ボイタチさんとフェムネコさん
中の人
馴れ初め編
【A視点】たぶん女子会
・SideA
薄暗い部屋の中で目が覚めた。
一瞬朝か夕方か混同しかけて壁時計を見上げる。午後6時をまわったところだった。窓の外は淡く光る地平線を残し、空は藍色の闇に覆い尽くされていた。
少し前までは7時台でも明るかったのに。秋の日はつるべ落としということわざの通り、日没のたびに今が9月であることを実感する。
訪れた変化は移ろいゆく季節だけではない。
LINEに登録されている、元クラスメイトとのトークは初夏あたりで途絶えている。
今はもう、週末に友人たちが集うこともなくなった。
大学が始まった当初はあんなに賑やかだったのに。
感傷を振り払い、本棚の隅で埃を被っていた参考書を取り出す。
春先に資格勉強するぞと意気込んで買ったものの、課題に追われるうちに忘れ去っていた。
机に向かい、新品同様の癖のないページを開く。
「…………」
図ったようなタイミングで、スマートフォンが久しく聞く電子音を震わせた。
通知に流れた短い文章に目を通す。
『しごおわ かまちょ』
絵文字やスタンプといった飾り気が一切なく、それでいて無遠慮な本文。
未だこんな軽い調子で話せるのは、今は一人しか該当しない。
『どうぞ』
なので、こちらも遠慮なく無味乾燥な返信を打つ。
数分後、玄関の呼び出しベルが鳴った。
「や」
最低限の挨拶だけを飛ばして、アパートに見知った姿が現れる。
「お土産」
「ありがとう」
軽く突き出されたビニール袋を受け取る。
毎度気を遣わなくていいとは言ったが、飲み物と日持ちする食品類は素直にありがたい。
「……ん?」
隠れるようにして発泡酒と少々の乾き物も入っていた。
「それはあたし用」
「待て、未成年」
「高校から飲んでるやついたっしょー。1年くらいフライングしてもへーきへーき」
未成年が成人指定の嗜好品に手を出すなど今どき珍しくもないので、これ以上たしなめるのも野暮か。
「一人で飲む分には構わないが、程々に」
確か、現在の住居はここから数駅ほど挟んだところにあると聞いている。
「万一潰れたら、よろ。一晩の宿泊費置いてくから」
「はいはい」
ひらひらと軽く手を振って、丁寧に靴を揃えると彼女は洋間へと向かっていった。
素っ気ない口調と態度は相変わらずであった。
このやり取りは一度や二度ではない。
彼女のバイト先がここから近い場所にあるため、仕事終わりにふらりと立ち寄ることが何度かあった。
たった数駅とはいえ、電車を挟んで職場に向かうのは効率が悪いのではないか?
大学は徒歩圏内なのに、わざわざバイト先を遠い場所にする理由が私には見出だせなかった。
沈黙の空気が、陽が落ちて少し冷えてきた室内を支配している。
外からちりちりと、秋の虫による鈴鳴りの奏が響く。
もう二時間は経過しているだろうか。
私はひたすら資格勉強に没頭していた。
少し集中力が切れかかってきたので、補充に頂いたチョコレートをかじる。
彼女は配慮したのか、缶ビールを呷りながらスマートフォンの液晶と見つめ合っていた。
イヤホンをしているあたり動画サイトでも巡っているのであろう。
この光景を”女子会”と定義するのであれば、一人無言で食事をつつく状況に毛が生えたようなものではないだろうか。
補足しておくとこの人が相手の場合、大抵こういった会話も笑顔も絶える集いになるというだけである。
元クラスメイトたちと疎遠になっていく中、変わらず彼女は用もないのに顔を出す。
そこに義務感は一切見えず、本当に気の赴くまま立ち寄っているだけに感じる。
今日だって『勉強中だった? じゃあ適当に飲んでるわ』と話し相手もいない状況で帰ることもせず、我が家のようにのんびりと居座っている。
話したいときにだけ口を開き、あとは好き勝手にお互いの世界に閉じこもる。
沈黙が苦にならない友人は貴重である。
私にとっては気心の知れた友人ではあるが、彼女は何の面白味もない私に対してつまらないと思ったことはないのだろうか。
あくまで仕事帰りに気軽に立ち寄れる休息所といった感覚で、利用しているに過ぎないのであろうか……
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