第二十話 苦情


「ブツブツ……」


 アセンドラの都、救助者ギルド長の部屋にて、豪華な椅子に座ったライルが独り言を呟きながら宙を睨むように見据えていた。


(……大丈夫、大丈夫だ。おそらく……テッドのやつはなんらかの力に目覚めたんだろうけど、だからってあの異次元の監獄から生きて帰って来られるはずがない。必ず、絶対にくたばってくれるはずさ……)


「しかし、遅いな。あの男からの報告はまだなのか……ブツブツ……」


「よろしいでしょうか、ギルドマスター様」


 そこで扉のノック音と受付嬢の声が室内に響いた。


「その声は、ノルンか。今は忙しいから一人にしてくれ!」


「そういうわけにもいきません。大変です」


「な、何があったというんだ?」


 苛立った様子でライルが扉を開けると、大量の書類を抱えた小柄なミドルヘアの受付嬢が入ってきた。


「ノルン、なんだそれは……!?」


「ギルド協会に届けられた、救助者ギルドに対する苦情の報告です。これを見逃すようでしたら、ギルドの解散も視野に入れなければならない事態に陥るかと……」


「バ、バ、バカなっ……。い、一体うちの誰に対する苦情なんだ!?」


「主に遺言伝達係のエルチャー氏に対しての報告で、それを選んだギルドマスター様に対しての苦情も入っております……」


「ゆ、遺言伝達係のエルチャーだと……?」


 目を見開くライル。エルチャーとは、つい最近になってテッドの代わりに選んだ人物だった。


「こんな短期間にこれだけの苦情が入ったというのか……」


 ライルが書類をパラパラとめくると、それをノルンから強引に奪って床に叩きつけてみせた。


「な、何をなさるんですか!?」


「エルチャーをクビにして、新しいのを選べ! 今すぐだ!」


「で、でも、これで三人目ですよ? テッド氏が一番、遺言伝達係に適していらしたのに……」


「……おい、ノルン。今、僕に向かってなんて言った?」


「テッド氏がもっとも適任だと言いました。指輪の件にしても、私見ですがあの方は盗んでいないと思いますので、呼び戻していただけると助かるのですが。それが気に入らなくて私をクビにすると仰るのでしたら、どうか今すぐにでもなさってください」


「くっ……もういい、わからずやが! とにかく、やつを呼び戻すなどありえん! 応急処置としてクビを挿げ替えろ! わかったな!?」


「承知いたしました、ギルドマスター様。どうなっても知りませんが……」


「一言多いぞ、とっとと失せろ! クソクソクソッ……!」


 受付嬢のノルンが去ったあと、真っ赤な顔で椅子を蹴り上げるライル。


 まもなくドアがノックされ、彼は血眼で扉を開け放った。


「失せろと言ってる――!」


「――ギ、ギルドマスター?」


 ライルの前に現れたのは長身の青年だった。


「あ……ヘ、ヘルゲンか、遅いじゃないか……」


「申し訳ない」


「それより、テッドのことを知りたい。やつは今どうなってる? 早く死んだことを知らせて僕を安心させてくれ」


「それが……どういうわけか、やつはFエリアで既に二度喧嘩で勝ち、囚人たちの尊敬を集めているそうで……」


「な、な、なんだと……!? それは本当なのか……?」


「間違いないかと……」


「だ、だが、たかがFエリアだし、喧嘩で勝ったのもただの偶然だろう。テッドなんかが生き残れるはずがない。そもそもあいつの加護は戦闘に向いて――」


 ライルは言い終わる直前、監獄前の篝火に飛び込んだテッドの姿を思い浮かべる。


『――ライル……俺はお前を絶対に許さない。首を洗って待ってろ。必ず帰って来て、この手で断罪してやる……』


「や、やめろおおおおおおおぉぉっ!」


 両手で頭を掻きむしりながら狂ったように叫ぶライル。


「ギルドマスター、どうか気を確かに」


「うるさい黙れええええぇぇっ!」


「シェリアが近くに」


「え……? シェ、シェリアだって? どこだ? どこにいる?」


 ヘルゲンの言葉で、ライルがはっとした顔で周囲をきょろきょろと見回す。


「嘘も方便というやつで、シェリアはいない。お許しを」


「ヘ、ヘルゲン、お前えぇ……」


「ギルドマスター、興奮してテッドを罵る今の姿をシェリアに見られたらどうするおつもりか? 今までの苦労が水の泡になることを理解しておられるのか!?」


「うっ……」


 ヘルゲンのあまりの剣幕にライルがたじろぐ。


「……わ、悪かった。僕がバカだったよ、ヘルゲン。君がそこまで僕のことを思ってくれてたなんて……」


「テッドを抹殺するまではあくまでも同盟関係ということで」


「そ、そうだね。ヘルゲン、これからもテッドの様子を定期的に知らせてくれ。それと、監獄内の様子もこっちから見られるように早くしてほしい」


「了解。例の水晶玉を監獄内にも設置するよう、私のほうから働きかけを強めていく所存だ。それでは……」


 ヘルゲンが立ち去り、ライルが鬼の形相で宙を睨みつける。


(テッド……早く死ね。頼むからさっさと死んでくれ。お前の居場所はもうどこにもないんだよ。シェリアは僕だけのものだ。テッド、お前なんかには渡さないぞ。必ずお前が監獄で惨めにくたばる姿を、この目に刻みつけてやる……)

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