35話「友達」
教室内の全ての視線が、俺の元へと突き刺さる。
ただこれから昼御飯を食べようとしていただけの俺にとって、この訳の分からない状況どうしたらいいのか分からない。
クラスの二大美女である、山田さんと田中さんが俺の元へと弁当を食べるためにやってきているのだ。
山田さんとは、もう仲も深まっているから分かる。
けど、どうして田中さんまで!?
ニコニコとこちらを見つめてくる田中さんの意図が全く分からなかった。
「山田さんも、いいかな?」
田中さんは、山田さんにも確認を取る。
聞かれた山田さんはというと、いつもの他人に向ける無関心な表情を浮かべながら、無言で田中さんの事を見ている。
俺でも分かる、この感じはノーだ。
まさに無言の圧だった。
しかし、それを肯定と受け取ったのか、何も言わず田中さんは隣の席を俺の机にくっつけるとそのまま問答無用で隣に座った。
すぐ隣に座った田中さんからは、山田さんとは違うけどとても女の子らしい良い香りがした。
それによく見ると、目立たない程度にお化粧をしているようで、いつもの田中さんより更に綺麗になっている。
一体なんなんだと思いながらも、こうして俺は何故か二人の美女に囲まれながら弁当を食べる事になってしまった。
◇
「山田くん、多分勘違いしてると思うから先に言うけど、私彼氏なんていないよ?」
お弁当を広げながら、田中さんはまるで天気の話をするように平然と衝撃の事実を語った。
え? 田中さんに彼氏がいない!?
いやいやだってあの日、田中さんは確かに樋山くんと……だから俺は……。
「樋山くんでしょ? あれはよろけた私を支えてくれただけだよ。そもそも私は、まだ誰とも付き合ったことなんてないからね」
俺の考えを何故か察した田中さんに先回りされると、きっぱりと否定されてしまった。
その声は嘘を言っている様子はなく、俺は訳も分からず樋山くんの席へと目を向けると、樋山くんは他の女子に囲まれながら楽しそうにお喋りをしていた。
その様子も相まって、どうやら本当に付き合ってはいないようだった。
つまりは、全ては俺の早とちりだったという事なのか……。
「田中さんは、どうして太郎くんにそんな事伝えるの?」
目の前で話を聞いていた山田さんが、いつもの無関心モード全開で田中さんに質問する。
確かに、だからってなんでそんな事を俺に言うのかが分からなかった。
すると、田中さんは山田さんの方を向いて、ニコリと微笑みながら一言告げる。
「そんなの決まってるじゃない。山田さんに負けたくないからだよ」
その言葉に、表面上は笑みを浮かべている山田さんの眉が、少しだけピクついたのが分かった。
言葉の真意はよく分からなかったけれど、なんだかこの状況は非常に不味いような気がして、慌てて俺は何か言わなきゃと思い口を開こうとするが、それより先に田中さんが先に口を開いた。
「でもそんな事はいいじゃない。それよりね、私、山田さんともちゃんとお喋りしてみたかったの」
「え?」
その予期せぬ言葉に、あまり他人には感情を表に出さない山田さんが珍しくも驚いていた。
「クラスに転校してきて暫く経つけど、まだちゃんとお話したこと無かったから。だから、山田くんとお弁当食べたいのもあるけど、同じぐらい私は山田さんともお弁当食べたいなって」
そう言うと、田中さんは山田さんに向かって少し恥ずかしそうに微笑んだ。
その笑顔は、やっぱり変わらずいつもの女神様だった。
俺はこの笑顔に何度も救われてきた事を思い出す。
そんな女神様は、今度はその手をまだクラスで少し浮いていた山田さんへと差し伸べているのであった。
「……太郎くんは?」
そんな田中さんを前に、困った様子の山田さんはどこか恥ずかしそうにしながら俺に話をふってくる。
こうして、突然板挟みになってしまう俺……でもこれどう答えたらいいんだ……なんて、困ってる場合じゃないよね。
俺と山田さんは同じだ――。
生まれ変わる事が出来た俺は、木村くんを始めクラスの皆と仲良くなる事が出来た。
おかげで、今までは勝手に自分から周りと距離を置いていただけで、友達と他愛ない話をするだけでもこれだけ楽しいんだって事を知れたんだ。
だから俺は、山田さんにももっとクラスの皆と仲良くなって欲しかった。
過去の話は聞いた。
でもそれでも、誰とも仲良くならないなんて絶対に損だって事が、今の俺には痛い程よく分かるから。
だから俺は、微笑みながら二つ返事で答える。
「良いんじゃないかな、ちょっと驚いたけど、三人で食べよっか」
俺は二人の顔を交互に見ながらそう告げた。
田中さんは満足そうに頷き、山田さんは俺にそう言われて観念したのか諦めたように小さくため息をつくと、田中さんに向かって「よろしくね」と言った。
田中さんはそれが嬉しかったようで、机の向きをぐるりと回すと、そのまま俺の隣から山田さんの隣に席を移動して一緒にお弁当を食べ出した。
山田さんは、最初はそんな田中さんに恥ずかしそうにしていたけれど、明るい田中さんに徐々に心を開いたようで、話しかけてくる田中さんに微笑み返すぐらいにまで打ち解けていた。
流石は田中さんだなって、俺は素直に感心した。
そんな二人のやり取りを眺めながら、俺も弁当を食べる。
いつもより弁当が美味しく感じるのは、きっと気のせいなんかじゃなかった。
そして何より、目の前で圧倒的美少女が二人仲良くお弁当を食べてるこの光景は、尊い以外の何物でもなかった。
「そうそう、ねぇ山田くんに山田さん、連絡先交換しようよ?」
田中さんは、そう言うと自分のスマホを差し出してきた。
断る理由なんて無いから、俺達は二つ返事で連絡先を交換し合うと、田中さんによって直ぐにグループチャットが作られた。
『これからよろしくね! あと二人呼び辛いから呼び方変えるね! いいかな? 太郎くんに華ちゃん!』
スマホの画面には、そんな田中さんから届いたメッセージが表示された。
「どう? ちゃんと届いたかな? 太郎くん? 華ちゃん?」
田中さんは、ちゃんと届いている事を知った上で、俺と山田さんを下の名前で早速呼んだ。
「華ちゃんだけ名前で呼ぶなんて、ずるいんだからね」
そう小さく呟くと、ちょっと舌を出しながら悪戯っぽい笑みを浮かべた田中さんは、思わず目を奪われてしまう程可愛らしかった。
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