読心能力者ちゃんは恋愛したくない~同級生の心の声を読んでうっかり“デレ堕ち”しちゃう話~
桜木桜
第1話 私は絶対に恋愛なんてしない! Ⅰ
「恋愛は阿片である」
著:C・A・オリヴィア・スミス
訳:九条薫子
私の名前は、オリヴィア・スミス。
年齢は十三歳。
カナリッジ魔法校の一年生だ。
さて、敢えて言おう。
恋愛なんてものはクソだ。
あんなものは単なる劣情、性欲と本能の暴走である。
阿片と同様に人間の知能を著しく低下させる、極めて低俗な麻薬のような代物だ。
どうして私がこのような考えを持つに至ったのか。
それを説明するには……私の出生から話さなければならない。
私の母親は低い身分の生まれだが、容姿に優れ、優れた魔法の才を持ち、そして何より頭も良かった。
それ故に貴族や資本家の子女が数多く通う、魔法校へ入学することができた。
そこで母はこの国有数の大貴族家出身の少年に見初められ、恋をし、青春を過ごした。
とはいえ、母は低い身分の平民で、少年は大貴族。
二人が結ばれることは叶わない。
だから当然のように、卒業と共に二人の恋愛はそれで終わる……終わるはずだった。
……終われば良かったのだが、しかし母は私を身籠ってしまった。
そして私を産んだ。
子を愛する母の意地……ではなく、おそらくは子供を産めば青年を、父を引き留められるに違いないと思っていたのだろう。
斯くして私は生まれたのだ。
しかしもうすでに父は政略結婚をして、家庭を築いていた。
母の恋は身分差によって打ち砕かれた。
そして今から四年前。
ついに母はおかしくなった。
……いや、まあその前から私を殴ったり、罵倒したり、号泣したりと、すでにかなりおかしくなっていたのだが。
四年前から本格的におかしくなってしまった。
今では精神病院にいる。
そして私は救貧院に預けられる羽目になった。
通常ならば親戚が引き取ってくれたりするものだが……おそらく、厄介の種だと思われたのだろう。
少額の寄付金と共に、救貧院に押し付けられた。
まあ、幸いにも……というか、必然と言うべきかもしれないが、そんな迂闊な母と父の子である私には、優れた魔法の才があった。
加えて私の頭はそう悪いものではなく、そして通学先の小学校の先生にも恵まれた。
故に私も母と同様に、試験に合格して(奨学金という名の借金を借りた上ではあるが)魔法校に入学することができた。
だが、私は母と同じ轍を踏むつもりはない。
彼女と同じ、人生を歩むつもりはない。
母は決して愚かな女性ではなかった。それどころか、非常に優れた能力を持った女性だった。
それが“恋”に暴走してしまった結果、己の人生を滅茶苦茶にしてしまったのだ。
そして私という、誰からも愛されない、望まれていない、子供をこの世に生み出してしまった。
全ては恋愛という名の、劣情の縺れが生んだ悲劇だ。
だから私は、絶対に恋愛なんてしない。
そもそも愛など、望まない。
人なんて信用しない。
勿論、子供を産むという、悲劇の再生産も行わない。
私はそう固く誓った。
そして入学して、おおよそ二か月ほどは恋愛に関わらず、学生生活を過ごすことができた。
はずなのだが……
(オリヴィア、可愛いなぁ……)
朝食・夕食の時。
私の前の席に座っている、金髪翠眼の美少年、ジャスティン・ウィリアム・ウィンチスコット。
どうやら、彼は私のことが好きらしい。
それも恋愛的な意味で。
なぜ分かるかって?
それは態度が明白というのもあるけれど……最大の理由は、私には『人の感情を読む/聞く能力』が備わっているからだ。
人の考えていることが分かる。
というのは良いこともあるし、悪いこともある。
良いこととしては、相手の考えていることが手に取るように分かる。
悪意を持っていたら、すぐに分かるから騙されることもない。
逆に絶対に聞こえるはずのない“悪口”が聞こえるのはちょっと不快だ。
私だって、不義の子供、救貧院出身のゴミ、馬鹿、粗野、大食い女、盗人、がり勉芋女などと言われれば(厳密には言われているわけではないが)少しは傷つく。
今回は悪い方に働いている。
「あの、ミスター・ウィンチスコット」
私は目の前で、私の顔を見ながら、気持ちの悪い妄想を垂れ流している男子に声を掛けた。
すると彼は目を僅かに逸らし、口を尖らせ、不機嫌そうな声で返してきた。
「何か、用か?」(オリヴィアの方から話しかけてくるなんて……不味い、緊張してきたな……)
こいつはいつもそうだ。
私のことが好きなくせに、私に対して冷たい態度を取るのだ。
そして……腹立たしいことに、こいつがこういう態度を取るのは、私に対してだけだ。
他の女子に対してはここまで乱暴な言葉は口にしない。
大貴族の跡取り、スポーツ万能、頭脳明晰、容姿端麗、やや冷たいがクールでカッコいい……それが彼の、この学校における評価だ。
それ故か、女子生徒の多くはこいつに恋慕している。
「私の顔を見るのは、そんなに楽しいですか?」
ジロジロ見ているのは、気付いているぞ?
気付かれないと思ったか?
私はそんな気持ちを込めた言葉をジャスティンに贈った。すると……
「何を言っているんだ? 別にお前の顔なんて、見てないし。興味もない。変な勘違いをするな」(それは勿論……好きな女の子の幸せそうな、可愛らしい表情を見るのは、楽しいに決まってる。……でも、そうか。バレてたか……上手く誤魔化さないと)
私は自分の顔が強烈に熱くなるのを感じた。
どくどくと、心臓が激しく高鳴る。
……勿論、これは怒りや屈辱という感情に寄るものだ。
誰だって自分の顔と表情の変化をジロジロと観察され、欲情されたら怒りを覚えるはずだ。
断じて、そう、断じて……ジャスティンなんかに可愛いなどと思われて、嬉しく思ったり照れたりしたからではない。
「そ、そうですか。それなら、良かったです」
嘘をつくなと問い詰めるのも変な話だし、私が視線に気付いていることは伝わった。
十分だろう。
私は素直に引き下がることにした。
それにしても……人が食べているところを見て、何が楽しいのか。
試しに私はジャスティンの顔を眺めてみることにした。
先も言った通りだが、やはり彼は顔だけは良い。
絵本に出てくる白馬の王子様……そんな感じの容姿をしている。
そして先ほどから、憂い顔でフィッシュアンドチップスをフォークで突いている。
と、そこで彼は突然、顔を上げた。
その翡翠色の瞳の中に、私が写る。
どくん、と私の心臓が跳ねた。
「な、何だよ……」(今、俺の顔を見てたよな?)
「べ、別に……」
私は慌てて視線を逸らした。
心臓がとても……ドキドキする。
「……何か、言ったらどうだ?」(ジロジロ見るなって言ったのは、そっちだろうに)
訝しそうな目で私を見てくるジャスティン。
いたたまれない気持ちになった私は、自然と口を開いた。
「最近、私と食事を共にすることが多いですが……どうしてですか?」
そう尋ねると、彼は視線を反らしながら早口で言った。
「別に……理由なんて、要らないだろ。……一緒にいたいと思ったから、一緒にいるだけだ」(それは……好きだから。紫の瞳も、綺麗な銀髪も、整った容姿も本当に美人で、頑張り屋なところも、少し気が強いところも可愛らしいし……)
私は自分の顔が、とても熱くなっていることを感じた。
一つ一つ、丁寧に「彼女の好きなところ」を列挙されるのは、とても恥ずかしい。
も、もちろん、ただの共感性羞恥であって……別に照れているわけではない。
勘違いしないでほしい。
ジャスティンなんかに褒められたって……べ、別に嬉しくもなんともない。
だからドキドキしちゃっているのは、胸がときめいているのかそんな理由ではなく、ただの気の所為である。
そうに違いない。
私が恋愛感情などという低俗な感情に胸を高鳴らせてしまうなどということがあるはずないのだ。
「それとも、お前は嫌なのか?」
思わぬ反撃が来た。
ジャスティンと一緒に過ごすのが嫌か、嫌ではないか。
私は少し考えてから……素直に答えた。
「……嫌では、ないですよ」
「なら、別にいいだろ」
「そ、そうですね」
会話はそこで打ち切りになり、食事に戻る。
しかし集中できない。
湯気が出るんじゃないかと思うほど顔が熱く、心臓が破裂するんじゃないかと思うほど脈動している。
彼と話をすると、視線を合わせると、すぐにこうなってしまう。
もちろん、彼のことなんて……全然、好きじゃない。
好きになるはずない。私は恋愛なんて、しないと決めているのだから。
この体の熱も、心臓の男も、全部私が怒りと恥辱に震えているからであり……断じてジャスティンの気持ちが嬉しかったとか、す、好きだとか、そんなんじゃない!
確かにジャスティンの容姿は絵本に出てくる王子様のようで、私の好みのタイプで、そして何度か助けてもらったことはあるが……それとこれは全く関係ない。
私は絶対に、恋愛なんてしない!!
______________________________________
あとがき
ちなみに時代背景と世界観はイギリスのヴィクトリア朝後期、19世紀後半、1880~1900くらいをイメージしています。(ただし魔法があります)
オリヴィアちゃん可愛い、幸せになって欲しい、すでに堕ちてるじゃんと
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