厄災戦争 狙い済ませば心を穿つ
正教会国の上にあるとある小国。かつて神正世界戦争によって滅ぼされ、荒野が広がる場所で“自己像幻視”ドッペルゲンガーは欠伸をかみ締めた。
目の前にいる敵は“神殺”エグマ。
パッと見冴えない男ではあるが、ドッペルゲンガーはその中に眠る何かを見て只者ではないと理解する。
しかし、理解したからと言って自分の敵では無い。
ミスリル級冒険者としての力があるのはわかっているが、所詮は人間。
仁や花音のような、世界のバグとも思えるほどの強さは無いと判断した。
「エグマサン。だったけ?君はなぜ女神イージスと敵対するのですカ?」
「........僕の二つ名、聞いただろう?」
「エェ。“神殺”でしたっけ?」
「そうだ。当時僕のいた故郷で“神”と崇められていた魔物が居てね。それを僕が討伐したんだ。強さで言えば........最上級魔物だったと思う。それを倒した日から僕は“神殺”と呼ばれるようになったわけなんだけど、本当の神を殺したわけじゃない」
エグマの住んでいた故郷の国では、とあるドラゴンが“神”として崇められていた。
そして、毎年“神”の怒りを買わないために、国の中から十数人の少女を贄にささげると言う文化がある。
彼は男。生贄にされることは無い。
しかし、彼が愛した幼馴染が生贄となるならば話は違う。
エグマは幼馴染を救う為、神を殺したのだ。
その対価が、どれほど重いかも知らず。
そんな過去がエグマにはあるのだが、もちろんドッペルゲンガーは知らない。
しかし、なぜ女神イージスを殺そうとするのか。
その理由を察するには十分だった。
「なるホド。次は偽物ではなく本物を殺し、本当の“神殺”となろうと言うわけですカ。団長サンが聞いたら、愉快そうに笑うでしょうね。面白いヤツだと」
「褒め言葉として受け取っておくよ。それで、君は神の代わりにでもなってくれるのかい?」
「イイエ。私は神ではありません。神はこの世界でただ一人。私達の団長サンてますからね」
「........?」
ドッペルゲンガーにとって、仁は神にも等しい。
あの退屈な世界から救い出され、自由に自分の好きなことをさせてもらえる。
その有難みを知ってしまい、更には一緒にいて楽しいとなれば“神”と崇めるのも仕方がない。
ほかの厄災級魔物達もそうだ。
でなければ、真剣に新たな世界を作ろうなどという話は出てこない。
「彼こそが神に相応しい。正直な話、女神イージスを殺してその席に団長サンを座らせたい位には。しかし、彼はそれを望まない。私達は神の敬虔なる信徒。神の願いを聞き、それを実行するのが私達なのでスヨ」
「........よく分からないが、君が敵であることはよくわかった。僕の前で“神”を名乗った対価、高くつくよ」
「フハ、フハハハハハハハハ!!ニンゲン如きが“我が神”に剣を抜いた対価。高くつキマスヨ?」
その瞬間、ドッペルゲンガーは姿を消す。
エグマは即座に、ドッペルゲンガーの攻撃が来ると判断して能力を展開した。
「
周囲に何も起こらない。
エグマの能力が封じられたり、不発した訳では無い。
彼の能力は、“相手の頭に理解不能な情報を送り込む”という物なのだから。
圧倒的な情報を頭の中に送り込み、頭の処理をパンクさせる。
一見強そうには見えない能力だが、意味も分からない情報を大量に送り込まれ続ければ人は死ぬ。
人だけではない。魔物も、神ですら死ぬかもしれないのだ。
事実、彼はこの能力を使って幼馴染を助けている。
その結果、幼馴染どころか家族まで国に殺されたが。
「........居ない。逃げたのか?」
周囲に情報をばらまいて自分の身を守ったエグマ。
しかし、消えたドッペルゲンガーの姿が一向に現れない。
逃げたのか。それとも........
「フフフ、困惑していますネ。私はココデスヨ」
エグマから5kmほど離れた荒野の丘。
そこに座るドッペルゲンガーは、手を望遠鏡のようにしながらエグマを観察する。
「この場所を選んだのは、正面からやり合わないためデス。私はほかの厄災級魔物と比べて弱いのでね。こうして遠くから一撃必殺の攻撃を当てる戦い方を選んだのでスヨ」
ドッペルゲンガーはそう言うと、自身の顔を変える。
その顔は、この世界の歴史の中で最も狙撃に優れ、1人でドラゴンの群れを壊滅させた伝説の狙撃手だった。
「あなたの力を借りましょう。これが一番、手っ取り早い」
顔を変えたことで僅かに流暢な口調になったドッペルゲンガー。
ドッペルゲンガーは右腕をエグマに向かって伸ばすと、二本指を立てて静かに狙いを定める。
「“魔弾の射手”の力、とくと見よ」
銃の引き金を引くかのように、手に力を入れたドッペルゲンガー。
伸ばした二本指から放たれた魔弾は荒野の中を駆け出し、正確にエグマの心臓を貫く。
「........カッ?!」
視界外からの不意な一撃。
元々、情報を相手に送り付けることで身を守っていたエグマにとって、考える力を持たない武器や魔力による攻撃は天敵であった。
「馬鹿な........どこから........」
心臓をつか抜かれても、即死しなかったのは流石と言えるだろう。
だからドッペルゲンガーは容赦しない。
胸を貫かれた方向からおおよその位置を見たエグマの振り向きに合わせ、今度は魔弾が頭を貫いた。
「──────────」
声を出すことも出来ず、荒野に倒れるエグマ。
(ごめん。カリナ)
最後に彼が思い浮かべたのは、自分が殺してしまった幼馴染の姿であった。
「さて、私は大魔王と戦う者たちの援護にでも行きますカ。悪魔の方は........多分ほかの人が行ってくれるでショウ」
苦戦することなく勝ったドッペルゲンガーは、そう言うと欠伸を大きくしながら荒野を後にするのだった。
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