第5話 私は絶対に恋愛なんてしない! Ⅴ

「やあ、ジャスティン、そして……ミス・スミス。……ミス・スミスがここにいるなんて、珍しいね」


 私がジャスティンを睨みつけていると……

 唐突に茶髪の青年に話しかけられた。


 私は小さく会釈する。


「これはミスター・ブランクラット。……ええ、彼に誘われたので」


 レイモンド・アーサー・ブランクラット。

 ブレスター伯爵位を世襲しているブランクラット家の長男、そしてジャスティンの親友だ。


 ジャスティンと一緒にいることが多いため、何度か話したことがある。

 私を貧民生まれの私生児と馬鹿にしない数少ない人物だ。


 まあ、かといって特別に親しい間柄かと言われるとそうでもないのだが。


「へぇ……君が女の子と一緒なんて、明日は槍でも降るのかな?」(散々、『俺は女は嫌いだ』なんて言ってたくせにね)


「……別にいいだろ。たまには」(余計なことを言うな! ……想いを告げるにはタイミングというものがあるんだ)


 ジャスティンは私への好意を上手く隠しているつもりらしい。

 が、実際のところ読心能力などなくとも、彼が私に好意を抱いていることは分かる。

 これで隠しているつもりなのが、実に間抜けだ。


「ふーん、なるほどね。まあ……ミス・スミスも少しは羽を伸ばすと良い」(もっともジャスティンが恋愛に積極的になるよりも、孤高のお姫様がジャスティンの好意を受け入れたことが意外だけどね。……見たところ、かなり見込みがありそうだね。彼の恋は)


 ……私は別にジャスティンのことなんか好きじゃない。

 ただ可哀想だから付き合ってやってあげているだけだ。

 勘違いしないで欲しい。


 私がミスター・ブランクラットの節穴に対して内心で苦言を言っていると……


「レイモンド様! 探しましたわ」


 金髪に縦ロールの絵に描いたようなお貴族様がこちらにやってきた。

 彼女は最初はニコニコしてはいたが、しかし私の存在に気付くと一瞬だけその笑みを曇らせた。


「あぁ……ごめんね。クリスティーナ。友達と話していたようだから、邪魔しちゃ悪いと思ってね」

「い、いえ……大丈夫ですわ」


 が、しかしミスター・ブランクラットに話しかけられた途端に露骨に機嫌を良くした。


 美しい茶髪の縦ロールに、少し高めの身長。

 日焼けのない白い肌に、ややふっくらとした顔と体つき。

 やや気の強そうな顔立ち。


 そんなジャスティン以上に分かりやすいこの女子生徒の名前は、クリスティーナ・エデルディエーネ。


 ジャスティンたちと同様に貴族……

 ではなく、エデルディエーネ鉄鋼会社という会社のご令嬢である。

 つまり資本家の子供だ。


 資本家階級は通常、中流階級に属するが……元々彼女の家は地主の家系であり、現在でも土地持ちなので、上流階級に属することになる。

 ……はずだ。


 この辺りの匙加減は人によって異なるかもしれない。


「レイモンドを借りてしまって、悪いな。ミス・エデルディエーネ」(相変わらず、仲良しなことで)

「いえ……お話をお邪魔をして申し訳ありませんわ。ミスター・ウィンチスコット」(本当よ、全く!! ……とは、まあレイモンド様にもお友達との関係があるだろうから、言わないけれど)


 話に聞いたところによると、このクロワッサンみたいな髪の毛の女はミスター・ブランクラットの婚約者らしい。

 政略結婚というやつだ。


 ……まあ、仲睦まじいのは結構なことだ。

 私は自分が恋愛をするのは嫌いだが、別に他者の恋愛を否定したりはしない。

 どうぞ、頑張って欲しい。


「ごきげんよう、ミス・エデルディエーネ」

「……ええ、ミス・スミス。ごきげんよう」(この貧民女! またレイモンド様に近づいて!!)


 彼女が私へのヘイトが妙に高いのは、私の出自を少しばかり見下しているからというのもあるが。

 それ以上に私がミスター・ブランクラットに取られることを警戒しているからだ。


 勿論、私にはそんな気はない。

 だがこの頭クロワッサン女と仲良くするつもりもないし、否定するのも面倒くさいのでそのままにしている。

 この髪の毛クロワッサン女は脳内で私を罵倒するが、それを口には決して出さないのだ。


 まあ下賤な貧民とか、労働者階級のゴミとか、薄汚い私生児とか。

 そういう汚い言葉を口に出さないならば、特に言うことはない。


 勿論、私も彼女のことをクロワッサンと口で呼ぶことはしない。


 ところで……私とジャスティン、そしてミス・エデルディエーネとミスター・ブランクラットには服装に相違がある。

 男子の制服はワイシャツにネクタイ、ブレザー、ズボン。

 女子の制服はブラウスにネクタイ、ブレザー、スカート。


 ここまでは共通だが……これに加えて私とジャスティンはガウンを羽織っているのに対し、ミス・エデルディエーネとミスター・ブランクラットはこれを着ていない。


 というのも、“王の学徒”と言われる成績上位者だけがガウンを着ることが許されているのだ。


「お茶会に出席するなんて……珍しいですわね。何か……理由が?」(美人だし、頭も良いし、運動もできると聞いているし……このままだと、レイモンド様が取られちゃう……)

「ジャスティンに誘われたので」


 別に取らんがな。

 そんなことを思いながら、そう答えると……ミスター・ブランクラットは目を僅かに大きく開いた。


「へぇ……ジャスティンから、誘ったのか」

「まあ、そうだな。……一応、社交辞令で誘ったんだ。別に来たくないなら、来なくていいとも、言ったんだけどな?」


 よくもまあ……

 一緒に来てほしいと思っていたくせに。


「……ミス・スミスはミスター・ウィンチスコットと、お茶をしに来たの?」(あら? ……レイモンド様が目当てじゃないかったのかしら?)


「ええ、まあ。ミスター・ウィンチスコットが一緒に行きたそうにしていたので。仕方がなく……まさか断るわけにも行きませんので」


 私がそう答えると……


「いや……どうしてもとまでは、言ってないだろう。行きたくないなら良いって、言ったはずだ」(散々、食っておいてよく言うよ)


 私の言葉に眉を顰めながら、ジャスティンは言った。

 ……どうやら、見解の相違があるようだ。


「行きたくなかったわけじゃありませんが、行きたかったわけではありません。あなたがどうしてもと言うから付き合ってあげただけです」


「でも散々、食べただろう? あんなに美味しそうに」


「……別にそれとこれは関係ありません」


「じゃあ、もう二度と来ないということで良いのか? 行きたいわけでもないなら、次からは誘わない」


「……話を逸らさないでください。私はあなたに誘われた時点では、どうしても行きたかったというわけではないという話をしているだけです。現段階でのお茶会への興味や、食べた料理の感想は全く関係ありません」


「あぁ、そうか。それは無理に誘って悪かったよ。で、今はどういうつもりなんだ? 嫌だったなら今度からは誘わないようにしよう」(本当に素直じゃない。少し腹が立ってきた……ここは一度、言い負かしてやろう)


 はぁ? 何だ、こいつ。

 素直じゃないのはそっちだろう!!

 こうなったら、一度言い負かして……


「……二人とも、仲が良いのは結構だけど、もう少し場所を考えたらどうだい?」(素直じゃないところまで……お似合いカップルだな)


 ミスター・ブランクラットにそう指摘され……

 私とジャスティンは口を閉じ、慌てて周囲を見渡す。


 気付くと随分と注目を集めてしまっていた。

 私は恥辱で自分の顔が熱くなるのを感じた。


「……? あぁ、なるほど! 好きな子に素直になれないみたいなやつなのね!」(ミス・スミスが好きなのは、ミスター・ウィンチスコットなのね!)


 このクロワッサン女、急に何を言い出すんだ!


「ち、違います……好きじゃないです」

「そ、そうだ。……別に好きじゃない!」


 私とジャスティンは揃ってそう言った。

 するとミス・エデルディエーネは首を傾げた。


「私、誰が誰のことをとは、言ってはいないのだけれど……」(やっぱり! そういうことだったのね!)


 違う!!

 好きじゃない!!






______________________________________



ち、違います! 好きじゃないです!!

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