到着
死刑宣告を受け、正教会国の暗部を名乗る者の手助けを受け脱獄してから三ヶ月後。
愚者達は、ようやく正教会国に辿り着いた。
(や、やっと着いた........)
案内役であった男は、視線の先に映る豪邸を見て歓喜する。
ここまで本当に長かった。
以前、彼の先輩と話していた時の会話を思い出す。
「なぁ、本当に厄介な敵って誰だと思う?」
「え?そりゃ、こちらの動向を見抜いてきたり、動きを把握するような奴じゃないんですか?後は単純に強い奴とか」
「確かにそれはそれで厄介なんだがな。一番厄介なのは無能な味方だ。特に、やる気のある無能は最悪だぞ」
「無能は無能で使い道があるのでは?」
「その使い道すらないから厄介なんだよ。命令通りに動かないだけじゃなくて、面倒事を引き連れてくることが多い。しかも、そういう奴に限って全てが終わった後に“僕のおかげで助かったね”とか言うんだぞ。俺は2回程そういう奴と仕事をしたことがあったが、冗談抜きに殺そうかと思ったね」
「へぇ、そうなんですか」
「お前もいずれ分かる。真の敵はやる気のある無能な味方だ」
当時はよく分かっていなかったが、今ならその意味がよく分かる。
今回の逃亡者達は、本当に無能だった。
自分達は優秀な勇者だと信じて疑わず、どこかの街に入れば兎に角、面倒事を引き起こす。
偽装した冒険者カードを渡せば、自分達は勇者の冒険者だからと言って、今まで1度もやってこなかった魔物討伐に身を乗り出したり(勝手にオークに挑んで死にかけた)、歓楽街に言ったと思えば目が飛び出るほどの金を使って豪遊し目立ちまくる。
自分達は追われる身だと言うのを本当に理解しているのか?と思うレベルであり、その尻拭いをする暗部の人間は皆、“こいつ殺してやろうか”と殺意を抱く程であった。
唯一、多少マトモであった2人も途中から人が変わったかのように無能になり、案内人である男の精神はストレスで埋め尽くされる程である。
しかも、それだけ迷惑をかけておきながら自分達のお陰で全て収まっていると思い、“感謝するんだな”なんて言われた日には、仕込みナイフに手が伸びた程だ。
今ここでコイツらの首を掻っ切って、教皇様の元に送り返しても許されるのではないかと本気で考えた。が、これは任務なんだと自分に無理やり言い聞かせて平静を保てたのは、奇跡と言ってもいい。
実際、連絡を取り合う暗部の仲間の数名は、その手にナイフを持って殺そうとしたらしい。
冷静な仲間がいなければ、この愚者達は殺されていたのかもしれない。
しかし、その苦行もこれにておしまいだ。彼の仕事は安全に愚者たちを協力者の元に送り届けることであり、それ以降は協力者の仕事である。
ようやくこのゴミ共と離れられると思うと、彼は達成感に支配された。
豪邸の門の前に行くと、2名の警備員が立っている。手紙は既に送っており、門番にも話は通っているはずだ。
男は愚者達にその場でとどまっていて貰うように言うと、門番に話しかける。
「こんにちは。いい天気ですねぇ」
「........そうか?生憎今日は曇り空のようだが?」
「いえいえ、この時期は涼しい方がいいでしょう?お日様が出ているだけがいい天気とは言えないんじゃないですか?」
「........お待ちしておりました。勇者様御一行ですね?どうぞこちらへ」
予め決められていた合言葉を話すと、警備員は門を開いて軽く頭を下げた。
男は愚者達を呼ぶと、その豪邸に足を踏み入れる。
「広いな。酒と女はあんのか?」
「ここ1週間近くは抱いてねぇからな。そろそろ発散してぇぜ」
「........」
「ふむ、中々に趣がある庭だ。実にこの私にふさわしい」
「闇の波動を感じるぞ........これは暗黒の世界に飲まれつつある地だ」
足を踏み入れるなり、好き勝手に言う愚者達。
もちろんその言葉は警備員の耳にも入っており、彼は少しだけ嫌そうな顔をした。
しかし、この道のプロである彼は客人の機嫌をそこまいと仮面を被って仕事に徹する。
正教会国に生きていたとしても、皆が皆腐っている訳では無い。彼は、そういう稀有な人財の1人であった。
この豪邸の主は、元々神聖皇国出身の聖職者であり、暗部としての活動も担ってきた人物の子孫である。
国の上層部が腐敗しきっているため、金と賄賂さえ積めればこの国で成り上がるのは容易だった。
スパイとしてこの国の内情を探ると同時に、この国の内部を弱体化させるために上の地位に着く。
代々この豪邸の主になる人物は、神聖皇国のために尽くしてきたのである。
他にも正教会国出身の協力者もいたりするのだが、彼らは目の上のたんこぶを潰す為に神聖皇国と手を結び、瓦解した正教会国のトップに立つことを目論む者達だ。
信用出来る協力者は、やはり少ない。
庭をぬけて屋敷に着くと、誰も触れていないのに扉が開かれる。
その扉の先には、1人の男が立っていた。
「ようこそ勇者様方。神聖皇国からの長旅ご苦労様です。ささ、労いも込めて我が屋敷で歓迎致しましょう」
男がパチンと指を鳴らすと、ぞろぞろとメイド達が現れて愚者達を連れていく。
色欲に染まった愚者の3人は鼻の下を伸ばし、どう見てもそういう関係にしか見えなくなってしまった2人はほんの僅かに顔を顰める。
連れていかれた愚者達を見て、案内人の男はようやく自分の仕事が終わったのだと肩の力を抜いた。
「お疲れ様です。荷物を抱えての旅は大変でしたでしょう?ゆっくりと寛いでください」
「申し訳ない。今日ばかりはお言葉に甘えさせてもらいます」
「ここから先は私の仕事ですね。13代目にして、ようやくこの時が来ましたか........」
「これで正教会国も終わりです。計画が無駄にならないよう、彼らを逃がさないようにお願いしますよ」
「問題ありませんよ。シュベル・ペテロ教皇様に彼らの扱い方は聞いております。3人は女を宛がえば間違いなし、残りの2人は大人しいから問題無しと聞いています。こう言ってはなんですが、この国は奴隷を集めやすいですからね。女性を集めるのに苦労はしませんよ」
彼の言葉に案内人の男は僅かに顔を顰めた。
代を重ねれば教育はその国に染まる。彼は僅かにだが、その兆候が見て取れた。
「嫌そうな顔をしましたね。気持ちは分かりますが、あまり博愛主義過ぎると目をつけられるのですよ。安心してください。彼女達には同意を取った上での仕事ですので。他の奴隷よりも待遇はいいですし、この屋敷で買った奴隷の待遇はそうとう人道的なんですよ?」
「分かっています。しかし、神聖皇国に長年住んでいると、どうもこの国のかんがえは不愉快で仕方がないと言うだけです」
「それは間違いありませんね。私もかなり不愉快です。ですが、こうしないと面倒事が押し寄せてくるのですよ。いやホントに........」
最後に見せた彼の顔は、今までの苦労がどれほどの物だったのかを物語っていた。
権力争いにおける蹴落とし合いは、少しでも隙を見せた方の負けなのだ。
神聖皇国と繋がっているなんて知れた日には、彼の首はあっと言う間に飛ぶ。
案内人の男は、最後に見えたその顔が自分が疲れたとに酷く似ていたのを見て苦笑するのだった。
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