第五十九話

 すると美玖みくこまった表情で、つぶやいた。

「ううむ、また妖刀ようとうか……」


 そして少し考えてから、ことみに告げた。

「ことみさん。誠兵衛せいべえと一緒に、調べてきてもらえないかな?」

「え? どうしてですか?」

「うむ。妖刀は、強力な武器だ。あなたも妖刀を持っているようだが妖刀のことを調べることも、立派な稽古けいこだと思うぞ」


 ことみも少し考えてから、答えた。

「なるほど……。強くなって相模二刀流さがみにとうりゅうの強さを日本中に広めるためには、今や妖刀の存在は無視むしできない、ということでしょうか?」

「うむ。その通り」


 すると、ことみは元気よく宣言せんげんした。

「分かりました! それでは、下野しもつけの国に行ってきます! あ、でも一人だとちょっと不安だから、せいちゃんもついてきてね!」


 誠兵衛は、再び落ち込んで呟いた。はあ……。妖刀のことを調べて、終わるのかな? 妖刀って強い武器だから、もうかかわりたくないんだけど……。ああ、駄目だめだ。ことみさんの目が、星のようにきらきらしてる……。美玖さんに『これも立派な稽古だ』って言われて、妖刀のことを調べれば自分は今よりも強くなれるっていう目だ……。しょうがない。ことみさんに、ついて行こう、と。


 誠兵衛が渋々しぶしぶうなづくと、ことみは喜んだ。すると美玖は、二人に声をかけた。

「ちょっと待ちなさい、二人とも」


 すると何ごとかと、ことみが聞いてみた。

「はい、何でしょう?」

「今から下野の国に、行く気だろう? そこは遠い。少し腹ごしらえをしてから、行きなさい」

「え? 何か、食べさせてくれるんですか?!」


 美玖は、笑顔で答えた。

「うむ。市之進の得意料理の一つ、イノシシなべを食べるのがいいだろう。せいも付くと思うぞ」


   ●


 江戸時代ではまだ動物の肉を食べてはならないとされていたが、イノシシの肉などは『山鯨やまくじら』と呼ばれてひそかに食べられていた。


   ●

 

 それから市之進いちのしんが作ったイノシシ鍋を食べた二人は、下野の国に向かった。


 誠兵衛と、ことみが下野の国の鬼怒川きぬがわに着いた時にはすでに、月が出ていた。『血啜ちすすり』の神通力じんつうりき凶暴性きょうぼうせいを引き出された誠兵衛は、表情も凶暴になり話し方も変わっていた。


 誠兵衛は、ことみに確認した。

「ここだよな? 下野の国の鬼怒川って?」

「うん、そうよ。ほら、あそこに看板がある」

 ことみが指さした先には、『鬼怒川』と書かれた木製の看板かんばんがあった。


 二人は旅人を襲っているのが本当に妖刀を持った侍なら危険なため、二人であやしい人物をさがすことにした。


 月が雲に隠れて薄暗い鬼怒川に沿って小石だらけの河原かわら警戒けいかいしながら歩いていると、少しさびれた小屋の近くに立つ人影を見つけた。


 ことみは、叫んだ。

「あれ? 誰かいる。ちょっと行ってみようよ!」


 二人が人影に向かうと、そこには髪を背中まで伸ばした長身の男が立っていた。刀を持っていたがただ立っていただけなので、ことみはその男に声をかけてみた。

「ちょっと、お兄さん? こんなところで何をしてるの?」


 すると男は振り向いた。そして顔色が悪い男は、ことみに告げた。

「私は暴走ぼうそうした妖刀に、あやつられている……」


 そして顔色があるい男は、話し出した。自分の名前は花柳清三はなやぎせいぞうで、本郷ほんごう元三番弟子もとさんばんでしであること。本郷から手紙で妖刀の作り方を知ったので、作ってみたこと。本郷の手紙から妖刀を作るにはわざと異物を混ぜる必要があることが分かったので、刀を作っている途中で日光と月光を浴びせた、と。


 そうして出来た妖刀『ひかり』だが、思いもよらないことが起きた。日がしずみ月が出ると、吸い込まれるように『光』をにぎってしまう。そして『光』が月の光を浴びると暴走ぼうそうして、清三の破壊衝動はかいしょうどうが引き出されて鬼怒川の河原で人々を襲い始めた、と。

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