第5話 大学受験
そうこうしているうちに、すぐ冬休みになった。毎年正月には僕の家に親戚が大挙して集まって、大宴会が開かれるのが恒例だったが、今年の正月は受験生の僕に気を使って、昼間、挨拶に来るだけで済ませてくれた。
世間が成人式の話題で盛り上がっているころ、受験生は国公立大学の一次試験を受けた。僕は、英語のテストで1時間居眠りをしてしまった。はっと目が覚めた時、慌てて時計を見たら針が進んでいなかったので、ほっとしたのだが、よく見たら短針がひと目盛進んでいた。そこからは長文読解の文も読まずに、解答用紙を埋めるだけで、制限時間が終わった。母さんに話したら、「バカッ」と怒られた。もちろん思ったような点は取れなかった。
一次試験が終わると、学校は自由登校になって、各自あちこち私立大学の試験を受けては、試験結果を高校に報告していた。2月下旬の段階で、僕はまだ滑り止めの私立一つしか受かっていなかった。
東京理科大学の受験の前日、試験会場の下見をした帰り道の横断歩道で、クラスメイトの櫻川真希さんとばったり行き会った。これはもしや運命の出会いかと思ったが、母親同伴だったので挨拶するだけで終わった。
櫻川さんは、身長は高い方だが、尾崎さんほどではなく、顔は丸形のかわいらしい顔で、芯が強そうな雰囲気を持つ女の子だった。もちろんこれは、僕の勝手な想像だったが。彼女もまた、男子生徒から人気があった。
3月1日
卒業式の日。教室へ入ると、櫻川さんが僕の胸にコサージュを付けてくれた。この日のクラスの雰囲気は、なんとも中途半端だった。みんな進路が決まらないと、終わった気がしない。
卒業式が始まる前、山崎が興奮気味に僕に話しかけてきた。
「私立大学受験の前日、たまたま尾崎さんと同じホテルだったんだよ。ロビーでチェックインするとき一緒になったから、部屋番号を教えてもらって、夜、尾崎さんの部屋に行ったんだ。そしたら部屋に座るところがなかったから、ベッドにふたり並んで座って話すしかないだろう。長い時間ずっとひとつベッドの上で話してたんだよ。そうなれば、お前、若い二人のことだから、何か間違いが起こっても不思議じゃないだろう」
「何か、間違えたのか?」
「いや、残念ながら間違えたのは、試験の方だけだ」
「それは、重ね重ね残念だったな」
3月4日
この日は、僕の名古屋の国立大学の試験日であり、同時に慶応の合格発表の日でもあった。国立大学の試験では、物理の答案用紙を間違えて記入してしまったことに、試験時間終了直前に気が付いた。挙手して試験官に申し出ると、答案用紙の問題番号を訂正して書き直しておけばよいと言ってくれた。つくづく自分は国立大学には縁がないのだと思った。
慶応の合格発表の結果は、Dランクの補欠。入学手続きの状況に応じて、Aランクから順次繰り上げ合格になった。Dというと、やや難しい、微妙なランクらしかった。
慶応以外は工学部を受験したが、慶応だけは英数小論文で受験できる経済学部を受けた。もともと漠然と慶応にあこがれていて、しかも経済学部がかっこいいと思っていた。受けるなら経済学部と決めていた。憧れ受験てやつ。英数は理系だから当然やっているし、小論文も苦手意識はなく、高校の先生に小論文を添削してもらうこともできたので、2回だけだが書いたことがあった。まあ、憧れ受験なので、他の受験勉強の妨げにならない範囲で練習した。添削してくれた先生のコメントは、「面白い内容だったので、この先が楽しみでした」と書かれていた。つまりは、書き足りないということだった。ところで、添削指導でこういうコメントはありなのだろうか、と思ったが、まあ良しとした。
僕が慶応経済学部の補欠になったことは、小さな田舎の高校の職員室で話題になったようだ。授業態度の悪い理系の生徒が、冷やかしで受けたら引っかかったと。親戚、義兄からは名古屋の大学より、慶応を勧められた。僕も、もう名古屋の大学はどうでもよくなった。
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