26話「お礼」

 時間は、夕方の四時を回った頃だった。


 夕御飯を食べるには早いけど、どこか行けば日が落ちてしまうという、微妙な時間。


 とりあえず俺達は、駅へ向かって歩く事にした。

 商店街を再び歩くと、午前とは異なりそこには大勢の買い物客で溢れていた。


 そんな人混みの中駅を目指して進むと、ふと一つのお店が目に入った。


 そこは、来るときに山田さんが楽しそうに眺めていた天然石のアクセサリーショップだった。


 そして店先には、山田さんが見ていたターコイズブルーのブレスレットがまだ置かれたままだった。


 それを見て、俺は一つの決心をする。


「ねぇ、華子さん」

「ん? どうしたの?」

「今日は本当に楽しかった。だから良かったら、そのお礼をさせて欲しいんだ」

「……お礼? 必要ないよ、私も楽しかったんだから」


 俺の申し出を、必要ないよと断る山田さん。

 山田さんならきっとそう言うと思ってた。


 でもこれは、俺自身の気持ちの問題でもあるんだ。


 そう、俺は今日一日山田さんと行動を共にして、ちゃんと自分の気持ちの整理ができたのだ。




 ――俺は、山田さんのことが好きだ。




 ついこの間まで、俺は田中さんの事が好きだったんだから、我ながら現金なものだと思う。


 けれど俺は、この短期間に初恋と初の失恋を経験し、そしてまた新たな恋心を抱いてしまった。


 こんな俺の隣にいつも居てくれる山田さんの事が、もう堪らなく好きになってしまっているのだ。


 だから俺は、必要ないと言う山田さんに返事をする事無く、店先に置かれたそのブレスレットを手に取ると、そのままレジでお会計をして貰った。


 山田さんは、それが自分が見ていたブレスレットである事に気がついたものの、どうしていいのか分からない様子で俺の事を戸惑いながら見ていた。


 そして俺は、山田さんの右手を取ると、たった今会計を済ませたブレスレットをそのままはめてあげた。


 我ながらやってる事は下手くそ過ぎると思う。

 かなり強引なやり方になってしまったと思うけど、残念ながら不器用な俺にはこんなやり方しか出来なかった。


「あの、これ……」

「お、お礼だから! もう買っちゃったから、貰って欲しい!」

「……」

「……は、華子さん?」

「……フフ、太郎くん、流石にこれは強引すぎるよ。フフフ」


 そんな、あまりにも強引で不器用なやり方しか出来ない俺に、山田さんは堪えきれず笑い出した。


「……でも、ありがとう。大切にするね」


 そう言うと、山田さんははめられたブレスレットを大事そうに撫でた。

 全然スマートには出来なかったけど、ちゃんと受け取って貰えた事に俺はほっと一安心した。


「じゃあ、太郎くん。私からもお礼させて貰っていい?」

「え? いや……そうだね、分かったよ」


 断ろうと思ったが、たった今強引に実行した俺には、山田さんの申し出を断る事なんて出来なかった。


「じゃあ、付いてきて」


 そう言うと、山田さんはそのまま駅の方へと向かって歩き出した。

 慌てて俺は山田さんのあとを追う。

 どこへ向かうのだろうかと思いながら付いていくと、山田さんはとあるお店の前で足を止めた。


「おじさん! ジャガイモと人参とタマネギ下さいな!」

「お、今朝のベッピンな嬢ちゃんか! 早速買ってくれるのかい? 安くしとくよ!」

「ありがとっ!」


 そこは、俺が最初に紹介した八百屋さんだった。

 山田さんはそこで野菜を買うと、そのまま隣接する肉屋さんで豚肉を買った。


「あの……華子さん?」


 流石の俺も、これから山田さんが何をしようとしているのか大体予想がつく。

 そしてその予想は、もし的中していた場合とても不味い事だった。


 ドキドキしながらも山田さんのあとを付いていくと、やがて駅前についた。

 そこはつまり、山田さんの家の真ん前である。


 山田さんはくるりと俺の方へと振り返ると、満面の笑みを浮かべながら一言、



「太郎くん、晩御飯ご馳走させて?」



 と、案の定山田さんの口からは、俺の予想していた通りの言葉が発せられてしまったのであった。


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