぁ」
突然、クレインの声がルーシーの頭上にかけられた。
配管に拘束されていたはずのクレインがいつのまにか近くに寄ってきていた。どうやら壁の配管をつたって近づいたようだ。器用なことをする。
「黙ってろ……」
ルーシーはクレインを睨み、低い声で言った。
ルーシーとフェルがやられて自分が救出されることを期待していたのだろうか。その思考回路を想像し、嫌悪感を覚えた。
「ほら。私ここだよ。迎えにきてってば!」
その一瞬、クレインはロビーの方に顔を出した。
「バカ……やめろ!」
ルーシーは叫び、とっさに外を見た。ハンバーガー店の二階の窓、何かがきらりと光る。
フェルが機転をきかせ、近くにあった電話帳をクレインに投げつけた。電話帳はクレインの頭に当たり、のけぞらせる。
同時に銃声がし、クレインの額のすぐ横を弾丸がかすめた。
「へ……?」
クレインはきょとんとした顔で外を見た。ルーシーは盾を持ちつつ、飛び出たクレインを廊下へと引き戻した。
「何で……私が……?」
クレインは何が起きたかわからない様子で言った。だが、ルーシーには薄々わかっていた。
襲撃者は、クレインを助けになど来ていない。
助けるためなら操った警官に鍵を持ってこさせただろう。クレインはLD術者だ。手錠の鍵を外してやれば脱出は自分でできる。
爆薬なんてものを用意したのは別の目的があるからだ。壁を爆破しようとしたのは、狙撃する穴を開けるためだったのではないのか。確実に殺すために。
敵は何者なのか。ルーシーは盾ごしに外を見た。すると、誰かがハンバーガー店の裏手から通りに出ていくのが見えた。
「あいつは……」
ルーシーは、その姿を見て驚いた。
短い栗色の髪を隠しもせず、バイオリンケースのようなものを持って去っていく人物だった。見覚えがある後ろ姿だ。
狙撃銃を扱う技術。LD適正。そして、LD術者を抹殺しようとしたこと。ルーシーは、そんな条件に当てはまる容疑者を一人しか知らない。
それにあの姿だ。間違いない。狙撃者は、ダリア・クロス元捜査官だったのだ。
ダリアは人が多い通りへと逃げていく。やがてその姿が見えなくなる。
「待てよ……!」
ルーシーはダリアを追い、警察署の外に飛び出した。
「待て二等兵、危険だ!」
背後からフェルが追ってくる気配がある。まだ外が安全かわからないと言いたいのだろう。
その心配はない。ダリアは群れないので、今回も単独犯だろう。GLDで操った警官を使ったのがその証拠だ。
「お前はクレインを見てろ!」
ルーシーは叫び、署の外に飛び出ていく。
ダリアは大勢の市民を危険に晒す存在だ。捜査局遭遇調査部時代の上司で、今はLD犯罪者。市民を守るべき捜査官でありながら犯罪者に堕ちた裏切り者だ。
逃がすわけにはいかない。絶対に追い詰めてやる。そう思いながら、ルーシーは人混みの中に入った。
「くっそ……どこ行きやがった」
追いかけてたどり着いた場所は大きな交差点広場。道が分岐している上、とりわけ大勢の人間が闊歩していた。
交差点はひどい騒ぎだった。事件が起きているわけではない。新年を祝おうとする人々が押しかけているのだ。
もうあと数時間で一九九八年から一九九九年に変わる。浮かれた格好の市民が行き交う中、白い吐息を吐きながらルーシーは周囲を見る。
「先走るな」
その時、追いついてきたフェルがルーシーの袖を掴んだ。
追いかけてきたことに驚いた。聞けば、クレインの監視は一般警官たちに任せてきたらしい。
警官たちには、絶対に特殊手錠を外さないように言い聞かせてきたという。真面目そうなフェルが持ち場を離れるとは思わなかった。なかなか大胆なことをする。
「ダリアがいる。見つけないと……!」
ルーシーは言う。来てしまったものは仕方がない。協力してもらおう。
「ダリア・クロスが……? そうか」
名前を聞き、フェルも周囲を見回し始める。
ダリアは筋金入りの反LD派。危険人物だ。最初から抹殺するためにLD犯罪者のクレインを襲撃してきたのだろう。
「気をつけろ尻尾。あいつはこの中からでも撃ってくるような奴だ」
ルーシーは言う。そうは言いつつ、さすがのダリアもこんな人混みの中で狙撃銃を扱うリスクを負わないと信じたい。
「そうらしいな……応援を待っている暇もなさそうだ」
フェルは言いながら、ルーシーと背中合わせになる。そうやって交差点の真ん中に陣取り、周囲三六〇度を見渡してダリアを探す。
見つからない。交差点には人が大勢出ていて、とてもこの中から発見できそうにない。
「……埒が明かん。お前は動かず待っていろ」
フェルはルーシーの背中で言い、その場を駆け出した。
「え?」
その言葉の意味を聞く前に、フェルは走り去っていく。そして、交差点の中にある派手な装飾がされた車の一台に飛び乗った。
「バカ、危険だ! 降りろ!」
ルーシーは叫ぶ。高い所から見渡して探すつもりなのか。格好の的だ。それがわからない奴ではないはずなのに。
市民たちは飲んで騒いでおり、車に乗ったフェルに気づいていない。
フェルは周囲を見回した後、ルーシーの方を向いた。
そして唐突に、ある一方向を指差した。
「――――」
「何だって……!? おい!」
ルーシーは叫ぶ。フェルが何か言っているようだが、周りがうるさすぎて聞こえない。
『あとは頼んだ』
フェルの口の動きはそう言っていたように見えた。一体どういう意味だ。
その次の瞬間、交差点に銃声が響いた。
フェルが車の上でよろめいた。そのまま車から落下していく。
石のように落ちたフェルは、横断歩道の縞模様の上に倒れた。血だまりが広がっていく。
銃声を聞き、その様子を見て、周囲の人々は言葉を失った。
その直後、交差点は一気に悲鳴にまみれた。先程まで楽しそうに騒いでいた群衆は、蜘蛛の子を散らすように走り去っていく。
「おい……! しっかりしろ!」
ルーシーはフェルに駆け寄って抱き起こし、声をかけた。
「九時の方向……ダリア・クロスがいた。早く追え」
フェルは意識を保っており、かすれた声で言った。
「できるかよ。お前、LD弾を食らってるだろうが……!」
フェルの体から生暖かい血が流れ出ている。腕に一発食らったようだ。
「それでも……任務が優先だ。ふふ……ダリアめ……これで足止めのつもりだ。甘かったな」
言いながら、フェルはしてやったというような笑顔を浮かべていた。
「笑ってる場合かよ……!」
ルーシーは言い、フェルの服を破いた。左腕の傷を確認する。
「覚えておけ二等兵。兵隊は撃たれるものだ」
フェルはルーシーの目を見て言った。
そんな理屈、くそくらえだ。放置すれば誰もフェルを助けることはできない。無資質者では、弾丸を摘出することも動かすこともできないからだ。高い確率で死ぬだろう。
「まだ間に合う……奴を追え、パロット調査官……! 今回だけは従え……!」
傷が痛むのだろう。フェルは絞り出した声で言った。
「嫌だね」
ルーシーは強い意思を込め、フェルの言葉に答えた。
「何だと……! このまま逃がすつもりか……なぜ
フェルはルーシーの返事に怒り、睨みながら服を掴んできた。
「あたしは軍人じゃない、警察官だ!」
ルーシーはフェルの目線を受け止め、確固たる意思で答えた。
「見捨てない」
ルーシーは断言する。フェルを見捨てていくことはできない。
ダリアは放置できない犯罪者だ。しかし、今追えば逃げ惑う市民がフェルのかわりに撃たれることになりかねない。
ここは戦場ではない。この町を戦場にはしない。ルーシーは自分の信念に従う。
もしグレイスなら、自分が決めたことに迷わないはずだ。
「噛んでろ」
ルーシーはフェルの口に手を入れてから、フェルの腰からナイフを抜いた。それで弾丸を摘出するのだ。
「ぐっ……!?」
フェルは軽い力でルーシーの手を噛む。それだけで痛みに耐えていた。
二回目なので慣れたものだ。弾丸は摘出できた。傷口からは、やはり同じLD弾が出てくる。
横たわっているフェルの傷口を縛って止血する。これでひとまずは安心だ。
そう思っていた時、人々の悲鳴が大きくなったように感じた。
逃げていく人々が大きく道を開ける。その空間に、こちらを向いているダリアの姿が晒された。
「え……?」
逃げたとばかり思っていた。逃げるどころか、ダリアは狙撃銃を構えて堂々とこちらを見ていた。
油断していた。ルーシーは無防備だ。
民衆は銃を持ったダリアの姿に驚き、ざわめいている。忘れていた。ダリアは常軌を逸した犯罪者なのだ。LD技術の存在自体を激しく憎悪するダリアは、執念深く対象を付け狙う。
今この場には、まさにルーシーというLD資質者が存在するではないか。
ルーシーは思い出していた。以前、風が流れる草原でこんな体験をしたことを。
その時の狙撃手もダリアだった。後でそう聞いた。
ルーシーは一度心臓への狙撃を経験した。あの時は銃声と同時に意識が飛び、次に目覚めた時は病院にいた。
蘇生処置を受け、奇跡的に助かったらしい。だが、あんな奇跡はもう起きないだろう。
ダリアが引き金を引くのが見える。
そして、交差点に再び銃声が響き渡った。
『それは、させない』
ルーシーの耳に声が聞こえた。
聞くだけで心が落ち着く声だった。ルーシーはこの声を知っている。
ルーシーはまだ生きているらしい。銃声がした方向を見る。すると、空中に弾丸が静止している様子が見えた。
強い力で空中に縫い付けられている。首元につけていた調査局のMLDバッジから重力波が発生し、弾丸を押し留めているようだ。
どういうことだ。ルーシーはこんな干渉術を使うことはできない。
ダリアはルーシーに向けて二発目を撃ってきた。だが、その弾丸も全く同じように食い止められた。
『誰にも傷つけさせない』
再び、グレイスの声がバッジから聞こえた。
間違いない。これは、彼女がやっていることなのだ。
「嘘だろ……」
ルーシーは思わずつぶやいた。
グレイスは、こんな小さなデバイスを通じてはるか遠くから重力干渉能力を行使してみせた。そして、危険な狙撃を防いでみせたのだ。
できるという自覚があった。ルーシーの危険を察知した時、グレイスには彼女の周囲が少し見えたのだ。
もともとそんな機能を搭載していたわけではない。調査局のMLDバッジには非常通信機能があるだけで、こんな使い方は想定していない。
初めての試みだった。しかしこの瞬間、ルーシーの周囲にある現実に干渉できるということがグレイスにはわかったのだ。
「く……」
少し無理をした。そのせいで頭痛がする。また体内のMLDネットワークが拡大して、痛みを発している。
ルーシーの危機が感知できた。グレイスが構築している反射的防衛機能が、バッジを通じてルーシーの周囲にも及んでいたのだ。
その結果、狙撃防御の重力波が発動した。遠隔地にも関わらずだ。
想定外だが、好都合だった。ルーシーへの狙撃など二度と許す気はない。
彼女には家族がいる。聞く限り、きっと温かい家族なのだろう。
温かい家族がいる家は、グレイスにとってはまだ遠い世界のようだ。だから、来ないかと誘われた時はつい躊躇してしまった。
だが、それでよかったのだ。調査局の任務には危険がつきまとう。グレイスがやるべきことは、ルーシーの家族に招かれることではない。一般市民や同僚を守れる強さを身につけることだ。
自分を受け入れてくれると言った人のためなら、いくらでも自分の体を捧げていい。グレイスはそう思う。
久しぶりに会ったメリッサも以前と気配が変わり、少し普通の人間からかけ離れつつあると感じた。きっと、ふりかかる危険から誰かを守るためだ。
そして今、グレイス自身も襲われている。
「どういう敵か……!」
グレイスは目の前の存在に呼びかける。人間のように見える相手だが、返事はない。
こちらも襲撃を受けている真っ最中だ。相手はSLD変異体らしきもの。形は人間そのもので、ノストークで見た動物じみたものとは違う。
動きも異なる。まるで誰かが直接操っているかのように、極めて人間的な動きをする。それに、統率がとれている。
黒い影のような人型変異体がグレイスに銃を向ける。グレイスは手に持ったカードを投げた。迫る弾丸は空中に投げたカードに跳ね返り、射手の元へと戻っていく。
グレイスはまだパーティ会場にいる。銃を持ち込めなかったので、持っているのはMLDカードと現実干渉だけだ。
跳弾が命中すると変異体はあっさりと崩れる。脆い敵であった。
変異体としては今までで最弱に思える。だが不測の事態だ。油断ができない状況である。
他の階の状況はどうなっているのだろうか。メリッサとは別れ、柩とはぐれてしまった。彼女らなら心配はいらないだろうが、参加者の避難が終わった今は合流を急ぎたい。
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