ボイタチさんとフェムネコさん

中の人

馴れ初め編

【A視点】たぶん女子会

・SideA


 今はもう、週末にかつての友人たちが集うこともなくなった。

 数ヶ月前までは、あんなに賑やかだったのに。



 カレンダーが指し示す数字は9月。

 高校を卒業してから、時間の流れが速くなったような気がする。


 意識してみれば、日没の時間が先月に比べて一時間ほど早まっているとか。

 汗ばむ陽気が残る昼間は夏の残滓を感じるものの、朝晩は上着に頼るほどの冷え込みを覚えるようになったとか。

 五感に沁みる変化を持って、時は確実に秒針を刻んでいっているのだ。


 訪れた変化は移ろいゆく季節だけではない。


「…………」

 塗装が剥げてきているスマートフォンを手に取る。

 機能美にはこだわりがないので、買ってから3年以上は経過しているだろうか。


 LINEに登録されている、懐かしい面々とのやり取りは数ヶ月前で更新が途絶えている。


 現状を知りたければ、近況をネット上に報告する元クラスメイトはそれなりにいる。

 サークルを満喫しているだの、一足早く社会へと出始めただの、気が早いと結婚報告だの。


 では、私は?

 この数ヶ月、何をしてきた?

 ただ、黙々と講義を受け課題をこなしていただけか?


 ただでさえ、自分は第一印象に多大なハンデを背負っているというのに。

 大卒のブランドだけで順風満帆な街道を進める甘い時代は終わったのだ。


 今の自分にできる、最良の行動は勉学だ。

 社会人となれば、自主勉強に当てられる時間は短くなる。この休みの間が正念場だ。


 本棚の隅で埃を被っていた参考書を取り出す。

 春先に資格勉強するぞと意気込んで買ったものの、課題に追われるうちに頭の隅からもいつぞやか消えていた”積ん読”の本であった。


 机に向かい、新品同様の癖のないページを開いた。



「…………」


 図ったようなタイミングで、スマートフォンが久しく聞く電子音を震わせた。

 通知に流れた短い文章に目を通す。


『しごおわ かまちょ』


 絵文字やスタンプといった飾り気が一切なく、それでいて無遠慮な本文。

 良く言えば正直な言葉を寄越してくるのは、知る限り一人しか該当しない。


『どうぞ』

 なので、こちらも遠慮なく無味乾燥な返信を打つ。


 こんな自分に、今でもわざわざ顔を出してくれる友人は彼女くらいである。

 今後とも関係を築いていきたいものだ。



 玄関の呼び出しベルは、ほどなくして鳴った。


「や」

 最低限の挨拶だけを飛ばして、アパートに見知った姿が現れる。


 掴みどころのない人柄のせいなのか。

 彼女は気兼ねなく会話を交わせる数少ない友人の一人である。


「お土産」

「ありがとう」


 軽く突き出されたビニール袋を受け取る。

 毎度気を遣わなくていいとは言ったが、大きい飲み物と日持ちする食品類は素直に有り難い。


「……ん?」

 隠れるようにして発泡酒と少々の乾き物も入っていた。


「悪いが、アルコール類は嗜まない」

「それはあたし用」

「待て、未成年」

「高校から飲んでるやついたっしょー。1年くらいフライングしてもへーきへーき」

「第一、どうやって買った?」

「そこのスーパー。セルフレジで余裕」


 未成年が成人指定の嗜好品に手を出すなど今どき珍しくもないので、これ以上たしなめるのも野暮というものだろう。


「一人で飲む分には構わないが、程々にな」

 確か、現在の住居はここから数駅ほど挟んだところにあると聞いている。


「万一潰れたら、よろ。一晩の宿泊費置いてくから」

 ひらひらと軽く手を振って、丁寧に靴を揃えると彼女は洋間へと向かっていった。

 素っ気ない口調と態度は相変わらずであった。


 このやり取りは一度や二度ではない。

 彼女のバイト先がここから近い場所にある関係で、仕事終わりにふらりと立ち寄る頻度は何度かあった。


 たった数駅とはいえ、電車を挟んで職場に向かうのは効率が悪いのではないか?

 大学は徒歩圏内なのに、わざわざバイト先を遠い場所にする理由が私には見出だせない。


 外野からだとそう結論づけてしまうが、彼女からその手の愚痴を一度も耳にしたことはない。

 簡単に辞めたくないだけの理由があるのであれば、余計なお世話なのだろうか……



「…………」


 沈黙の空気が、陽が落ちて少し冷えてきた室内を支配している。

 外からちりちりと響く、秋の虫による鈴鳴りの奏。

 体感にして、おそらく二時間は経過しているだろうか。


 私はひたすら資格勉強に没頭していた。少し集中力が切れかかってきたので、補充に頂いたチョコレートをかじる。

 こういった嗜好品は好物というほどではないが、たまに無性に口にしたくなる。


 彼女は配慮したのかテレビのチャンネルを回すことはなく、酒の缶を煽りながらスマートフォンの液晶と見つめ合っていた。

 イヤホンをしているあたり、動画サイトでも巡っているのであろう。


 この光景を”女子会”と定義するのであれば、一人無言で食事をつつく状況に毛が生えたようなものではないだろうか。


 補足しておくとこの人が相手の場合、大抵こういった会話も笑顔も絶える集いになるというだけである。


 最初の頃は、他に元クラスメイトを交えて一般的な学生の集まりらしいことはしていたか。


 それぞれの道が固まっていくにつれて、いつしか声をかけることもなくなり。

 多くの友人が文面だけの仲に薄れていくも、変わらず彼女は用もないのに顔を出す。


 そこに義務感は一切見えず、本当に気の赴くまま立ち寄っているだけに感じる。


 今日だってやりかけだった机を見るなり、

『勉強中だった? じゃあ適当に飲んでるわ』

 などと促しつつも帰る素振りは一切無いようで、何時間ものんびりと居座っている。


 話したいときにだけ口を開き、あとは好き勝手にお互いの世界に閉じこもる。

 沈黙が苦にならない友人は貴重である。


 だからこそ、私は不思議に思ってしまうのだ。

 いくら自分の中では気心の知れた友人だと思っていても、相手はどうなのか。


 元々本心が伺い知れない人物ではあるが、何の面白味もない私に対してつまらないと思ったことはないのか。


 あくまで仕事帰りに気軽に立ち寄れる休息所といった感覚で、利用しているに過ぎないのであろうか……

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