第十二話 一石二鳥


「食堂で喧嘩発生だぁ……? 囚人番号97のアントンだったか、間違ってたらおめー、わかってんだろうな!?」


「わ、わかっておりますじゃ……!」


 食堂へ繋がる廊下を、対照的な二人――看守の巨人族キルキルとアンデッド族の小柄なアントン――が歩いていた。


「い、急がないと、キルキル……いえ、看守さん……」


「馬鹿か、おめー。廊下は走っちゃいけないって決まりがあんだよ。それに、急がなきゃいけないほどあっさり決まるしょうもない喧嘩なら、面白くもなんともねーし見ても意味ねーだろうが」


「た、確かに……」


「それより、囚人番号97、私は食事中だったんだよ。もし喧嘩が起きてなかったら、わかってんだろうな?」


「え、えっと……?」


 カタカタと震えるアントンに向かってにんまりと笑う看守キルキル。


「ただお仕置きするってだけじゃ腹の虫がおさまらねえから、おめーを丸ごと鍋に入れてシチューの出汁にしてやるってのはどうだ……!? 一石二鳥だぜ!」


「あ、あひいぃ……」


 蛇に睨まれた蛙の如く動かなくなるアントン。彼らが食堂に到着する気配は今のところまったくなかった……。




 ◆ ◆ ◆




「て、てんめえ、本気でこの俺に勝てるとでも思ってんのか……?」


「ああ、勝てると思ってる」


「……み……身の程知らずってんのはこのことだなあぁ。いいだろう、てめえの望み通り、ズタズタにして殺してやる……」


「やるにしても、看守が来てからがいいだろ」


「看守なんか待つ必要はねえ。てめーみたいな雑魚に勝っても嬉しくもなんともねえからよ……。看守が来る前に一気に片付けてやる……」


「俺のことが怖いのはわかったから、とっとと来い」


【鋼鉄の意思】を纏った俺の言葉に対し、モヒカン頭のジャックは目を剥いた。


「じょっ……上等だあああぁぁぁっ! 死ねオラアアアァッ!」


 やつが片手で椅子を持ち上げ、棒切れを振り回すが如くガンガン連続で殴りつけてくるが、今の俺にとっては頭を軽く小突かれる程度で全然効いてなかった。


【腕力50%向上】の加護があってもこの程度か。まあそれもそのはずで、俺の加護【思念収集】で集めた思念【鋼鉄の意思】の効果が物理耐性100%上昇だからな。


「なっ……!?」


 それから少し経ってようやく異変に気付いたらしく、モヒカン頭がぽかんとした顔になった。


「な、なんで……なんで効かねえんだ……」


「怖いか? ジャック。まるであのときみたいだな」


「あ、あのときだと……? ななっ、なんのことだ!?」


 怯んだ表情を覗かせたやつに対して、俺はニヤリと笑ってみせた。


「今の俺にはグランの魂が宿っている……。だから俺にビビって逃げたお前の哀れな姿を鮮明に覚えているんだ……」


「う……うわああああぁぁぁっ!」


 気が狂ったようにジャックが雄叫びを上げたかと思うと、椅子やテーブルを持ち上げて俺に投げつけてきたが、それまでと状況が変わることはなかった。


「……ぜぇ、ぜぇ……ば、バカな……なんで、そんな……」


「…………」


 やつは信じられないといった様子で後ずさりしていく。いくらやっても体力が削れるだけで無駄だとようやく理解できたんだろう。


 ここで追撃してもいいが、今倒しても意味がないのでアントンが看守を連れて来るまで待つことに。


「――テッドオォ……! お待たせじゃあぁ……!」


「お……」


 まもなく、アントンが看守のキルキルを連れてきてくれた。でも、なんかいつもより骨が青白いように見えるのは気のせいだろうか。


「さあ、看守が来たから今度はこっちの番だ、ジャック……」


「ぐっ……チ、チキショウめがああぁ……!」


 少し休んだことで体力が回復したのか、やつは元気に殴りかかってきた。今度は素手だが、当然ダメージがあるはずもない。


「うらあぁあああああっ!」


 ジャックは目潰し、金的まで果敢にやってきたが、ダメージはまったくなかった。まさに【鋼鉄の意思】が体に乗り移ったのだから当然だろう。


「はぁ、はぁぁ……な……なんなんだよ、こいつ……ほ、本当に人間なのかよ……」


 やつは酷く疲れた様子で声を震わせていたが、それでも戦意喪失とまではいかず眼光は鋭いままなんだからさすがだ。


 よく考えてみたら、ここは最凶最悪の異次元の監獄といわれているだけあって、屈強な犯罪者ばかりのはずだし、俺もそう思われてもおかしくないんだよな。


 それが得体のしれない恐ろしさを孕んでいるように見えたのか、ジャックはこちらの想像以上に疲弊している様子だった。


 ただ、スピードの代償が俺の考えたより遥かにあって、いざ殴ろうと手を出そうとすると冗談かと思うくらい遅かった。


「へっ、なんだよ、そういうことか。アホみてえに頑丈な分、てめえはスピードが糞遅いってわけだ。あのグランの親友なだけあって同類の木偶の棒だな……」


 ジャックのやつ、本当にわかりやすい男だな。これで引き分けにできるとでも思ったのか。


「いや、待て。スピードはあるぞ?」


「へ……? ごがっ!?」


 余裕ぶったジャックの顔面に俺の拳がもろにめり込み、やつは白目を剥いて倒れた。まあ、普通に至近距離から思いっ切り殴ったらこうなる。


 どんなからくりがあるのかというと、【鋼鉄の意思】を解除しただけなんだ。だから緩急にもなり、余裕でヒットしたってわけだ。


「「「「「ワーッ!」」」」」


 周りから大きな歓声が上がったので周囲を見渡すと、アントンと看守のキルキルがこちらに向かって笑顔で親指を立てているところだった。これで一勝できたし、グランの仇を取れたしでまさに一石二鳥だったな……。

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