厄災戦争 毒を制すは戦法

 

 神聖皇国と聖王国の間に位置する巨大な洞窟。


 あまりにも巨大すぎるが故に人の手が入ることなく放置され続け、魔物の温床となっていた洞窟に異物が混入していた。


 “死毒”ヨルムンガンドと“毒王”バジリスク。


 似た二つ名を関するこの二体の出現によって、この洞窟内の魔物達の運命は決定づけられた。


 「“死毒”ヨルムンガンドだね。僕と似た名を持つ厄災級魔物。お会い出来て光栄だ」

『僕の方こそ、出会えて光栄だよ。まさか人の言葉を話せるとは思わなかったけど』

 「それは僕も同じこと。人の言葉を発するのは体の構造上難しいが、こうして筆談できるとは予想外だった」


 見るからに“毒を持っています”と言わんばかりの紫色の肌と、カメレオンのような見た目。


 見る人によっては吐き気を催す程不気味な姿をしたバジリスクと、巨大なムカデであるヨルムンガンド。


 竜種でありながら竜種の見た目では無いこの二体は、お互いに親近感が湧きつつも決して油断することは無かった。


 今はこうして和やかに話しているが、少しでも隙を見せれば殺られる。


 そう確信しているのだ。


 「なぜ貴方がここに?」

『分かりきっているでしょう?僕は君を殺しに来た 』

 「........なるほど。アドムが言っていた障害か。しかも、相手は僕と同じ“毒”を操る厄災級魔物。相手にとって不足なしだね」

『君じゃ僕の相手は役不足だけどね』


 見えすいた挑発。


 バジリスクは少しだけ目を細めるが、その挑発にわざと乗る。


 自分がこのような状況に陥っているという事は、仲間もヨルムンガンドのような敵と戦っているのだろう。


 ならば、早めにここから抜け出して助けに行かなければ。


 そう判断したのだ。


 「安い挑発だけど、乗ってあげよう。だが、その挑発は高くつくよ?」

『言ってろバーカ。雑魚に構っているほど、僕も暇じゃない』


 さらに挑発を重ねるヨルムンガンド。


 彼も、できる限り早くシルフォードの助けに行きたいのだ。


 「........」

『........』


 静寂。


 数多の魔物が住まう洞窟の中で、誰一人として声をあげない。


 否。


 声を上げてはならない。


 周囲にいた魔物達は本能で察しているのだ。


 ここで声を上げたら殺されると。


 そして、声を上げずとも殺されると。


 だからこそ、静かに逃げる。


 だが、その魔物たちの中の一体が近くにあった壁に触れた時、壁が僅かに崩れて音が鳴った。


 ガラッ


 そしてその音は、戦闘開始の合図となる。


 「毒の王キングポイズン

死毒デッドポイズン


 刹那、毒が洞窟内に充満し、その場にいた魔物達が死に絶えた。


 王の毒と死の毒。


 お互いの毒がぶつかり合い、空気中にまで毒が汚染する。


 今この瞬間、この洞窟内は例え厄災級魔物であっても耐性がなければ即死する死の洞窟へと成り代わった。


 「チッ........!!押し切れない」

『強い毒だ。これに耐えられる生物なんて........結構いるか』


 押し切れないと判断したバジリスクは、一旦ヨルムンガンドから距離を取ろうと後ろに飛び退く。


 しかし、ヨルムンガンドは読んでいた。


 バジリスクがどのような動きを行うのか。


 ここ10年ほど規格外すぎる人間と過し、遊びとはいえ戦ってきた。


 そのお陰か、バジリスクの動きが手に取るように分かってしまう。


『その動き、待ってたよ』

 「........っ?!」


 飛び退いた先に尻尾を出したヨルムンガンドは、バジリスクが逃げるよりも早く尻尾を奮って叩き落とす。


 純粋な毒勝負だと思っていたバジリスクからすれば、この攻撃は完全に予想外。


 人間に叩き落されるハエの様に無様に叩きふせられ、洞窟内を転がる。


 「........卑怯な」

『卑怯?戦いに卑怯もクソもないよ。それで言ったら、僕達の団長さんは卑劣になっちゃう。後、足元大丈夫?』

 「?!」


 ヨルムンガンドの忠告、バジリスクはその言葉に釣られて自分の足元を見る。


 しかし、そこには何も無い。


 ただの普通の地面があるのみ。


 「........?」


 首を傾げるバジリスク。


 だが、ヨルムンガンドが目を離してしまった。


『ウ・ソ♡』

 「なっ──────────ガベッ!!」


 ヨルムンガンドは自分から視線を外した一瞬の隙を逃さず、バジリスクに向かって突進を繰り出す。


 元々体格が団員の中でも大きいヨルムンガンドの突進だ。


 その一撃は、確実にバジリスクにダメージを与える。


『団長さんと戦う時、よくこの戦法を使われるからね。それにしても、自分の思い通りに事が進むのは気分がいいね』

 「ゴホッ........ガハッ」

『ほら、足元注意』

 「........っ!!」


 再び警告。


 しかし、先程と同じ轍は踏むまいとヨルムンガンドから目を離さないバジリスク。


 今度はヨルムンガンドの言う通り、足元が留守になってしまった。


『僕に意識を向けすぎ』

 「........ゴベッ?!」


 地面から尻尾が飛び出し、バジリスクの下っ腹を思いっきり殴り飛ばす。


 バジリスクは洞窟の天井に叩きつけられると、そのままゆっくりと落ちていく。


『だから足元注意って言ったのに。人の忠告はちゃんと聞くべきだよ?次、


 3度目の警告。


 バジリスクはもうどうればいいのか分からず、力の限り毒を撒き散らす。


 だが、それもヨルムンガンドの手のひらの上。


 かつて自分が仁にやられた時と全く同じ対処をしているのが、少し面白かった。


 ヨルムンガンドは地面に潜ると、毒を回避しながら天井へと向かう。


 土の中を移動できるヨルムンガンドだからこそ取れる戦法であり、仁には真似出来ないやり方だ。


『残念。今度は上でした』

 「ゴフッ........」

『更に毒。僕の持っている毒の中でも超強力な毒だよ。じっくり味わって』

 「アガッァァァァァァァァ!!」


 上から体当たりをするついでに、毒をバジリスクの体に流し込む。


 毒には強い耐性があるバジリスクだが、ヨルムンガンドの毒は解毒不可のオリジナル。


 そして、即死性のある超猛毒だ。


 いくらバジリスクとは言え耐えられるものではなく、バジリスクはそのまま息絶える。


『凄っ、数秒間生きていられるなんて流石だね』


 ヨルムンガンドはそう言うと、自分の手のひらの上で踊ってくれる楽しみを感じながら洞窟を後にした。


『待ってて、シルフォード。僕も君と戦うよ』

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