第9羽 明日への涙
『
それは、歴代トリ娘たちの最終目標であった対岸到達を達成したディスタンス部門だけではない。
実は滑空部門でも、ウイングノーツが飛んだ後に吹いてきたわずかな風を受けて、『求道者』ミモアグルーヴが『ミス・トリ娘』トーワが持っていた大会記録を更新。さらに『トリックスター』ハマーがそれを上回る大会新記録で逆転優勝を果たしていたのだ。
まさにトーワが言及した新時代の到来を告げるかのような連日の展開に、観客だけでなく参加したトリ娘たちも興奮に包まれた2日間だった。
その予熱は、翌日会場から帰る最中のスカイスポーツ学園のバスの中でもまだ続いていた。……ある一角を除いて。
「みんな〜元気だそうよ〜」
「無事終わったんだからさ〜、打ち上げ打ち上げ!」
クラウドパルが周りのクラスメイトにかわるがわる声をかけていた。ひたすら落ち込んで突っ伏しているバートライアに、腕を組んで黙っているマエストロ。ウイングノーツも窓の外を見たまま何かを考えている。
「元気出せって言われて出せるもんじゃないでしょ……」
マエストロがぼそっとつぶやく。
40メートル代の記録だったウイングノーツとクラウドパルに対し、マエストロは20メートル。バートライアに至っては落ちた場所がプラットフォームの真下だったため正確に距離が計測できず、『計測不能』という記録がつけられてしまった。
四人組の最高記録が初出場で滑空部門のウイングノーツという事態に、ディスタンス部門の二人は頭を抱えていたのだった。
「アンタもそれほど飛べなかったはずなのに明るいわよね」
やがて、マエストロが諦めたようにクラウドパルに話しかけた。
「あたし?あたしは、飛べて嬉しかったからいいの〜」
「……ああ、アンタはそうだったわね」
あっけらかんとしたクラウドパルの返答に、マエストロは肩を落としてつぶやいた。
「どういうこと?」
二人のやりとりが気になったウイングノーツが窓から向き直りながら尋ねると、クラウドパルが話し始めた。
「あのね、気づいてたと思うんだけど、あたし生まれつき尾羽が無いの。だからそもそも飛べないって昔から言われてて」
動いている車中にも構わず立ち上がって、軽くお尻を振るクラウドパル。確かに一緒に練習していて尾羽が無いのは気付いていたが、これまで普通の人間の中で育っていたせいか違和感が無かったので気にも留めていなかった。
「でもこの学園に入って、青葉さんにトレーナーになってもらって、まだ完璧じゃないけど翼とバランスだけで体をコントロールしながら飛べることができるようになってきたの。だから大会で飛べる機会をもらえるだけでも嬉しくって」
「そっか。ゴメン、変なこと聞いちゃって」
謝るノーツに、
「全然〜」
と、クラウドパルは明るく応えた。
「もう卒業しちゃった先輩の話なんだけど〜、尾羽が無いのに両翼のコントロールだけで滑空部門を優勝した人がいるんだよ。フォームもすっごくキレイで、あたし何度も何度もその人のフライトを見返したりしてたの。それでね、だからね、あたしはそれをディスタンス部門でできたらいいなって思ってるの。その人は260メートル飛んだから、まずはそれを超えるのが目標」
「……パルちゃんはすごいね」
まだ出会ってから1ヶ月少しとはいえ、チームメイトがどんな想いでトリ娘コンテストに取り組んでいたのかを初めて知って、自然にウイングノーツの口から感嘆の言葉が漏れた。
「ううん、ノーツもすごいよ〜。初出場でもあたしたちの中で一番飛んでるもん。上手く粘ってたし。青葉さんだってあの状況なら上出来って言ってたじゃん」
「そう言われてもね……」
「ほらまた暗くなる〜」
ブーたれるクラウドパルに、マエストロが声をかけた。
「まぁ、そっとしておけば?いろいろ考えることがあるのよ。……私だけじゃなくてね」
◆
学園に戻ると、その日の夜には一昨日と昨日のトリ娘コンテストの模様がテレビで放映された。
2日間の長丁場のため全てを中継することはできないが、近年の人気上昇を受けて大会終了後から間を置かずに編集された大会結果がゴールデンタイムで放映されるようになったのだ。
放映終了後、自分のフライトの部分の録画を繰り返し再生して研究しているシャイニングスタァの邪魔にならないように、ウイングノーツは携帯を握って静かに部屋を出た。
「あ、ばぁちゃん、久しぶり。元気?」
階段の踊り場の隅で岩沼のばぁちゃんに電話をかける。
「ああ、テレビ観だよ。しっかり顔まで映ってで、ばぁぢゃん嬉しかった」
久しぶりのばぁちゃんの声に、ウイングノーツは気持ちがフッと楽になったのがわかった。
「うん、でも思ったようには飛べねで、17位だった。距離も、44メートルで」
そのせいか、話しているうちに、これまで胸の下に抑えていた悔しさがだんだん込み上げてくる。
「短い間でも頑張ってきたんだんでも、やっぱり難しいね」
「んだっちゃ。でもおめはよぐけっぱった」
いつもの温かい声が、目を溶かしていく。
「最初なんだがら、これだけ飛べれば上出来ってみんな言ってくれるんだ。……でも、もっと上手くできたんでねかって。……こうすればよがったんでねかって。……そう思うと悔しくて」
最後は涙声になって、ウイングノーツはそれ以上喋れなくなってしまった。
ばぁちゃんはしばらく黙ってノーツの嗚咽を聞いた後、落ち着いたところでポツリと話し始めた。
「……大丈夫だっちゃ。……おめは大丈夫だっちゃ。おめが今泣いでるのは、本気でやっだがらだ。本気でやっだがら泣げるんだ。本気で取り組んでねぁー人はなんぼやったって泣げるわげがねぁー。泣げるづーごどは、一生懸命やった証拠なんだっちゃ。おめはよぐやった」
ばぁちゃんの言葉に、無言で何度も頷きながらノーツは顔を上げた。
「胸張れ。回ってはいだんでも、真っ直ぐ落ぢもせず綺麗さ飛んでだ。商店街のみなも応援してだし、沢城の店行ってみなで見でだ。ノーツ飛ぶ姿見で喜んでだよ。
変わらぬノリの商店街の人たちの様子が目に浮かぶようで、涙の残ったウイングノーツの顔が綻ぶ。
「立派でねぁーが。こごからだ。こごがらもっと飛んでいげばいい。ばぁちゃんたちはいづでも応援してっからね。がんばらいん、ノーツ!」
ばぁちゃんの激励に頷いて、ノーツは一つ深呼吸をした。ありがとう、みんな。
「ばぁちゃん、ありがとね。……あのね、テレビでも観たと思うけど、ディスタンス部門で琵琶湖の向ごう岸まで飛んだ人がいだの。
すごい大変そうだったけども、すごい距離飛んで、綺麗に着水して。……それ見て思ったんだ。アタシも本当はこうなりたいんだって。こう飛びたいんだって。
正直、編入前はどちらがっていうとやりやすそうだがら滑空部門選んで応募してた。確かに限られた条件で技術極める戦いだがらおもしろいんだげど、実際に飛んでみて、自分の本当の気持ちがわがったの。
やっぱり自分の持ってるものを全て使って、行げるところまで飛んでみたいって。その方が自分にあってそうだって、終わってがらこれまで考えでたんだ」
「だからね、ばぁちゃん」
ウイングノーツは羽先で涙をぬぐってから、一旦遠くを見据えて宣言した。
「――アタシ、ディスタンス部門で対岸目指すよ」
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