切り崩し
獣人会十四代目組長エーレンとの面会は想像以上に早く終わった。
子供達からの報告で大体の性格や容姿は知っていたが、こうして見るとやはり文と本物では感じ方が違う。
偶には家に引き篭ってないで自分の目で確かめる事も必要なんだなと思いつつ、俺はゼット君が待っていた部屋でお茶を飲んでいた。
「マジでヒヤヒヤしたぞ。組長相手に舐め腐った態度を取りやがって........」
「え?いいじゃん。あの日と結構楽しそうにしてたよ。変な気にいられ方したけど」
「お前は組長の恐ろしさを知らんからそういう事が言えるんだよ。確かに恐ろしい見た目では無いが、エーレン組長はその容赦のなさと頭でのし上がった人だ。一歩間違えたらお前を標的にしていた可能性だってあったんだぞ」
「でも、そうはならなかった。俺の勝ちだな。アッハッハッハ!!」
豪快に笑う俺と、俺の様子を見て頭を抱えるジーニアス。
大丈夫大丈夫。ウチのアイドルロナちゃんを本気で起こらせた時よりはぜんぜん怖くないから。
厄災級魔物に鍛えられ、人としての枠組みを飛び出しているウチの団員に比べれば、まだまだ可愛い。
性癖がねじ曲がっているところ以外は、ロナの劣化版であると考えれば特に問題はなかった。
「アンセル組長。黒滅さんは何をしでかしたんですか?」
「組長相手に“可愛い可愛い”って言いながら耳を撫でてた。俺たちじゃ到底できない芸当だな。しかも、組長はご満悦だ」
「........それは........命知らずにも程がありますね」
「だろう?やっぱ世界最強になるには頭のネジがいくつか外れてないといけないんだよ。何より驚いたのは、こんなイカレポンチが妻帯者でコブ付きって事だが」
「え?!」
今まで聞いてきた中で最も大きな声で驚くゼット君。
君達、目の前にその人物がいるというのに、滅茶苦茶失礼じゃないか?
「聞こえてんぞー。君達、仮にもお客人に喧嘩を売るなよ」
「うるせぇイカレポンチのクソ野郎。俺達の寿命を縮めて楽しいか?」
「超楽しい」
「ダメだ。こいつに皮肉が通じねぇ」
ジーニアスと同じく頭を抱えるアンセル。
俺ってそんなに問題児か?世界のために魔王と戦い、世界の均衡を保つために戦争に参加したというのに酷い扱いだ。
俺はどこか懐かしさを感じる緑茶を啜りながら、せんべいをバリバリと食べる。
せんべいは正直日本のものよりも不味かったが、それでもこの組み合わせを選ぶしかあるまい。
やはり、慣れ親しんだ和風は心を落ち着かせてくれるね。
何故か獣人会本部の屋敷って和風建築なんだよな........今度イスかメレッタ辺りに話を聞いてみてもいいかもしれない。
「で?切り崩しとか言うのをやるのか?何をすればいい?」
「お前に動いてもらうのはまだ先だ。お前に交渉なんてできないだろうからな。その間は人間会の攻撃に対応して欲しい。多分、組長から話があるはずだ」
「できる限り早く終わらせてくれよ?あまり長いとウチの嫁さんが怒る」
「世界最強の嫁ねぇ........噂で聞いた話では“黒鎖”が嫁だって話だ。なんでも、黒い鎖を使って敵兵をなぶり殺しにしてたらしいぞ」
「へぇ。どうなんだ?事実か?」
「事実だな。俺の嫁“黒鎖”は鎖を使って相手の首をへし折ったり、死んだ人間を武器代わりに使うようなやつだよ。怒らせたら、お前らもその代わりになるかもな」
花音が怒れば間違いなくそうなるだろう。下手したら、獣人会に喧嘩を売るかもしれん。
........あれだな。あまりにも長くなりそうなら一旦花音も連れてくるか。すぐに帰ってくると思って花音は拠点に残ってただろうし。
「おぉ、怖っ。できる限り早く終わらせよう。お前がそんな表情をするって事は、マジなやつだ」
「付き合いこそ短いが、今の顔で何となくわかったな。世界最強も嫁の尻に敷かれてるわけだ」
「まぁ、逆らえないのは確かだな。俺は料理が出来ないから、腹を掴まれてるし」
「ほう?なら僕の料理で君の胃袋を掴むことが出来るかもしれないということかい?」
扉が開かれ、エーレン組長がやってくる。
ゲラゲラと笑いながら話していたジーニアスとアンセルは、表情を切り替えると席を立って頭を下げる。
切り替えの速さは凄まじいな。うちの団員達にも見習って欲しいぐらいだ。
仕事中だろうが、ウチの傭兵達はダラダラしてるからなぁ........
その分、戦闘力が化け物じみているが。
「料理なんてできるのか?」
「失礼な。僕だって料理ぐらいできるさ。あ、ジーニアス、アンセル。切り崩すさいにもっとも有効な人物のリストだ。彼らは今の状況を分かっている。きっと正しい判断をしてくれるよ」
「ありがとうございます。組長」
「ジーニアス。俺は護衛か?」
「俺の護衛はいらん。さっきは殺されかけたが、そう何度もヘマするほどアホじゃないんでな。黒滅は組長の指示に従ってくれ」
「........料金は2人に請求するからな」
全く、ジーニアスを助けるだけのつもりがこのショタ組長の手駒にされるとは。
傭兵なんざ手駒扱いされるのが当たり前だから、仕方がないと言えば仕方がないが。
ジーニアスとアンセルは頭を下げると、そのまま部屋を出ていく。
もちろん、護衛のゼット君も一緒に。
「ふふん。2人きりだね」
「そうだな。で、俺は何をすればいい?暗殺、護衛、情報収集、大抵の事はなんでも出来るぞ」
「なら、僕と少しお話でもしようか。この切り崩しにはあと三日かかる。それが終われば、君には人間会を潰してもらう。その間はぼくとお茶をしよう。僕は君が気に入ったんだ」
「何度も言うが、俺はそっちの気は無いぞ」
「嫁さんに悪いからかい?強いオスなんだから、メスを取っかえ引っ変えしてもいいだろうに。どうだい?ぼくを愛人として愛でてみるかい?」
そう言って可愛らしく甘えるエーレン。
とても組長には見えないが、これでも獣人会のトップ。
その緩んだ目の奥底で、彼は一体何を考えているのだろうか。
「巫山戯んな。おれは嫁一筋なんだよ」
「それは残念だ。君相手なら、僕はなんだってしてあげれると言うのに」
「俺が死ねと言えばお前は死ぬか?」
「ん?」
「俺の嫁はきっと死ぬ。俺が本気でそう言ったならな。まぁ、その時は俺も一緒に殺されるだろうが........」
「随分とキマッてるね。狂信者じゃないか」
「だろ?だから俺達は夫婦なのさ」
「........?」
首を傾げるエーレン。
この意味がよく分かってない辺り、君はまだまだ子供だよ。
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