第4話 お姫様抱っこ

 その日、学園内で大事件が起こった。

 一年生が下駄箱に行くには絶対に通らなければならない廊下。

 そこに水道があるのだが……それが壊れたのだ。


「うわ……これやっべ」


 通りかかった男子生徒が呟いた。

 その男子生徒の周りにも帰ろうとしている生徒が集まっているのだが、そこから下駄箱まで進もうとしていない。


 それもそのはず。

 いくつか並んでいる蛇口……その中の一つが壊れて水が噴き出しているのだった。

 廊下は水浸し。

 さらに噴水のごとく噴き出す水によって通行が妨げられていた。


 そこでは教師陣と事務員が噴き出す水を止めようと奮闘していた。

 床は濡れてても何とかなるが、あの噴き出す水は何とかしないとずぶ濡れになってしまうだろう。

 

 しばらくの間苦戦していたが、事務員が水の出てくる穴に棒状の何かを突っ込んだことでとりあえず噴き出すのを止めることに成功した。


「いつまでもつか分からない。お前たち、残っている生徒にも声をかけてさっさと帰るように!」


 野次馬していた生徒にその場にいた学年主任の強面の教師が叫ぶように告げ、教師陣達は濡れた服を何とかするために職員室へ移動していった。



○ ○ ○


 そして皆が急ぎ足で帰り、人が減ってきたなか、その人物が現れた。


「全く……うんざりするわね」


 悪役令嬢、御神本舞華だ。

 少なくなったが帰り損ねた生徒が顔に絶望を浮かべた。


「さて、どうしましょうか」


 濡れた廊下を確認した御神本舞華が辺りを見渡して、ふともらしたそんな声。

 周りの生徒は目を合わせないように一斉に顔を下に向けた。


「歩き辛いから嫌なのだけど……あなた達、道になりなさい」


 御神本舞華は自分の周りにいた男子生徒達に告げた。

 日本語としておかしな言葉だが、それを発したのが御神本舞華だということで……男子達はそれが冗談ではなく本気の言葉だと理解していた。

 お互い「お前がやれよ」「いや、お前が言われたんだろ?」と、視線だけでやり取りする数名の男子生徒。


「早くしなさい。誰を待たせているのか分かっているのかしら?」


 御神本舞華はそんな男子生徒たちの気持ちなど知ったことかと行動を急かす。

 

 そんな時だった――


「――きゃっ!?」


 御神本舞華が普段発しない、誰も聞いたことがない可愛らしい声を上げたのだ。

 顔を伏せていた男子生徒たちが反射的に顔を上げ声の発生源に視線を向けた。


「あ、あなた……何をしているの!? 離しなさい!」


 声を荒げる御神本舞華。

 

 そして――


「これなら濡れないから。嫌かもしれないけど少し我慢してくれ」


 そんな彼女をお姫様抱っこしている神尾拓だった。


「な、なな……あなたの様な平民が気安く私に触れていいと思っているの!?」


 神尾はそんな彼女の苦情を聞くことなく、上履きを濡らしながら下駄箱に進んでいく。

 

 御神本舞華も文句は言うものの顔を赤くするだけで暴れるような事はなかったのだった。

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