軌跡

長野パラリンピック

 いよいよパラリンピックが間近に迫り、パラリンピアン情報をメディアで取り上げられる事も多くなった。ある新聞記事に昴のこんな言葉が載っていた。


「悲劇のヒーローみたいな取り扱いは絶対にしないでほしい。ヒーローって言葉は歓迎するけどな(笑)。

 八年前は健常者のバスケで銅メダルを獲った。自由に動ける身体だった。四年前はイスバスで銀メダル。足は使い物にならなくなっていたけど、イスバスの中では自由に動ける身体だった。そして今回はイスバスの中でも不自由な身体で金メダルを目指している。

 健常者のバスケの中でも、自由と不自由を味わい、イスバスの中でも自由と不自由を味わい、おかげで色んな視野で色んな楽しさを見出せた。八年前の何一つ不自由の無い身体で、傲慢な自分のバスケをずっとやっていたとしたら、決して見えなかった物だと思う。

 こんな風にバスケ、イスバスを色んな角度から楽しんで、追求出来た人って他にいないんじゃないかな? 

 長野では、オレは試合に出場出来るか分からないけれど、出来る事は全てやり切るって決めてるんだ。勿論試合に出られるように頑張るよ。

 それから、人間の寿命とかってある程度決められちゃってるから、若くして命を落とす人は可哀想って思われるけど、寿命だって個人個人で違うのが当然って思えばどう? 例えばセミとかさ、一日しか咲かない花とかさ。彼らが可哀想かと聞かれたらそうは思わないだろ? その寿命を哀れに思う事なく生を輝かせてるだろ? それでいいと思うんだ。

 だからオレも自分の人生を最高に輝かせたいんだ。

 今、オレは日常生活でさえ、沢山の助けが必要で、助けてくれる人達がいるから生きていける。そんなオレが出来る事はイスバスしかないけれど、大好きなイスバスをやるオレの姿を見て、自分も頑張ろうって思ってくれる人がいたら、最高に嬉しいよ」



 に合った。昴の手や心臓が動かなくなる前に、長野パラリンピックが始まった。昴は日本チームのローポインターとして十二人のメンバーの中に入っていた。

 練習しても練習しても出来なくなっていく事が沢山ある中で、出来る事を探し、出来る方法を探り、諦めずにここまで辿り着けた。

 スピードは無いが車椅子は漕げる。ドリブルもまあまあ出来る。腕は上には上がらないがパスは独特のやり方を編み出していた。アンダーパスのようなフックパスのような奇妙なパスをノーモーションでやってくる。それには昴ならではのトリッキーさがある。ただ、試合モードで動ける時間はせいぜい五分。それも毎日出来るわけではない。日によってはまるで動かない時もある。

 そんな状態を「間に合った」と言って良いのか分からないが、その身体でも何とかメンバー入り出来ているのだ。

 コートに立った時には、以前のように自らがボールを支配して動き、チームを動かしていくスタイルではなくなったが、チームのポイントに繋がる動きを作り、チームを引っ張っていく力は変わらない。ベンチにいても大きな声で檄を飛ばし、指示を出し、選手を励ます。

 やはり、昴はチームになくてはならない存在なのだ。


 海斗は故障に悩まされながらも、現役最後のゲームを悔いなく終えるべく、ベテランらしくしっかりと調整し、ベストに近い状態に仕上げてきた。

 柊斗はグングン力を付け、頼れるシューターに成長した。スリーポイントの成功率は今や世界一とも言われている。

 柊斗の他に二名、四年前には無かった新たな若い力が加わり、ベテラン勢も自国のパラリンピックに奮起し、チームの士気は高く、何よりも四年前の悔しさをぶつけるべくここに乗り込んできている。


 下馬票では、昨年の優勝チームであるアメリカがやはり優勝候補ナンバーワンであるが、日本にもチャンスがあると見られている。四年前と同じようにこの二カ国が決勝を戦うのではないかと予想されている。

 昴の出番は中々回ってこなかったが、パラリンピックが始まってからのインタビューや試合を見守るベンチでは四年前と変わらない突っ張った態度と、元気な姿をいつも見せていた。体調は日替わりで手が殆ど動かないような日もあったが、全く弱みを見せていない。

 昴は予選の二試合にそれぞれ五分ずつ出場し、会場は大歓声に包まれた。四年前の動きを思い起こせば、昴の今の身体は痛々しく、やるせない思いが沸いてくるが、何よりも昴本人が生き生きと、変わらぬ情熱を持って挑んでいる姿は、観る者達を熱くさせた。


 予想通り、アメリカと日本は予選リーグを全勝で勝ち上がり、四年前と同じように危なげなく、トーナメント決勝で顔を合わせる事となった。

 アメリカチームは四年前と多少メンバーの入れ替わりはあるが、マイケルを中心とした高さが武器のチームに変わりはない。

 一方、日本チームは勝敗の鍵を握る中心人物が、ず抜けたスピードとテクニックを持つ昴から、正確なロングシュートを武器にする柊斗へと大きく変わっていた。ポイントガードの海斗は全く異なるそれぞれの良さを、相変わらず上手く引き出しながら、自らも得点を重ねていく。


 準決勝で勝利し、銀メダル以上が確定した日、試合後のインタビューで昴が言った。

「明後日の決勝で、勝って金メダルを獲れたらやってもいいよって、お偉いさんが許可してくれた事があるんだ。コート上で日本チームみんなでやる事。何をやるかはお楽しみ。勝って必ずやってみせるから、みんな精一杯応援してくれよ」と。

「昴選手の出番がありそうですか?」という質問に対してはこう答えていた。

「体調に波があるから今は何とも言えない。だけど明後日出場出来るように、決勝トーナメントは出場する事なく出来るだけの調整をさせてもらってきてるから、出場出来るといいな。オレが必要だったら出番が有るし、必要無かったら出番は無いってだけの事で、チームの為にオレは最後まで出来る事をやり切るよ」と。

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