Ⅳ 新天地の都(2)

 一方、その頃。クルロス達の向かう副王宮殿の大広間では……。


「──ドン・ハーソン、魔導書『黒い雄鶏』の護送任務、まことにご苦労であった」


 豪勢な黄金の玉座に座す、銀糸で織ったスラッシュ(※切り込み)装飾入りプールポワンに赤のキュロット、焦茶のベレ(※ベレー帽)を被る痩せ型の中年男性が、眼下の者達に労いの言葉をかける。


「ハッ! ありがたきお言葉、恐悦至極に存じあげます」


 そのお言葉に、一段低い大理石の床で跪くハーソン達三人は、うやうやしくもこうべを垂れて、その労いへの返事とする。


 クルロス達同様、ヒミーゴを訪れたハーソン、エラクルス、メデイアの羊角騎士三人は、この本国の王宮にも見劣りをしない美麗な首都の宮殿にて、副王アンルイス・ド・ベラドーサに謁見していた。


 無論、道中、希少な魔導書を護衛するため、ヒミーゴにはその他大勢の団員達ともどもやって来たのであるが、さすがに全員で副王に拝謁するわけにもいかず、団長のハーソンと陸戦隊隊長のエラクルス、それに魔術担当官のメデイアが代表として来ているという次第である。


「ふむ。これが例の『黒い雄鶏』か……」


 その褐色の肌に黒髪をオールバックに固め、立派な口髭を生やしたいかにもなエルドラニア人大貴族は、傍らの小型テーブルの上に置かれた黒い革表紙の本を手に取ってみせる。


「で、ハーソン。我らがこの魔導書を用いて何をなさんとしているのか、そなたはその目的を存じておるか?」


 眉をひそめ、真面目そうな顔つきで魔導書の表裏をひっくり返して眺めながら、副王アンルイスは続けてハーソンに問う。


 その表情からも覗い知れる通り、エルドラニア王と帝国への忠誠心が非常に高く、たいへんに勤勉実直な人物であるというのが彼に対する世間の評価だ。


「いえ、枢軸会議からはヒミーゴへの護送の命しか受けておらず、詳しいことまでは……」


「そうか。ならば、この者の口から直接説明を受けるとよい。本件・・の統括を任せてあるコンキスタドール(※冒険家にして先住民の征服者)、フランデス・デ・コールドバーラだ」 


 そんな、まさにヌエバ・エルドラーニャの統治者に相応しきアンルイスの質問を受け、畏まったハーソンが正直にそう答えると、副王は魔導書から顔を上げ、傍らに立つ人物の方を視線で指し示した。


「お初にお目にかかります。今回、黄金都市探索隊の隊長を任されることとなったフランデルと申します。以後、お見知りおきを……」


 それは、30代半ばくらいの、カーキ色のジュストコール(※上着)に、やはりカーキのオー・ド・ショース(※膨らんだ半ズボン)を身につけた長身の男だった。


 褐色の肌に黒髪・黒目の典型的なラテン系で、黒髪をオールバックになでつけている。〝コンキスタドール〟というだけに、がっしりとした探検家に相応しい体格をしており、口に生やしたチョビひげが、どこか山師のような印象も与える人物だ。


「黄金都市?」


 フランデスという者の人となりも気になるところだが、それよりももっと気にかかるその単語をハーソンは聞き返す。


「左様。お三人も聞いたことぐらいはございましょう? この地の原住民に伝わる〝黄金郷伝説〟を」


 怪訝な顔をするハーソンに、フランデスは我が意を得たりとばかりにその言葉を繰り返した。


 黄金郷伝説……それは、新天地に住む原住民達の古い先祖が、遠い昔、「すべてが黄金でできた街に住んでいた」と云う伝説である。


 その街は、いにしえの時代に彼らを支配していた神にも近しい偉大なる王によって築かれ、神殿や王宮はおろか、庶民の家も道も、何もかもが眩い黄金でできているのだという。


 だが、その王朝が滅ぶとともに黄金都市も打ち捨てられ、幾星霜の内に忘れ去られると今も新天地の密林ジャングルのどこかにひっそりと眠っている……というのが、原住民の間で語り継がれる黄金郷伝説のあらましだ。


 近年、富を求めてこの地へやって来たエルドラニア人をはじめとするエウロパの入植者にとってもたいへん魅力的な話であり、広く知られた伝説であるためにハーソン達も耳にしたことくらいはある。


 しかし、そんな夢のような話、多くの理性的な者達は眉唾だとはなから疑ってかかっているし、もし仮にそれが本当だったとしても、その街がどこに存在したのか? まったくその手がかりは伝わっていないので見つける術がない。まさにフランデスのようなコンキスタドール達がこれほどまでに探検していても、いまだ痕跡すら見つかっていないのが何をか言わんやである。


「その黄金都市を、この魔導書『黒い雄鶏』を使って探し出そうというわけですよ。この本に書かれた通りに育てあげた〝黒い雌鶏〟は、術者を財宝へと導いてくれますからな」


 ところが、そんなハーソンらの疑問に答えるかのようにフランデスは続ける。


「我らエルドラニアが原住民達の帝国を征服した当初、王宮はかなりの黄金製品で溢れていたと聞きます……が、それ以降、めぼしい量の黄金は発見されていません。きっとどこかにまだ眠っているはずなのです。伝説の黄金都市は、必ずやこの新天地の密林ジャングルの中に存在しています!」


「銀は鉱山開発で充分手に入れることができるようになったが、金の方はまだまだだからな。ゆえにこの黄金都市探索計画が持ち上がったと、ま、そういう次第だ」


 さらにフランデスの言葉を受けて、副王アンルイスが「なぜ、白金の羊角騎士団に『黒い雄鶏』を運ばせたのか?」、その理由についての話をまとめた。


「なるほど。それでわざわざ陽動作戦までして王都から……にしても、そのようなサント・メイアー修道院図書館の奥深くに秘蔵されていた稀少な魔導書、よくそれを用いることに思い至りましたな」


 確かに今や新天地は、戦費のかさむエルドラニアを支える経済的基盤。それは新天地枢軸会議も出張ってくるだろう……今回の手の込んだ護送の理由に納得しつつも、ちょっと思う所のあったハーソンは、そう言って探りを入れてみる。


「なに、このフランデスはもと魔法修士・・・・でな。魔導書には精通しておる。ゆえに彼を本件の責任者に任命したのだ」


 ハーソンのその質問には、フランデスではなく副王自らがそう答える。


 魔法修士……それは、修道院で神に仕える生活をしていることに変わりはないが、魔導書の研究を専門にしている修道士のことである。魔導書の所持・使用を禁じる禁書政策がとられる中、彼らは特別にそれが許されている存在の一つだ。


 このフランデスというコンキスタドールは、どうやらその魔法修士崩れであるらしい……。


 副王のその答えに、ハーソンは「ああ、なるほどな…」と得心がいった。


 おそらく、この作戦を副王や枢軸会議に持ち込んだのはフランデス自身であり、そうして作戦ごと自分も売り込んだのであろう。もしかしたら、そもそもが魔法修士時代に『黒い雄鶏』の持つ特性を知り、それを利用して立身出世に役立てようと、還俗してコンキスタドールになったのかもしれない……。


 黄金都市を発見した暁には、その何割かを彼がもらう約束なのか? あるいはその功績に対する恩賞として、エンコミエンダ(※一定数の先住民の保護義務と労働力として使う権利を与える制度)の認可をもらうつもりなのか……いずれにしろコンキスタドールになるような者は、そんな強欲な野心家ばかりだ。


「まあ、そういうわけで、そなたら羊角騎士団に『黒い雄鶏』をここまで運んで来てもらったという流れなんじゃが……ついでにもう一つ、そなたらに頼みたいことがある」


 内心、いろいろと考えを巡らすハーソンに対して、副王はアンルイスはさらに続ける……。

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