動く暗躍者達

 正教会国の首都、普段以上に活気の無い首都の中心にそびえ立つ教会で教皇グーダラ・デブルは頭を抱え怒鳴っていた。


 「どうなっている!!“鍵”が失われたとはどういうことだ?!」


 神聖皇国並びに11大国の殆どを相手取ったこの戦争。幾ら教皇の頭が足りてないとはいえ、勝ち目のない戦いをするほど彼も愚かではない。


 勝てる見込みがあるからこそ、彼は8大国全てを相手取った戦争を了承したのだ。


 その勝ち目である“鍵”。正教会国の切り札とも言えるべき存在だったのだが、“鍵”は使う前に失われる。


 教皇の怒号に怯える責任者は、方を震わせながら揺れる声で自分の助かる方法を探した。


 「わ、我々が中を確認した際には既にもぬけの殻であり、至る所を探しても見つからないのです」

 「そんなことを聞いているのでは無い!!なぜ失った!!アレがあれば我らの敗北は有り得なかったのだぞ!!」

 「げ、原因は不明です。私が報告を受け取った時には既に封印は解かれ、もぬけの殻でした........」

 「このっ、無能がァ!!」


 教皇は怒りに任せて責任者の頭を蹴り飛ばす。


 普段から大して鍛えてもいない素人以下の蹴りだが、蹴られた相手も素人。身体強化で己を守ることもできず、その腹に溜まった贅肉の重さが頭にのしかかる。


 「うぐっ!!」

 「この無能が!!無能が!!無能が!!無能が!!無能が!!無能が!!無能が!!無能がァァァァァァァ!!貴様をこの地位にまで押し上げてやった恩も忘れて、無能を晒すとはいい度胸だな!!」

 「あ、が........」


 何度も何度も頭を踏みつけられ、頭から血を流す責任者。


 しかし、教皇の怒りはそれだけでは収まらない。


 「“鍵”が無い貴様なんぞ、生かす価値もない!!剣を寄越せ!!」


 教皇は隣にいた護衛から剣を受け取ると、責任者の首を躊躇なく撥ね飛ばした。


 安寧を求めて祈りを捧げるための聖堂にふさわしくない、赤く染まった水たまりが出来上がる。


 「はぁはぁはぁ、この国の切り札を失ったとあれば、もう勝ち目は無いのだぞ........どうする?別の大陸に逃げるか?いやしかし、そんな伝手などない。この現状で私が生き残る方法........」


 教皇が今の今まで自分達の死を疑わなかったのは、“鍵”という切り札があるから。


 しかし、それを失ってしまった以上敗北は時間の問題であり、この国の最高指導者である教皇は捉えられ終戦を国民に見せつけるためにその首を撥ねられるだろう。


 今まで積上げてきた地位と金。その全てと命を天秤にかければ、傾く方は分かりきっている。


 「逃げるぞ」

 「?」


 小声すぎて聞こえず、護衛は首を傾げる。


 そんな護衛の仕草にも苛立ちつつ、教皇は高らかに宣言した。


 「今すぐこの国から逃げる準備をするのだ!!」


 この日、切り札を失った教皇は夜逃げを測るが、彼が自室で荷造りの準備をする際行方不明となる。


 護衛たちも置いて1人で逃げたのか、それとも神隠しにあったのか。


 その真相を知る者は、正教会国内には誰も居ない。


 ━━━━━━━━━━━━━━━


 女神の目すらも届かぬ暗闇の中、世界で暗躍する影の機嫌はかなり上々だった。


 長年かけて狙っていた“鍵”。目的のためのピースがようやく1つは埋まった事に彼は喜ぶ。


 「長かったな。存在を知ってからどれだけ時間が経ったのか分からんぐらいには、長かった」

 「全くですよ。大まかな場所がわかっても、それを盗み出す為に奴らの目を欺くとなれば大変です。しかも、速やかに行わなければならないから、正確な場所を知らなければならないのですから」


 ポリポリと菓子を摘む魔女は、最近では1番緊張した仕事を終えて肩を大きく下ろす。


 失敗してもいい計画もあるが、今回ばかりは失敗できない作戦だった。


 もし、失敗するようなことがあれば、例え神の目があったとしても強引に奪いに行っただろう。


 「これで必要なものはだいぶ揃った。そろそろ彼........彼って言うのかな?も万全な状態になるし、計画を動かせそうだね」

 「えぇ、後は日和見主義者達の排除を完了させれば、全てが始まりますよ」

 「なぁ、その日和見主義者って天使の事だよな。なんで日和見主義者なんだ?」


 影と魔女の会話に入ってきた人形は、悪魔たちから貰った味の濃い干し肉を齧る。


 過去に因縁のある人形と悪魔だったが、同じ目的を見据える同志として和解した。


 長年お互いにお互いを避けてきたものの、生き残った悪魔達は話の分かるものが多かった。


 単純に魔王に心酔しているもの達ではなく、時と場合によって自分の考えを曲げられる柔軟な者ばかりが残った結果、彼らは人形といい関係を結び直せたのだ。


 最近では、よく悪魔達に会いに行き、その知識を披露しては悪魔達との仲を深めている。


 人形が噛む味の濃い干し肉も、悪魔にもらったものである。


 「それ、よく食べれるね。悪魔から貰ったけど、しょっぱすぎて食べれなかったよ」

 「俺は味をほとんど感じないからな。これでも普通の干し肉を食べてるより味が薄く感じるのさ。それで、なんで天使が“日和見主義者”なんだ?」

 「彼らは女神の使徒と“自称”しておきながら、自分達の保身だけを考えて危険なことには手を出さないのさ。女神の神託がない限りはね。魔王が来た際も、彼らは女神の神託が無かったから動かなかった」

 「天使は女神の神託を受け取れるのか?」

 「受け取れる。と、本人達は言い張ってるね。僕も話を聞いた程度で、詳しい事は知らないからなんとも言えないな」


 影の言葉に人形は納得したかのように頷く。


 人形の中では、既に天使は女神の神託を聞くことは出来ないと結論付けていた。


 「ふーん。んで、その日和見主義者達をどう始末するんだよ」

 「それは見てからのお楽しみさ。僕達は動かないから、また暫くは暇になるだろうけど」

 「またか?少し動けたと思えばすぐ暇になるな」

 「なぁに。天使の始末が終われば忙しくなる。今この暇な時期を楽しみな」

 「んじゃ、ちょっくら悪魔達の所に遊び行ってくるわ。最近、料理に凝った悪魔と仲良くなってな。今度は飯でも作ってやろうか?」

 「遠慮しておくよ。君が作ると、塩味しかしない料理が出てきそうだ」


 人形は少し影を睨んだ後、何を言っても仕方が無いと諦めて家を出ていく。


 魔女と二人きりになった影は、ポリポリとお菓子を食べる魔女に話しかけた。


 「彼の料理、食べたことある?」

 「ありますよ。普通に美味しかったです」

 「マジか」


 魔女が褒めるほどに、人形の料理の腕が高かったことに驚きつつ、影は日の出を待つのだった。


 暗躍する者が影から光のある世界へと出る日はそう遠くない。


 「もう少しだ。もう少しで、全てが変わる」

 「待ち遠しいですね」


 女神の目すらも欺く影達は、まだ闇の中で沈むのみ。その蓄えた力は、いつ世界に現れるのだろうか。

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