始まる戦争
ウロボロスがアスピドケロンに説教されてから2日後。ついに恐れていた事態が起こってしまった。
総勢約35万もの軍勢が、旧シズラス教会国から動き始めたのだ。
もちろんこの動きを察知したアゼル共和国とジャバル連合国も軍を動かし、2年ほど前に戦争をした平野で睨み合っている。
まだお互いに万全な状況では無いため、命令を聞かない指揮官などが居ない限りは開戦しないだろうが、平野にはかつてないほどの緊張感が漂っていた。
「正教会国とその属国、更に世界最強の傭兵団や数多くの
「対するアゼル共和国とジャバル連合国の軍はおおよそ15万程度。前の戦争から2年しか経ってないから、兵力の補充とかは他国に頼りきりだね。仕方がないとも言えるけど」
「むしろ、たった2年で補充されたら怖いんだよなぁ。人体錬成にでも手を出しましたか?ってなるぞそれ」
「手をパンって合わせたら、錬金術使えるようになりそう」
シルフォード達が纏めてくれた報告書に目を通しつつ、俺は俺達がどう動くかを考える。
俺と花音とイスは戦争に参加するつもりは無い。今回のメインは、シルフォード達だからだ。
これは、エドストルの敵討ちの為の前哨戦であり、戦争の空気を知るためである。
三姉妹と獣人組は、既に戦争に向けた準備を始めており、明日にでも戦場となる平野に足を運ぶだろう。
報告書が大変なことになりそうだが、そこは魔道具を作っているドッペルにお願いして引き受けてもらっている。
物凄く嫌そうな顔をされたが(のっぺらぼうだから顔はないけど)、ドッペルとて話の分からない奴では無いので渋々引き受けてくれた。
すまんな。今度魔道具に使えそうなレア素材取ってくるから我慢してくれ。
「それにしても、神聖皇国からも援軍が来るとは流石に予想外だったな。来る人物が少し不安だが........」
「聖堂騎士団第五団長エルドリーシスと、その部下たちだね。空を飛んで素早く移動できる人限定だから、第五の全員が来るわけじゃないけど」
「大エルフ国辺りが念の為に要請したのかもな。神聖皇国はまだまだ戦力が余っているし、ブルボン王国南部での戦いもかなり優勢になってるから増援の心配もないし」
「エルフだからってのも大きな要因かもね。大エルフ国からも幾らか人が来るから、その人達とのコミュニケーションを取るには、同じエルフの方が話しが合いやすいとかかも」
「だろうな。神聖皇国は差別は無いと言っても文化の違いはあるしな。調べなよればエルドリーシスは大エルフ国との関係もあるみたいだし、お互いにやりやすいんだろう」
ジークフリード曰く、過去に己の正義感を振りかざして色々と問題を起こしたそうだが、今回の戦争はどう見ても旧シズラス教会国の方が悪役だ。
向こうからすれば、戦争に勝ったアゼル共和国とジャバル連合国の方が悪役に見えるだろうが、戦争とは勝者こそが正義である。
間違ってもエルドリーシスが暴走することは無いだろう........多分。
絶対と言いきれないのは、人の価値観が違うからだ。
もしかしたら、エルドリーシスから見たこの戦争は旧シズラス教会国側に正義があるように見える可能性だってゼロではない。流石にないと思いたいが。
「三姉妹はちょっと心配だな。ダークエルフって事がバレると面倒になるかもしれん」
「まぁ、それはしょうがないよねぇ。三人を抱え込んだ時点で、その問題は常に付きまとうよ。一応、仮面とドッペルの魔道具で誤魔化してもらっているけど、マルネスちゃんみたいに目のいい人なら気づくだろうし」
「御先祖様のツケがこんなところで顔を出すとはな。シルフォード達も不憫なものだ。そりゃ御先祖様への敬意なんて欠片も無いわな」
「私だったら、キレてるね。あの世でご先祖さまの姿を見かけたら殺してるかも」
「死んだ奴をどうやって更に殺すんだよ」
「存在そのものを消すとか?」
「いや、死んでたら存在は消えてるからね?」
サラッと怖いことを言う花音に若干顔をひきつらせながらも、俺は報告書から目を離すことは無い。
幾ら厄災級魔物であるストリゴイとスンダルがいるからと言って、油断は禁物だ。
三姉妹と獣人組はかなり強いが、それでも上には上がいる。それに、戦争ともなればちょっとした行き違いで簡単に死ねるのだ。
2年近く一緒にいた仲間には死んで欲しくない。いずれ別れの時が来るとは分かっているが、その時はもっと後の話だと思っている。
「護衛として影に最上級魔物を潜ませてあるけど、これで大丈夫か?」
「大丈夫だって。心配性だねぇ。もう少しシルフォード達を信じてあげたら?」
「信じてるからこそ不安なんだよ。ふとした瞬間に死ねるのが戦場だからな。俺や花音のように毎日が戦場のあの島にいた訳でもないし」
「はじめてのおつかいに行かせる親かな?心配しすぎだって。みんな子供じゃないんだから、大丈夫だよ。唯一心配事があるなら、三姉妹がダークエルフだってバレる事ぐらいだし」
「それと、ストリゴイとスンダルが厄災級魔物だってバレる事もな。あの二人も結構おっちょこちょいだから、自分から名乗りそうで怖い」
特にストリゴイはやりかねない。アイツの場合、わざとじゃなくて自然と名乗りそうだから不安になるな。
そうやって悶々としながら報告書を眺めていると、ふと横からその報告書を取り上げる手が伸びてくる。
花音は俺から報告書を全て取り上げると、軽く頭をポンポンと叩いて優しく笑った。
「仁はみんなの所に言ってあげてね。仁は心配し過ぎだから、報告書を見るのは禁止」
「いやでも........」
「でもじゃない。ほら、戦に行く前に鼓舞してあげるのは団長としての仕事でしょ?報告書は私が見ておいてあげるから」
「むぅ........分かった。行っくる」
花音にあとを任せ、俺は聖堂をとぼとぼと出ていく。
今日ばかりは信じもしない神に皆の無事を本気で祈りたい気分だった。
「全く。龍二の時はそこまで心配してなかったのに」
花音の最後の呟きは、俺の耳に入ることは無かった。
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睨み合いが始まった平野の上空では、魔女と悪魔の1人がその様子を伺っていた。
雲よりも上で戦場を見守る彼女達に気づく者は居らず、魔女と悪魔はつまらなさそうにその場を眺める。
「ここに“鍵”があると?」
「いえ、恐らくありません。が、念の為にね」
「貴様、本当は鍵の場所を知っているだろ」
「知っていますよ。ですが、私でもそこに侵入するのは難しくてですね。だからこそ、こうして騒ぎ立ててもらったのですが、流石に敗戦濃厚になるまでは使わないでしょうね。使えば奴が出張ってきますし」
「奴?」
「えぇ、奴ですよ。本当にいけ好かない私達の後継者を生み出した、忌々しいクソッタレですよ」
珍しく口調が荒い魔女を見て、悪魔は何かあったのかと疑問を抱く。
しかし、それを聞くような真似はしなかった。比較的常識人である彼は、地雷源で踊り狂う趣味は持っていないからだ。
幾らいけ好かない相手だからと言って、態々地雷を踏む必要は無い。
「ならば、しばらくは観戦するだけか」
「えぇ、食べ物と飲み物を用意してありますが、いります?」
「........用意がいいな。貰うとしよう」
空から眺める者達が動くのはまだ先の話だ。
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