SEASON1-1 銀髪碧眼幼女、LAへ立つ

第一話 ポンコツ天使と金髪碧眼の少年 

 どうやら死んでしまったらしい。

 あれはいつもどおりの一日だった。夜通し酒を飲み、すこし危なげなクスリをキメて、妹と親友、部下と遊び呆けていただけだった。仕事終わりということもあり、すこしばかり羽目を外しすぎたのかもしれない。

 ただ、それがなんだって話しでもある。


「あーあ、ついに死んじまったか。葬式は盛り上がっているんだろうな」


 ルーシ・スターリング──死んでしまった彼に名前なんてないのかもしれないが、とにかく彼は生前ルーシと名乗っていた。そんなルーシは、煙草も酒もクスリもない真っ白な空間にて、腕を組みながら目の前にいる女と対峙する。


「随分と軽いですね。アナタ死んだんですよ?」


「死んじまったもんは仕方ねェだろ。だいたい、死ぬことなんて怖くなかったしな。それで? オレは宗教放棄者だが、これからどうなるんだい?」


 ルーシは普段の冷静な態度を崩さない。


「宗教放棄者、ですか。ならばちょうど良い場所がありますよ」


 ピンク色の髪色をした女は、セールスマンのごとくなにかを見せてくる。


「総殺人数二四八六〇人。本来ならば満場一致で無期刑でしょうね。永久に魂を縛られ、アナタという存在がアナタの世界から忘れ去られるまで、そこから出ることはかなわない」


「時効を含めれば一〇〇〇〇人程度だろ?」


「殺人に時効はありませんよ」女はルーシをうつろな目で見据え、「仮にあったところで、結果は変わらないでしょう。アナタは狂っている。どこまでも人を殺し、どこまでも野望を追い求め、どこまでも異常であり続けた。そんなアナタへは……」


「天界にいる連中の粛清をしてください……とでもいうのかい? ははッ……冗談だ」


 女はまさしく図星といわんばかりに目を見開く。そんな間抜けな姿に、ルーシは鼻で笑う。


「おいおい、たかが人間ごときに考えを読まれるとは……相当なポンコツだな。オレが生前いた日本じゃ、髪の毛をピンクにしていたヤツはみんなアホだった。忍者とか侍とかいっていれば、ベッドまで行くのに一時間もいらなかったぜ。手に無数の生傷があるのは不気味だったがな」


「……そうやってワタシをいじめて楽しいですか?」


 女は涙目になる。メンタル弱すぎだろ、このアホ。


「いじめてねェよ。アホにアホっていったらなんの罪に問われるんだい? 事実陳列罪か?」


 こんなポンコツが天使のようだから、天界も落ちぶれたものだ。ルーシは首をゴキゴキ鳴らし、しばし号泣する寸前の女を見つめる。

 やがて、ルーシは一回おおきなため息をつき、彼女の胸ぐらを掴む。


「おい……いい加減にしろよ」冷たい声質で、「てめェみてェのが天界でてっぺんとるだと? てめェが管轄している人間の世界でも、ポンコツのてめェは無様にボコられてレイプされるのがオチだ」


 ついに号泣してしまった。面倒くせェ。人間にちょっと脅されたくらいで泣き始めるようなヤツが、天界を粛清するとか抜かしている。バカバカしい。


「まァ、泣くなよ。泣いたところで問題は解決しねェぜ?」


「で、ですが……」


「泣くんじゃねェ!!」


 ルーシはついにブチ切れた。一〇分に一度煙草を吸っている人間は、もう何日と煙草を咥えていない。さすがに苛立ちが隠せなくなってきているのだ。


「……ワリィ。ヤニ切れなんだ。週一でセラピーにも行ってってな。もう限界が近けェみてェなんだ」


「だ、だったら──」


 女は紙巻煙草とライターをどこからともなく発生させた。ルーシはそれを受け取り、真っ白な空間に煙が灯る。


「ありがとう。あー……やはりこれに限るな。んで、話しを進めようぜ? まずは自己紹介からだな。はい、どうぞ」


「……ヘーラーです。天使を務めております。まだ三年目の駆け出しものです」


「メンヘラってわけだ」ルーシは嫌味な笑みを浮かべる。


「ち、違いますっ!!」顔が真っ赤になる。図星だったのか。


「それで、メンヘラよ。オレが死んでしまったってのはなんとなくわかる。腹は減らねェし、身体も快調だし、なによりこのアホみてェな空間はわざと作られたと感じる。死を受け入れられねェヤツに向けて、すこしでも精神を安定させるためにな。ま、オレにはあまり関係ないが」


 ルーシは死を受け入れている。別に死因などどうだって良いし、残された者の気持ちもわからないうえに、ヤツらならばルーシの死なんて軽々と超えてくれるだろう。だからどうだって良いのだ。


「随分と冷静ですね。普通、もっと取り乱すものですよ?」


「人間に考えを読まれたおまえこそ取り乱すべきだと思うぜ?」


「そ、それは……」


「なァ、メンヘラ」


「メンヘラじゃないですっ!!」


「ちょうど良い場所ってなんだ?」


 最前の会話で気になった単語だ。このヘーラーとやらはなにかを隠している。どうせたいしたことではなさそうだが、一応聞いておく価値はありそうである。


「宗教放棄者にふさわしい場所。と、いうことはだ。神を信じたくなるような場所へとオレを飛ばす……ってとこか? それこそ戦場か、動乱か、革命か」


「そんな単純な場所でもないですよ。けれど、ひとつだけいっておきましょう。アナタが向かう場所の候補は『ロスト・エンジェルス』です。天使を失った街といわれていて、後々我々にとってもおおきな対抗勢力になると思われます」


「あァ? おめェら腐っても人間を統治しているんだろ? 植民地国家が独立でも求めるのか?」


「……最重要機密なので、これ以上は」


「ああ、そうかい」ルーシは二本目の煙草に火をつけ、「深くは聞かねェよ。オレとておまえらに逆らうほどアホじゃねェ。人間の送り場所を決められるくらいに偉いおまえらを、オレひとりが反逆したところでどうにかなる話しでもないしな。それで? オレはロスト・エンジェルスに行くのか。おめェがひとつしか紹介しなかったってことは」


「ええ……あっ!!」


「やはりポンコツだな……。だがまァ良い。おまえらの思惑に乗るつもりもねェし、ポンコツアホ天使さまの素晴らしい計画にも興味ねェ」


 ルーシは煙草をヘーラーへと投げ捨て、

「オレは暴れられればそれで良い」

 宣言したのだった。

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