上位精霊サラ

 しつこく上位精霊になるための条件を教えてくれた相手が誰なのかを探る婆さんから逃げるように宿から飛び出すと、俺達はエルフで溢れた街並みを歩いていく。


 専門家や研究者という分類がどれだけ面倒なのか知らなかった。前の世界にいた頃は、テレビでしか見かけない存在だったからな........


 少し宿に戻るのが嫌になりつつも、俺達は大通りを歩く。


 「すごい。あちこちに精霊が飛んでる」

 「いいなぁ。私も仁も精霊を感じることは出来ても見ることは出来ないんだよねぇ........どんな風に見える?」

 「小さい猪とか小さいリスとかの小動物が空を飛んでいたり、サラのような人型の精霊が楽しそうに空で踊っていたりしてる。とっても幻想的で面白い」

 「いいなー!!私も精霊見たいよー!!」

 「ファフニール曰く、精霊王は見ることができるらしいが、各属性に一体づつしかいないんだろ?会えるのは運が必要だな」

 「死ぬ前に1度は会ってみたいね。異世界三銃士の最後の一角なんだから」


 何それ。


 異世界三銃士とか初めて聞いた言葉なんだけど。


 「異世界三銃士って何?」

 「異世界の定番設定かな?獣人、エルフ、精霊。この三つはどの作品にも出てくるでしょ?」

 「精霊は怪しい気がするな。どちらかと言えばドラゴンじゃね?」

 「うむ........確かに」


 三銃士敗れたり!!


 精霊が出てこない作品はあっても、ドラゴンが出てこない作品はないからな!!........SF系の異世界転生のお話だと出てこないこととかあるけど。


 そんなくだらないことを考えながら、俺達は大エルフ国のシンボルである精霊樹の近くまでやってきた。


 「わぁ!!すごいすごい!!精霊がいっぱい!!」

 「これを見るのは2回目だけど、みんな楽しそうなの!!」

 「気配だけは感じるんだけどなぁ........」

 「見えない私たちからすると、精霊樹がぽつんとあるだけなんだよねぇ」

『くそぅ。ワタシも見ることが出来ない』


 多くの精霊たちが飛び交うその幻想的な光景に、声を弾ませるシルフォードとイス。


 そして、気配だけは感じるが、何がどうなっているのかは全く見えない俺と花音とベオーク。


 両者の反応は対照的だった。


 シルフォードとイスの目には何が写っているのだろうか。


 以前来た時も同じようなことを思ったが、やはりこの目でシルフォードやイスの見ている光景を見てみたい。


 なんかいい方法はないのだろうか。ドッペル辺りに頼んでみるか?精霊が見える魔道具なんて作れるのかな?


 そう思いながら、俺はあることを思い出す。


 「そういえば、今回は不自然な気配の配置をしていないな」

 「黒いナニカの話?」

 「そうそう。結局、イスの見た黒いナニカがなんだったのか分からなかったからな。後でバーさんに聞いてみるが、あの感じを見るに何も分かっていなさそうだし」

 「分かってたらすぐに話してくれそうだよね」


 イスの見たと言う黒いナニカは、一体なんだったのだろうか。当時のサラにも見えなかったのを見ると、只者では無いようにも思えるが........


 「もしかしたら、精霊王の一体だったりしてね」

 「ならサラも見えないとおかしくないか?サラには見えなくて、イスにだけ見えたってのが引っかかるんだよな」

 「精霊王よりもさらに上の存在で、位の低い精霊には見えなかったとか?」

 「精霊王より上って精霊神とかか?可能性としてはなくもないが、精霊の最上位は精霊王だろうに」

 「そうだよねェ。それに、精霊神が居たとしてそな姿が黒いナニカってのも締まらないか」

 「まぁ、黒いモヤのような精霊の神とか嫌だよな」


 そうやって話しているその時だった。


 身に覚えのある気配が現れたのは。


 ただし、その気配は以前とは違い、相当強力なものになっている。


 なんなら、その気配の大きさも変わっていた。


 以前は妖精のような小さな気配だったが、いまでは花音ぐらいの大きさがある。


 身に覚えのある気配ではあるが、その気配から感じるものの全てが違う。


 そんなどこか懐かしくも、違和感がある気配がこちらへと近づいてきた。


 「........サラ?」

 「サラなの?」


 精霊の姿が見えるシルフォードとイスも、変わりすぎたサラの姿が見えているのだろう。


 二人とも確信を持つことは出来ていなかった。


 「........」

 「........」


 二人とも黙り込む。


 恐らくサラの言葉を聞いているのだろう。


 声の聞こえない俺達には、何を言っているのか分からない。


 風に揺られて擦れる精霊樹の葉の音と、人々が行き交う足音や話し声が響く中、その場では沈黙が流れる。


 それは10秒だったかもしれないし、1分だったかもしれない。


 時間感覚が狂うほど静かなその沈黙の中で、シルフォードはフードの奥で目を潤ませている事だけはわかった。


 イスはどこか驚いたかのように目を軽く見開き、どこか楽しそうに笑う。


 「そう........あの時の事を覚えていたの」

 「サラ、かっこいいの」


 3人の会話は俺には分からない。


 こういう時ばかりは、声だけでも聞ければと本気で思う。


 何を話しているのか、ただそれだけが気になった。


 しばらくすると、話し終えたのかサラの気配が精霊樹に向かって戻っていく。


 「ありゃ?なんでサラは戻ってるの?」

 「もう少し修行するらしいの。昨日上位精霊になったばかりで、魔力のコントロールが上手くいってなかったそうなの」

 「へぇ、なりたてホヤホヤの上位精霊なのか。それで、サラはなんて言ってたんだ?」

 「私達が帰る時に合わせてサラも着いてくるって。あんなに見た目が変わっているとは思わなかったけど」

 「どんな見た目してたんだ?俺も花音もベオークも見れないからな」

 「すっごい美人になってた。しかもクール系の。下位精霊の時のやんちゃさを残しつつ、真っ直ぐ育ったら多分あんな感じになる」

 「イケメンだったの。誰だっけ?パパが師匠って呼んでたお姉さんの髪を紅くして、もう少しやんちゃにした感じなの」


 何それすっごい気になる。


 イスの言う師匠ってシンナス副団長の事だろ?あのクール美人の髪を紅くしてやんちゃさを残したとか、絶対カッコイイに決まっているじゃないか。


 「なんとしてでもサラの姿がみたい........」

 「なんか無いのかな?精霊を描く商売してる人とか」

 「それだわ。ちょっと今首都にいる子供達総動員して探してきてもらおう。ベオーク」

『言われずもがな。既に指示を出した。明日には見つけれるはず』


 流石仕事のできる蜘蛛である。


 イスやシルフォードに絵心が無いなら、絵心あるやつに描かせればいいじゃない。


 なんでこんな簡単なことを、見落としていたのやら。


 サラがシルフォードの元に帰ってくるのは5日後だ。その間はこの国で色々とやるとしよう。


 先ずは傭兵ギルド辺りに行ってみるとするか。


 5日後の楽しみができた俺は、心を弾ませながら一旦宿に帰るのだった。


 宿に帰った際、またしつこく上位精霊の条件云々の考察やらなんやらを聞かされることになるが、それはまた別のお話である。

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