Remember-21 “縁”に斜線を/“これから”を見失って

 ザワ、と冷や汗で濡れていた背筋が嫌な寒気を覚える。シャーリィが告げた言葉を体が否定しているような、そんな奇妙で不快な感覚だった。


「……それは」


 何故、どうして。

 我ながら何をそんなに慌てているのか、そんな短い言葉すら渇いた喉奥につっかえる。


「そんなことわざわざ聞かないで。こんなのギルドでもう言ったことじゃない。私たちの関係はもう終わっているの」


 その喉につっかえていた言葉を、シャーリィは平然と斬り捨てた。

 “手助けをするのは俺が一人で生きていけるようになるまで”。それは俺も認めている約束で、故に押し退けることも払い除けることも出来ない言葉でもあった。


 ……この別れの言葉を告げられるのは二度目のこと。あの時はやんわりと受け入れることができたのに、今回ばかりは何故か素直に引き下がることができなかった。


「でも……でも、理由があるんだろ。改めてそんなことを言おうとするほどの理由が。まさか、国王に俺と縁を切るように言われたとか――」

「…………そんなの、無いわよ」


 そう言って彼女は顔を伏せる。だが、目はこちらを確実に、不愉快な物を捉えるみたいに向けていた。

 これ以上喋ることも許されないような、そんな空気。どうすれば良いのか分からず、俺は何か行動を起こそうにも何もできないでいる。


『……この場で私が間に入り込むのは失礼なんだろうけどさ。その隠し方は良くないんじゃないかな、シャーリィ』


 そんな中、空気を読んで静かに聞いていたベルが初めて口を開いた。

 震えてしまいそうな俺とは違って、とても冷静な口調。その波風を立てない態度がとても心強く感じる。


「……何のことよ」

『シャーリィが何を抱えているのかは私には分からない。けれど、そういうのは言葉にしないと人には伝わらない。ユウマから見れば訳もなく一方的に突っぱねてるようにしか見えてないぞ』

「…………」

『だからシャーリィ。ユウマのためを思って口にしたその言葉が、ユウマを一番傷つけている』

「ッ! だけど――――!」


 激情と共に溢れそうになった言葉の続きを、彼女は唇を噛んで抑える。

 それ以上続けて口にしてしまうと、ベルの言葉を肯定してしまうから。だから彼女は震える声を誤魔化すようにしている。


「シャーリィ……」

『そういうことなんだ、ユウマ。お前には勘違いして欲しくなかったから口を挟ませてもらった……彼女は約束がどうとか、そういう理由であんなことを言っているんじゃない。不器用なりにお前を守ろうとしているんだ』

「俺を、守ろうと……?」


 ……分かってしまった。シャーリィの言葉は本心から望んだものではない。何か理由があって、本心を押し殺してでも俺と距離を取ろうとしている。

 俺の為に、お人好しな彼女は何かから俺を守ろうとしている。


「……もう、やめて……もう、何も言わないで……貴方は大人しくギルドで暮らしていけば良い。そうすれば必ず、いつか自分のことが分かるだろうから」

「シャーリィ……」

「その腕、まだ治ってないんでしょ……怪我も変色も、そのうち治るから良いって問題じゃない。私は、貴方をこんな危険なことに巻き込みたくなんてなかった……」


 まだうっ血の影響が残っているのだろう。まだ一部分が青紫色に変色している俺の手を指さしながら、そう話すシャーリィの瞳に、先程の鋭さは無い。

 彼女は俺とベルを直視できずうつむき、黒いスカートを両手でしわくちゃになるまで握りしめている。黒いスカートの上で、肌白い手が懸命に震えを抑えているのは、彼女が初めて見せた明確な“弱さ”だった。


 ……止めてくれ。こんな痛々しいものを理解させられたら我慢が効かなくなる。自分でもよく分からない物をぶちまけてしまいそうだ。

 だけど、そんなことをしたら失敗するのは分かっているから、自分の感情の中から丁寧に言葉を抜き取って、台詞にしていく。


「……ベル、一応言っておくと俺は勘違いなんてしていない。シャーリィが優しいってのは出会った時から分かってる」

『……そっか、良かった』

「確かに酷く突っぱねられて少し傷ついたけど、それもシャーリィなりにどうにかしようとしているってことはちゃんと分かっている。だけど、少しぐらい俺を頼って欲しい。俺じゃ至らないかもしれないけど、シャーリィの為に頑張ってみるから」

「……別に、そう私に執着する必要なんてないじゃない。記憶喪失で頼りに出来る人が貴方にはいないのはわかってる。だけど今はギルドの人たちもいるし、この街で暮らせばきっと、私なんかよりも頼れる人に会えると思う。だから――」

「――それは違う。頼れる人が他にいないからとか、助けられた恩義があるからとか、そんな理由で俺の心を決めつけるな」


 自分らしくないけど、流石にシャーリィの全力で後ろを向いてる姿勢にはムカッときた。何を言ってもマイナスに捉える、普段のシャーリィとは真反対の態度。あまりにも違い過ぎていて見ていられなかった。


「……シャーリィはなんて言うかさ、苦労する性格してるから。苦労するって分かっててもお人好しで人を助けることばかり考えてる。そんな人が報われずにずっと苦労ばかりしているってのは、俺は間違っているって思う。それに――」


 ……不意に、シャーリィと目が合った。偶然、それも一瞬のことだというのに、それだけで口にしようとした言葉が喉に引っ込んだ。

 不意に恥ずかしくなって顔が少し熱くなる。それでも、ここで言葉にしないと後悔する気がして、俺は恥を押し殺して顔の熱を夜風に冷まし、その言葉を口にした。


「……俺、シャーリィみたいな人が好きだ。そういう凄く立派で、心から憧れている人が困っていたら、どうも力になりたくて仕方なくなる」

「な……ッ、ちょっとあんたは何を……ッ!?」


 俺の言葉を聞いた途端、シャーリィは驚いたように顔を上げたがすぐに後ろを向いてしまう。背中を向けて小刻みに震えたり突然頭を振ったりしていたが、間もなくしてこちらに振り返ることなく城の方へ歩き出してしまう。


「あ……シャーリィ! ちょっと待て!」

「……ッ、とにかく貴方は戻りなさい! 魔法のことも私のことももう忘れて!」


 トン、と軽い音がしたかと思うとシャーリィの姿は既にそこには無く、城のバルコニーに転生した姿で降り立っていた。

 アイツ、まさか此処からあそこ四階にまで跳んだのか!? 転生しているとはいえ、いくら何でも跳びすぎだろう……!?


「誰が忘れるかっ……! おいシャーリィ! おい! ッ……!」

『待てユウマ! そのカミソリで転生するのは止めてくれ! 流石に危なすぎる!』


 咄嗟にカミソリを取り出して転生しようとしたところをベルから猛烈に反対されてしまう。

 感情が揺れているせいなのか、カミソリを握る手は興奮で震えている。確かにこんな状態でカミソリを首に掠めたりなんてしたら手元が狂いかねない。


「……シャーリィ」


 結局、俺の制止の声は届くことなく、シャーリィはそのまま城の中にへと姿を消してしまった。




 ■□■□■




 腹の奥がムカムカとする感覚。まるで蛇か何かが腹の中を食い荒らしているんじゃないかと思える強烈な不快感が渦巻いている。

 渦を巻いている不快感に体を支配されている。足取りは大雑把でやや暴力的に。うっかり物とか人でも蹴り飛ばしてしまったら怪我を負わせてしまいそうなほどに。


 ズカズカと自分の意思とは関係なく進む足取りは、小さな水たまりの端を踏んづけた。

 ほんのりと揺れる水面には、案の定酷い顔をした自分と、その隣をベルが共に立っていた。


『……ユウマ、後悔しているのかい』


 まるで俺のことを労るようなベルの声が、目の前に揺れる水たまりから聞こえてきて、俺は静か頷いた。


「……後悔しない選択を選ぶように心がけていたけど、初めて後悔した」


 あそこで無理を言ってでもシャーリィを連れてこられなかった事に。彼女にあんな悲しい顔をさせてしまった事実に、死んでしまいたくなる程の後悔の念に駆られる。

 こうして一人でノコノコとギルドに足を進めていることが、とても恥ずべきことをしているように思えた。


 ……もしも、あの時。逃げだすシャーリィの手を無理にでも引くことができたなら。

 言葉は完璧だった。ベルの助けもあって、言葉では彼女を思いやり、救い出そうとすることは出来ていた。そしてそこから最後の一手――強引にも本当に彼女を助けることができたなら……と、そんな思考が腹と喉奥を焼いている。


『じゃあ、さ。ユウマはその後悔をどうするんだい』

「え……どうするって」


 今の自分にとって劇物のような明るさで、ベルはそんなことを尋ねた。そんなことを突然聞かれものだから、なんて言えば良いのか分からず素っ頓狂な声を漏らしてしまう。


『せっかく得た経験なんだから有効に活用した方が良い。ただでさえマイナスな出来事なんだから、ちょっとでも有益にしたほうが得だろ? ……まあ、つまりだユウマ』


 月光に照らされながら、水面の中でベルはひらりと舞うように両手を横に伸ばす。


『後悔をただ自分を痛めつけるだけの物にするのも、自分を動かす原動力に使うのも、それはユウマ次第だよ。さっきからユウマは、その後悔を自分の首元に突き付けてばかりだ。それはとっても勿体ないことだ――なんて、ね』


 そう言うとベルは照れくさそうに笑ってみせる。

 ……その言葉と笑顔で、腹を焼いていた後悔も少しはマシになった気がする。まだひっかき傷は残ってるけど、やせ我慢でそう思う事はできるようになった。


「……ベルがいてくれて良かった」

『私には偉そうに何かを話すことしか出来ないからな。それでもユウマは面白そうに聞いてくれるから、ついつい口が軽くなっちゃって……な、なんだか恥ずかしくなってくるな』


 少し顔を赤くして、微笑むみたいに笑っている水たまりベルから離れ――ガラスを片手に夜道を歩く。きっと水たまりからこのガラスに彼女も移っていることだろう。そんな彼女と二人で歩く、暗くて静かな街は心の中を整えるのにはちょうど良い。

 荒れ乱れていた心情も、腹の奥に住み着いていた後悔もあるべき形に戻ってくれた。次第に頭の中は冷めてきて、いつもの自分に戻ったような気がする。


「……ん? なんだありゃ」

『どうかしたのか、ユウマ』

「いや、なんていうか……ほら、あそこあそこ」


 暗い夜道を一人二人で歩いていると、何やら変な物が視界に入った。

 道沿いに伸びる柵に、何か奇妙なものが……もこもこした得体の知れない何かが貼り付いているように見えるのだが……いや、あれはひょっとすると――


「ギルドマスター、どうして此処に」

「……? おお、ユーマか。ここで会うとは奇遇だな」


 どういう訳か、こんなところでギルドマスターが柵から身を乗り出して夜景を眺めていた。真っ暗だから一瞬だけ、風に揺れる髪の毛がもこもこしたお化けのように見えてしまった。

 ……思い出してみれば、初めてギルドマスターと出会った時もこれぐらいボサボサな髪の毛だった気がする。汚いわけではなく、風に煽られてクッシャクシャになったような感じ。


「なに、ちょっと夜風に当たりに来ただけだ。何せ仕事ばかりで疲れた……」

「……お疲れさまです」

「しかも仕事柄上、いつ仕事が舞い込んでくるか分からないのだよ……仕事を全て片付けたら、その直後に至急の仕事が……」

「……なおさらお疲れ様です」


 ……なんというか、闇が深かった。目は濁っていて遠くを眺めているし、吐息に混ざって白い魂が口から漏れ出てるような。若干ゲッソリしているのは気のせいではなさそう。

 そういや、国王が何か言っていたような。空き家の件でこれから仕事が増えるとか……いや、そっとしておこう。


「ところでだが、ユーマよ。シャーリィはどうした?」


 ギルドマスターの何気ない言葉でザク、と刃物が胸に刺さる感覚を覚える。膿んだ傷口みたいに痛みと熱がにじむ、そんな不快感が胸の奥から沸き起こった。

 ギルドマスターに何か言おうにも口だけが動いて言葉が出ない。


「あー、察しは付いた。でもまあ、あの子の性格からして大方どうなるか分かっていたよ。何も説明されず追い返されたのだろう」

「……辛そうだった。一人だけで思い詰めていて、必死だった感じがして」

「そうか……」


 そう答えると、ギルドマスターは遠くを眺めながら頷く。無関心、というよりは仕方のないことだと言いたげな様子だった。

 ……本当に仕方なかったのだろうか。やはり何度冷静になっても未練ばかり降り積もっている。


「……のう、ユーマ。三人を助けてくれてありがとう」

「……? あ、ああ。それは、うん」


 唐突に、ギルドマスターはそんな感謝の言葉をさらっと口にした。突然話が飛んだのでこちらは少々混乱して、ちょっと変な返答をしてしまう。


「私が留守にしていた時に、ギルドに反ギルド団体の連中が来たと聞いたぞ。当然、ユーマが助けてくれたということもな」

「偶然連中に気がつかれなかったから助けることが出来た訳で……俺も捕まってたら流石に難しかったと思う。運が良かっただけだよ」

「まあまあ、そう謙遜するでない。しかし……プッ、クッ……さ、酒を頭から浴びせて撃退したと聞いた時は耳を疑ったぞ? さぞかし趣のある撃退法……いや、魔法だな」


 ……そんな笑うほどおかしなやり方だったのだろうか? 俺の頭の中じゃ即席で出来る一番有効な作戦だったんだけどなぁ……格好良かったと思うんだけどなぁ……


「あの三人は私の大切な子供みたいなもので――ああ、血は繋がっておらんぞ。ちょっとした縁で身元を預かっててな……今じゃこうして仕事を手伝って貰ってる」

「…………」

「そんな私の、かけがえのない宝物を守ってくれた。さっきのお礼はそういう訳だ」


 ……ギルドで働くあの三人組は、ギルドマスターにとってそんな存在だったのか。あの人たちが大切にされているのが窺えて、関係が無い俺も自分のことのように嬉しく思えた。


「……国王も同じ事話してた。ギルドの人達を大切な存在だって」

「何? “アル助”がそんなことを? 何であやつも……?」

「……アル助」

『アル助って……』


 思わず俺もベルも、小さく呟いてしまう程のインパクト。かの国王を未だかつてそんな呼び方した人はこの人以外居ないだろう。きっとシャーリィだってこんな呼び方はしないぞ。


「この際だから話を続けるが……実を言うとな、ユーマよ。私はお主を応援したい。私たちギルドやあの国王でも出来なかったことを、シャーリィが一人抱えていたものをお主なら軽くすることができるんじゃないかと、私は思っている。だから――ほれ」

「それは?」


 袖から折り畳まれた紙を取り出したギルドマスターは相変わらず夜景を眺めながら、受け取れと言わんばかりにヒラヒラとその紙を揺らしている。


「えっと……これは貰っても?」

「ん」

「……成る程」


 ……よく分からないが、一先ず受け取って見る。きっと貰って読んでも良いのだろう。そういう訳なら遠慮無く読ませて頂こうか。

 紙には赤い大きな判子で印が押され、複雑怪奇な模様が描かれている。それで……あー、これは成る程。


「……何これ」

「まあ、後はユーマに全て任せるよ。ユーマが私の大切な者を守ってくれたみたいに、私のそれがユーマの大切な者を守る手伝いになることを祈っておるよ」

「えっ、あのちょっと何この、何? ちょっと説明、あの説明を……説明を求むんですけど」


 そう言うとギルドマスターは俺に背中を向けてさっさと立ち去っていく。後はもうこの件にこれ以上関わらないつもりらしく、呑気にあくびをしながらギルドに歩いて行く。

 ……任されたのは良いんだけど、説明が欲しいんですが。シャーリィを連れ帰れなかった事を死ぬほど罵倒されても良いから、せめてこの手渡された紙の説明が――ああ、やっぱもう良いです。なんか心があきらめてしまった。


「私はギルドに戻ってる。息抜きが長すぎるとレイラがうるさいのでな……ああ、そうそう。ユーマよ、夜食を食べないか? 今夜はドタバタしていたせいで夕食を食べる暇がなかったらしいから、ペーターがこれから作るとか言っておったぞ」


 ギルドマスターはクルリと袖を靡かせながら振り返る。

 腹の調子は……まだ気にならない。確かに空腹だった筈なのだが、頭の中はそれどころじゃなくてそんなことを気にしていられない状態だ。無理に食べようとしてもきっと喉を通らないだろう。


「……きっと今すぐには食べられそうにないから、冷めても美味しい物を。それと……、お願いできますか」

「……うむ。承ったよ」


 俺のお願いにギルドマスターはあっさりと承諾する。その表情は、まるで俺のやり遂げようとしていることは間違っていないと肯定するみたいに笑っていた。

 それを最後に、カランコロンと下駄の音を立ててギルドマスターは今度こそギルドに戻って行く。


「……ベル、お願いがあるんだけど」

『ん? なんだいユウマ』


 ガラスベルを片手に、ギルドマスターから受け取った紙を器用に開く。

 中身は不思議な模様と記号。よくよく思い返してみれば何度か見たことがある。ひょっとするとコレって――


「この……なんだろ、手紙? かな。これってもしかして読める?」

『……ユウマ、まさか文字が読めなかったのか?』

「初め見た時はおしゃれな模様だなーって思ってた」

『ああ、それはつまり読めないんだな。ちょっと待ってて、読み上げるから』


 ああ、やっぱり。この模様、ただの模様じゃない。記憶には全く無いけれど、コレは“文字”なんだ。

 紙の文章を月明かりに照らして、俺はベルに見やすいようにガラスの位置を調節して持つ。俺には難解な模様文字もベルにとっては難しくないらしく、間もなくしてベルは書かれた文字を読み上げ始めた。


『えっと、まずこの赤い判子の文字なんだけど……“以下の内容を関係者以外の者に公開、他言するのを固く禁ず”……って』

「……あの人、大丈夫なのか?」


 何も言わずに機密内容を手渡してきたんですけどあの人。なんかヤバいことをしている気がするが、シャーリィに関わる内容かもしれない。

 だったら機密とかもう気にしない。国家レベルの権力とかもうこの際怖くないぞチクショウめ。


『反ギルド団体鎮圧作戦。ギルド、王国への被害が無視できない程に大きくなり、反ギルド団体に不審な動きが多々見られるようになった。最悪、国民の安全を脅かす危険性を持っている。その為、アルベルト・フォン・ネーデルラント王の名において反ギルド団体の鎮圧、無力化を依頼す……』

「……国王の、依頼?」


 どうやら、ギルドマスターから渡された紙の内容は、依頼の内容らしい。ギルドにその為の準備、支援の協力を願い出るものだとベルが読み上げた内容から分かる。


『……! 今回の依頼には第一騎士兵、第二騎士兵と共に、シャーリィ・フォン・ネーデルラントを同行させる。反ギルド団体の拠点の偵察、地形把握、強襲等、本人の希望により主力の一人として参加……』

「待った、シャーリィがその依頼に? 本人の希望で?」

『そう書いてある。えっと……実行は後日の日没時、それまでに――後はギルドに用意して欲しい物が書いてあるよ。馬車とか狼煙とか』


 ……足を動かしながら考える。シャーリィが主力の一人になったのは分かる。彼女一人で凄まじい戦力だ。だが、その依頼に自主的に参加しているのはどういう訳か。



――――もう何も言わないで。貴方は大人しくギルドで暮らしていけば良いの。そうすれば必ず、自分のことが分かるから――――



「シャーリィが俺を遠ざけたのって、この依頼に参加するからじゃないのか……? 俺が一緒にいたら危ないから、ああやって無理にでも離れさせようとしたんじゃないのか……?」

『……もしも、本当にそれが理由だったらユウマはどうする?』

「それが、理由だったら……」

『何でも言ってよ。私はユウマのしたいことに力を貸すんだから』


 ベルの問いかけで歩みがピタリと止まる。今更気がついたが、無意識に城の方へ足が進んでいた。

 頭の中がゴチャゴチャしていて上手く言葉にすることができなかっただけで、どうするかはとっくの昔に決まっていた。ギルドマスターがシャーリィの事情を明かして、ベルが俺に問いかけたお陰で導き出せたその答えを、今度こそ言葉に変えた。


「……シャーリィにこれ以上一人で抱え込ませない。アイツは心が強いんじゃなくて、本当は助けを求めることが苦手なだけなんだ」


 依頼の手紙を畳んでポケットに入れる。無意識に進めていた足を、今度は自分の力で城へ進めた。


「今度こそ、シャーリィを助ける。俺が尊敬しているお人好しな彼女アイツが、笑っていないのは間違っている」


 ……夜空の頂点に満月が昇っている。

 夜明けはまだまだ先にある。猶予ならたっぷりと残っている――

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